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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第5章―――
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第22話 マリアンナからの伝言

「すみません!」

 町を囲む防壁の門の前で顔を上げた修馬は、そう呼び掛けた。しかし視線の先の見張り台の上にいる灰色の兜を被った男は、眠っているのかこちらの声に全く気がつかない。


「すみませーんっ!!」

 もう一度声を上げると、見張り台の男はびくりと体を跳ねらせ、何かを確認するように何度も首を横に振った。


「おお、すまん。旅の方か? というか、何であんたそんなにびしょびしょなんだ!?」

 見張り台の上から身を乗り出して、こちらを凝視する兜の男。確かに修馬の装備している綿織物の鎧は、水を吸って重くなっているし髪はしっとりと頭皮に張り付いている。


「そこの湖に落ちてしまって……。ここバンフォンの町ですよね? この扉、開けて貰うことは可能ですか?」

「おお、ここはバンフォンだ。今開けてやるからちょっと待ってろ」

 兜の男は見張り台の上で、石臼でも挽いているかのような動きをする。すると木製扉の片側が、ゆっくりと開きだした。


 扉が人一人通れる範囲に開いたので、その隙間を通り抜け町に入る修馬。見張り台の上の兜の男に黙礼すると、男ははにかんだ笑顔を見せ「ようこそ、風穴ふうけつの町バンフォンへ。しかし残念だったな。今は『龍の渦』が閉鎖されてしまっているんだ」と言ってきた。


 聞いたことがあるようなないような言葉を言われ、それは何であったかと記憶をさかのぼってみる修馬。だがすぐにそれを諦めた。思い出せない。


「龍の渦って何でしたっけ?」

「お前さん、聖地を巡っている旅人じゃないのか?」

 兜の男の聖地という言葉を聞き、修馬は以前サッシャから聞いた4つの聖地のことを思い出した。友梨那と金髪の女戦士に出会った『斎戒さいかいの泉』、断崖絶壁から流れ落ちる『アルコの大滝』、魔霞まがすみ山に鎮座する『魔人の腰掛け岩』、そしてバンフォンの町にあるという『龍の渦』。


「いや、この町に来たのは買い物と人と会う約束があったからで、聖地に行く予定はないんだ。それよりも修道院に行きたいんだけど、何処にあるか御存じですか?」

「修道院? そりゃあ勿論知っているとも。ここから見て1番右手にある路地を通り抜けた先にある小さな林の奥にあるよ。行けばわかる」

 見張り台の上から、壁沿いの通りを真っすぐに指差す兜の男。町の入口は開けた土地になっていて、そこから放射状に幾つもの道が伸びている。


「右手の路地の奥ですね。ありがとうございます」

 礼を言い、その場を後にする修馬。ついでにモケモケ草とやらを売っているよろず屋の場所も聞いておけばよかったと思いもしたが、妙に遠慮する心が働いてしまい、きびすを返すことなくそのまま真っすぐに道を進んだ。


 薄暗く狭い路地が長く続いている。人通りがあまりなく、物騒な気配すら感じられる湿り気のある裏通り。面倒なことに巻き込まれないことを祈りつつ歩いていると、右側の建物の並びの前に真っ白な桶が置かれていることに気付いた。


 人気のない裏路地に似つかわしくない白く美しい桶には、真っ黒い謎の物体が浮かんでいた。これは一体何であろうと目を凝らすと、黒い物体に2つの白い目がぎょろりと出現する。


「うわっ、ナカタさんいつの間に! てか、何してんだよ!」

 その白い桶に浸かっていたのは、何とタケミナカタだった。彼は横に細長い口を開き「カカカカカッ」と笑う。

「ナカタさんではない。建御名方神タケミナカタノカミである。お主が水浴びをしているの見ていたら、儂も久しぶりに風呂に入りたくなったので、もらい湯を頂戴しているところだ。高天原たかまがはら高天原たかまがはら


「極楽、極楽みたいに言うな。俺は好きで水浴びをしてたわけじゃないんだよ! あとそれ多分、桶の中に雨水が溜まってるだけだぞ」

 綺麗な桶ではあるが、ボウフラが湧いている恐れは否定できない。自分が神様だと言うなら、そういうところをちゃんとして欲しいところだ。


「雨水もまた、天の恵みである」

 タケミナカタはそう言って桶から跳び上がり、修馬の頭の上に着地した。少しだけ乾きはじめていた髪の毛が、またも濡れてしまう。頬に伝わる水滴にボウフラがいるかと思うと、非常にやりきれない気持ちになった。


「いざ参るぞ。異教徒の屋形に!」

 頭上で偉そうに命令するタケミナカタ。修馬は極力水滴が滴り落ちないように、ゆっくりと歩を進めた。


 狭い路地を抜け小さな林の中を歩いて行くと、木々の向こうに雨で少し汚れた石造りの素朴な建物が見えてきた。

「あれが修道院かな?」

 タケミナカタにそう話しかけたのだが返事がない。頭の上にいると思っていたのだが、またどこかにいなくなってしまったようだ。


 まあ、恐らくこれが友梨那の言っていた修道院であろうと敷地内に侵入していくと、建物を囲む低い垣根を越えようとしたところで突然横から「うわっ!!」という女性の声が聞こえた。歩みを止めて声の聞こえる方に振り向く修馬。視線の先の建物の入口のところには、修道女と思われるベールを被った女が片手に鎌を持って立っていた。鎌と修道女の絶妙なアンマッチ感。


「おい、そこのずぶ濡れ。ここは女子修道院。男が入ってきていい場所じゃない」

 修道女は鎌をこちらに向けて言ってくる。巨大な斧を装備したあの戦鬼いくさおにを思い出した修馬は、慌てて後退し垣根の外に出た。


「ごめんなさい。色々、知らないことが多くて……」

 しおらしく謝る修馬を見た修道女は、満足げに笑い鎌を持った腕を下ろした。

「素直な男は嫌いじゃないよ」


 修道女は草刈りでもしていたようで、首に掛かっているタオルをこちらに投げて寄こした。濡れている髪を気遣う、まさかのツンデレ属性。


「で、うちの修道院に何か用か?」

「あのう、実は……」

 修馬タオルで頭を拭きながら友梨那との待ち合わせの件を伝える。すると修道女は「ああ、そうか。お前がシューマか」と言って、建物の中に入っていった。


 しばらくして出てきた修道女は、手に一枚の紙切れを持っていた。

「マリアンナから預かってる伝言だ。ここで読め。お前が読んだら、焼却処分しろと言われている」


「マリアンナからの伝言?」

 マリアンナとは友梨那のお供をしている、王宮騎士団の女だ。2人ともここにいるのではないのだろうか? 便箋を受け取った修馬は少し緊張した面持ちで、その文字列を追った。


 便箋に書かれているのは記号のように不可解な文字。そう、修馬はこの世界の文字を読むことができなかったのだ。


「ごめん、読めないや。代わりに読んで貰ってもいい?」

「何だ、お前文盲か? しょうがないな」

 便箋を奪い取った修道女は、面倒くさそうに伝言を読み上げた。


「訳あって3日待てなくなった。これから我々は、『千年都市』ウィルセントに向かうつもりだ。私は乗り気ではないが、ユリナ様がそうおっしゃっているので、機会があればどこかで合流しよう。だそうだ」

 そう言うと、マッチを擦って早々に便箋を燃やす修道女。速すぎる仕事っぷりだが、よくわからない固有名詞があったのでちょっとだけ待ってほしかった。


「ところで千年都市ウィルセントって、どこ?」

 修馬が質問すると、修道女は炭化した紙を踏み潰しながら深く溜息をついた。

「お前は本当に物を知らないな。ユーレマイス共和国の首都、ウィルセントを知らない奴がいるとは世も末だ」


「成程、ユーレマイス共和国の首都か……」

 修馬の旅はアルフォンテ王国から始まり、魔霞み山を経由して、現在グローディウス帝国に至っている。ユーレマイス共和国は初めて聞く国名だ。たぶん。


「お前、ユーレマイス共和国のこと知らないだろ?」

 修道女に言われ、2人の視線がぶつかり合う。


「よくわかったね」

「見ればわかる。お前の顔にバカと書かれてるからな」

 口の悪い修道女に指を差された修馬は、ばつが悪そうにタオルで自分の顔を拭った。


「ユーレマイス共和国は、帝国の南西に位置する世界の中心の国だ。お前もそこに行くつもりなら、ここより西にある帝都レイグラードから船を使って行くといい」

「船旅か、それはいいな」

 海に行くと考えただけで、自然とテンションが上がってくる修馬。これは海無し県である、長野県民あるあるだ。


「ただお前は馬鹿だから知らないと思うが、ウィルセント行きの船賃はかなり高額だ。先立つものはあるのか?」

 そう言われ、ポケットの中の金子きんすを確認する修馬。金貨が3枚そこにはある。


「金貨3枚で足りる?」

「300ベリカか。それだとぎりぎりじゃないか」


 もう少しお金がないかと、あるはずもないのに己の体を探る修馬。いや、小さな巾着袋の中に幾らかのお金が入っている。しかしこれはハインに頼まれたモケモケ草を購入するお金だ。


「そういえばお姉さん、よろず屋の場所を知っていますか?」

 急に話が変わったためか、目を大きくしてこちらを振り向く修道女。

「よろず屋? 白桶よろず堂のことかい? それなら林を抜けた路地に入ってすぐのところにある。看板代わりに白い桶が軒先に置かれてるからすぐにわかるはずだ」


「白い桶……、成程」

 来る途中、タケミナカタが浸かっていた白い桶を思い出す修馬。すでに通って来た道なら迷うことはないだろう。


「ありがとう、お姉さん。とりあえずその途中の、帝都レイグラードに行ってみるよ」

 礼を言い、タオルを返す修馬。

 修道女は嫌そうな顔で濡れタオルを受け取ると、「もしマリアンナたちに出会うことができたら、よろしく伝えといておくれよ」と言ってしゃがみ、草刈りを始めた。辺りには青々とした雑草がぽつりぽつりと生えている。


 修馬は作業する修道女にもう一度礼を言い、先程通って来た林の道に戻っていった。

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