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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第37章―――
229/239

第228話 さよなら異世界

 高い崖の上から飛び降り、強引な乗船を果たした修馬たち。

 ただし着地には大きく失敗し甲板の上に叩きつけられてしまっていたので、リーナ・サネッティ号の船員たちは唖然とし言葉を失っている。ただ一人を除いては。


「おお、シューマ! 派手な登場だな。船をぶっ壊す気か? がーはっはっはっはっは!!」

 そう言って笑っているのはベックだ。

 彼は倒れる修馬を手荒に起こすと、その無事を祝い体を強く抱きしめてきた。男臭が凄くて勘弁してほしいが、それを振り払う余力は今の修馬にはない。


 力なく視線だけ動かすと、マリアンナは伊集院が下敷きになることで事なきを得たようで、友理那も自力で甲板の上に着地することができたようだ。


 そんな友理那の元に、アーシャが近づいていく。

「貴女がアルフォンテ王国の姫君ですね。お初にお目にかかります。私は虹の反乱軍隊長、アーシャ・サネッティと申します。姫君がご無事で何よりでございます」


「ありがとう。私はユリナ・ヴィヴィアンティーヌと申します。この度は辺境の海まで迎えに来ていただき、誠にありがとうございます。このご恩をどうやってお返しすればよいか……」


「何を仰いますか。私とシューマは、言わば同志。それはシューマの仲間である姫君も例外ではありません。同志であるならば、助けるのは至極当然のことですので」


 忠誠を誓うように頭を垂れ、右腕で左胸を押さえるアーシャ。

 それに対し友理那は、演技じみた声で「まあ、私も同志だと言っていただけるのですか?」と聞いた。


「恐れながら……」

「しかし同志であるなら、そんな他人行儀な言葉は無しにしませんか? 私のことは姫君でなく、ユリナと呼んで下さい」


 そして友理那は優しく笑った。

 アーシャも一瞬だけ驚いたように目を丸くしたが、すぐに「はっはっはっはっはっ!」と大きく笑い出した。


「そうして貰えると助かる。実はあたしも、堅苦しいのが大の苦手でね。あたしのことはアーシャと呼んでくれ、ユリナ!」

「はい、アーシャ! 助けに来てくれて、本当にありがとう」


 そう言って肩を寄せ合う友理那とアーシャ。

 すると甲板上にいる全ての隊員たちから喜び喝采が上がった。そして皆がお祭りのように騒ぎ、祝福を分かち合う。

 そこにきて修馬は、ようやく大きな仕事を成し遂げた気分に浸ることができた。今飲む酒は、さぞかし美味しいものに違いないだろう。


「シューマよ。ユリナを助けることができたということは、魔王を倒したのだな」

 こちらに歩いてきたアーシャが、修馬の気持ちを見透かしたように葡萄酒の瓶を差し出してくる。


「ああ、倒した。命までは奪わなかったけどな」

 瓶を受け取った修馬は、アーシャの持つ瓶をぶつけ合い乾杯をした。


「そうか。詳しい事情はわからないが、シューマらしいな。良い結論だと思う」


 修馬とアーシャは、共に葡萄酒を喉の奥に流し込む。

 乾燥した月桂樹のような、甘くビターな香り。そして熟成された果実味の強い味わいは、口に含むとすぐに体に染みるようにして喉の奥に消えていった。これが勝利の美酒の味わい。


 そこから皆で色んな話をした。夜襲に合い伊集院が瞬殺されたこと。魔王との戦い。そして盲目だった魔王の目をココが治療したこと……。

 だがアーシャを始めとする隊員たちは、そのココがいないことに関して何も聞いてこなかった。マリアンナがココのポンチョと杖を持っている時点で察することができたのかもしれない。


「……けどさあ。アーシャたちは何でまた、こんなとこまで迎えに来てくれたんだ? まるで俺らの帰りの船が無いことを、知ってたみたいじゃないか」


 修馬がそう聞くと、葡萄酒の瓶から口を放したアーシャが「ああ。あたしには未来が見えるんだ」と笑いながら言った。


「未来が見える……?」

 真剣な表情でアーシャの顔を見つめる修馬。するとアーシャは耐えられなくなったように吹きだし「冗談だ」と答えた。


 本当のところは修馬たちが旅立った後、星魔導師のアイル・ラッフルズが占星術で、修馬たちの旅の行く末を占ったところ、魔王を倒して王女は救出することはできるが、それとは別の原因でココとイシュタルが天に還ってしまうという結果になったのだそうだ。


「白獅子に乗って海を渡ったのだから、当然また白獅子に乗ってウィルセントに帰ってくると考えていたが、そういうことならあたしたちの出番だなと思い、こうして危険な海域を越えてきたってわけだ。あたしたちも少しは役に立っただろう?」


「何をそんな……」

 虹の反乱軍にはレミリア海で遭難し命を助けられてから現在に至るまで、本当に救われることばかりだ。逆にどう感謝の言葉を伝えてよいのかわからずに口ごもっていると、ふとあの化け物の姿が脳裏に過ぎった。


「だけど、辺境の海域ヴェストニアに行くには『絶海の暴君』が阻んでくるはずだろ? それは大丈夫だったのか?」


 イシュタルの背に乗り、空から見た絶海の暴君の姿。あれは今まで見たどんな魔物より大きく、そして恐ろしいものだった。陸上でも会いたくないが、海上で出会った時の絶望は計り知れないだろう。


「絶海の暴君? ああ、あの大だこか。生意気にもこの船を沈めようとしてきたから、あたしの大剣『跳ね馬』で斬り刻んでやったさ!」


「は!?」

 口を大きく開き、絶句する修馬。あの化け物に打ち勝っただと……?


 これもくだらない冗談かと思いベックの顔を見ると、奴はドヤ顔でにやりと頷いた。


「ああ、こっちも倒すには至らなかったが、足の数本斬り落としたら尻尾を巻いて逃げていきやがった。流石は我が隊長だ!」

「ほ、本当か……?」


「勿論、本当だとも! とんでもなくまずくて、食えたもんじゃなかったがな。がーはっはっはっはっはっ!!」

「食ったのかよっ!!」


 馬鹿話でもするように笑いながら酒を飲んでいるアーシャとベック。

 絶海の暴君は修馬の想像を超えるとてつもない化け物であったが、今はそれを斬ったアーシャと、それを食ったベックが恐ろしくて震えている。


「そうだ、シューマ。今お前が寄りかかっているのがそうだぞ」

 アーシャはそう言って、修馬の背を指差す。


 そこにあるのは、何気なく背もたれに使っていた身の丈ほどある柔らかい物体。先ほど崖から船の飛び降りた際に、クッションの役割を果たしてくれた物でもある。


「まさか、これ……」

 修馬は青褪めた顔で、その物体を指で突いた。何とも艶めかしい感触がする。


「そうだ。それが斬り落とした大だこの足の先端。是非シューマたちに見せたいと思って、とっておいたのだ。腐り始めているから、もう捨てるがな」


 アーシャは大剣『跳ね馬』も持つと、たこの足の真ん中に突き刺した。そして巨大な剣ごとそれを持ち上げ、大きく薙ぎ払う。


「ウォリャアァァァッ!!!」

 大剣に刺さった巨大なたこの足は100メートルくらい吹き飛び、海上に落下し大きな飛沫を上げた。


 本当に何をするにしても豪快な人たちだ。

 若干呆れたように、空を見上げる修馬。夕刻が近づく空には、白く透けた三日月が小さく浮かんでいた。


 もうすぐ夜か……。

 夜は禍蛇まがへびが実体化する時間帯。そうだ。異世界での冒険は終わっても、現実世界での戦いはまだ終わりじゃないのだ。更に気を引き締めなくてはならない。


 修馬は最後に残った葡萄酒を飲もうと瓶を口に運ぶ。しかしその途中、葡萄酒の瓶は修馬の手をすり抜け、床の上に落下してしまった。

 カランカランと虚しい音が鳴る。割れはしなかったが、酒が零れ床板にえんじ色の染みをつくった。


「おいおい、シューマ。もう酔っぱらったってのか? らしくないじゃないか」

 からかうように言ってくるベック。

 そして修馬の肩を叩こうとするも、その手は空振りするように修馬の体を通過してしまった。


「……どういうことだ、シューマよ。お前、体が透けているしまっているぞ」

 いぶかしげに言ってくるアーシャ。


 まさかという思いで己の手を見る修馬。だが彼女の言う通り、手のひらは透け、その奥の景色が薄っすらと見えてしまっていた。

 こんな状況は異世界に来て初めてだったが、もしやと思い伊集院の体にも目を向ける。するとやはり同じように、彼の体も半透明になっていた。


「これはそういうことか、伊集院」

「ああ。たぶん、そうだろうな」


 何となく察する修馬と伊集院。異世界での役目を終えた我々は、こちらの世界をこれで去ることになるのだろう。


「恐らく俺たちは、これでさよならになるみたいだ。みんな、今まで本当にありがとう」

 ココが今際の際に言っていたように、別れの時は誰にだってやってくる。そしていつだって、大切な人との別れはこんな風に突然やってくるのだ。


 駆け寄ってくるマリアンナと友理那。友理那とは現実世界で会えるだろうが、マリアンナとはこれが今生の別れになるだろう。

「シューマ、イジュ……。向こうの世界でユリナ様のことを頼むぞ」


「ああ、勿論だ。安心してくれ」

 修馬がそう言うと、マリアンナは祈るように目を瞑った。その時、彼女はお腹の辺りを手で円を描くようにさすっていた。それはありがとうを意味するこちらの世界でのハンドサイン。


 修馬も同じように手で円を描いた。今までありがとう、マリアンナ。君がいてくれたから、ここまでくることができ、目的を達成することができた。かけがえのない大切な仲間だ。


 そして虹の反乱軍の隊員たちも集まってきている。陽気に酒を飲んでいるか、嬉々として戦っている姿しか見てこなかったが、今はみんな似合いもしない涙を浮かべてくれていた。


「黄昏の世界に帰る時がきたようだな……」

 アーシャは言う。修馬はぐっと鼻の奥に力を込め、涙が出るのを堪えた。


「……どうやらそのようだ。けど、これで俺らが別の世界から来たって信じられるだろ?」


「何を馬鹿なことを言っている。あたしは最初から信じていたさ。……いいか、シューマ。あたしもいつか、このリーナ・サネッティ号で月に行く!」


 空を見上げるアーシャ。夕刻の空に白い三日月が浮かんでいる。月は先程確認した時よりも、遥かにはっきりとその形を描いていた。


「リーナ・サネッティ号で月への船旅か……。悪くはないね」

「そうだろう。今度会う時はあの月の上で、この酒盛りの続きをしようじゃないか」


 修馬とアーシャは涙を流さずにそう言って、共に笑みを浮かべた。


「わかった……。必ず!」


 最後に果たせるはずもない約束を交わし、修馬と伊集院はこの異世界から夕霧のように形なく消え去った。


  ―――第38章に続く。

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