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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第37章―――
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第227話 ベルガモットの香り

 千切れた綿菓子のような、薄っすらとした雲だけが浮かんでいる青い空。

 そんな空を見上げながら、修馬は独り言のように小さく呟いた。


「さよなら……。ココ」


 ココの突然の死に、一時は取り乱しそうになってしまったが、最後に彼が天に昇っていく姿が見れことは幸いだった。死別は悲しいことだが、我々はこれからも前に進まなければならない。


 強く風が吹きつける中、そんな思いで強く拳を握りしめたのだが、その時になって修馬は大事なことに気が付いてしまった。

 それはココと一緒にイシュタルも天に還ってしまったということ。


「……ちょっと待てよ。俺らはどうやって、この島から脱出すればいいんだ?」


 伊集院とマリアンナも現実に気づき、呆然と口を開ける。

 この竜の虚ろ島へは、実体化したイシュタルの幽体の背に乗ってやってきていた。当然帰りも同じようにするのだろうと思っていたのだが、イシュタルが天に還ってしまった今の状態でそれは叶わない。


 ただそのことを知らない友理那には、マリアンナが丁寧に説明した。

 この島に辿り着くには、辺境の海域と呼ばれる荒れた海を越えなければいけないこと。そしてその海には『絶海の暴君』と呼ばれる巨大なたこが生息していること。それらの事柄から船で辿り着くことは困難を極めるため、自分たちはイシュタルの背中に乗り、空からこの島にやってきたのだということ。


「あの白獅子の背に乗って……。そういうことか」

 理解する友理那。しかしだからといって何かが解決したわけではない。


 暖かい日差しが視界にかかり、眩しく片目を閉じる。

 太陽の位置は、頂点から西に傾き始めていた。ぐずぐずしていると、またこの島で夜を明かさなければいけなくなるだろう。


「一度、天魔族の城に戻ってみようか? 帰る手段がないって言えば、あの人たちも手助けしてくれるんじゃない?」

 そう提案する友理那。しかし修馬と伊集院は、その言葉を聞き露骨に顔をしかめる。魔王を倒し颯爽とそこから立ち去ったのに、今更戻るのは若干の抵抗がある。


「魔王の目の治療をした恩はあるけど、修馬が城の壁ぶっ壊してるからどうだろうな?」

 大きく眉をひそめたまま振り返る伊集院。前々から思っていたことだが、この男は本当にいけ好かない顔をしているのだ。


「何だよ。俺のせいって言いたいのか!」

「そうは言ってねぇよ。けどまあ、壁の修復を少しでも手伝ってやれば、船くらい貸してくれるんじゃないか? それ以外のわだかまりはないんだからさ」


 そんな感じで適当な言葉を並べる伊集院。

 だが他に案がないので、そうするしかないのかもしれない。気まずさはあるものの、一度城まで戻った方がよいだろうか?


 風向きが変わり、北西の方角から冷えた風が吹いてきた。

 小さくくしゃみをした修馬は、くすぐったい鼻を擦り谷の向こうの天魔族の城を見つめた。


 仕方ない。出てきたばかりだけど、城に戻るか。

 そう思い崖に向かって歩こうとすると、急にマリアンナが「ちょっと待って!!」と声を上げた。


 見ると彼女は、犬のように鼻をひくひくと動かしている。敏感な嗅覚で何かを感じ取ったみたいだ。


「どうかしたのか?」

「いや……。まさかとは思うが、微かに嗅ぎ覚えのある香りがする……」


 そう言ったかと思うと、マリアンナは何かに引き寄せられるように天魔族の城とは逆の方向に歩き出した。

 迷ったものの1人でどこかに行かせるわけにはいかないので、修馬たちもその後についていく。


「覚えのある香りって何?」

 そう尋ねてみるが、マリアンナからの返事はない。嗅覚を極限まで集中させているみたいだ。


 友理那も「まあ、マリアンナのことを信じましょう。彼女の嗅覚の鋭さは私が保証するから」と言うので、修馬と伊集院は素直にそれに従った。

 魔王とココも信じることの大事さを説いていたので、そう言われたら否定しづらい。


 そして暫しの間、マリアンナの後を追い道なき道を歩き進める。

 どれだけ進もうと修馬には何の匂いも感じなかったが、やがて海が近づいてきたのか風に乗って潮の香りが漂ってきた。


「……香りが強くなってきた」

 ふと立ち止まりマリアンナが呟く。修馬も改めて鼻を動かしてみるが、やはり潮の香りしかしない。


「香りってまさか、海水の匂いのことを言ってるんじゃないよね」

「いや。海の生臭さではない。海の匂いに交じり僅かにしているのは、柑橘類のすっきりとした爽やかな香り。恐らくこれは、アーシャ殿がつけている香水の香りだ」


 そこからマリアンナが駆けだした。

 かなり足に疲労が溜まっていたが、修馬たちもどうにかその後を追っていく。


 この島にアーシャ!? そんな馬鹿な。辺境の海域を船で越えてきたというのか?

 ありえないと思いつつも遅れないようについていくと、遂に島の端である切り立った崖に辿り着いた。広い海が一望できる、高さ50メートル程の断崖だ。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 荒い呼吸で海を見渡す修馬。


 遮るものがないため、遠くまで水平線が広がっている。

 視線の先には、海と空と雲以外何もない。だがしばらく眺めていると、沖の向こうに薄っすらと影のようなものが現れてきた。


「あれだっ!!」

 マリアンナもそれに気づき、影を指差す。まさかあれが虹の反乱軍のリーナ・サネッティ号なのか?


 船影は徐々に島に近づいてくる。

 反乱軍の船かどうかはわからないが、少なくとも帆船であることは確認できた。修馬たちはその船に向かって手を振りつつ、大きく声を上げた。


 ゆっくりと南下していた船が、東に舵をきり岸壁に寄せてくる。やはりその船はリーナ・サネッティ号で間違いないようだ。あの大時化おおしけの海を越えてくるとはとても信じられないが、目の前に見えているものこそが紛れもない現実。流石は虹の反乱軍だ。


「おーいっ!! シューマたちか!! 迎えに来たぞ!!」 

 酒焼けした大きなだみ声が、波音をかき消し崖の上まで届いてくる。それは虹の反乱軍の船大工、ベック・エルディーニのものだ。

 修馬たちも大声で返事をするが、ここからどうやって船に乗り移ればいいだろう? ウィルセントで聞いた話によると、竜の虚ろ島は四方全てが高い崖で囲まれおり、船で上陸することができないということだった。


「少し高さがあるが、ここから飛び降りてみるか。この程度の距離なら、俺の飛翔魔法だけでも3人くらい支えられるだろ」

 伊集院がそう提案する。崖の下を覗き込み息を呑む修馬だったが、友理那もそれに賛同したので嫌だとは言い出せない状況だ。


「それなら私もお手伝いします。飛翔魔法は使えませんが、ゆっくり降下するだけなら力になれるはずです」

「それは助かる。じゃあ、行こう!」


 友理那と伊集院が共に頷く。

 そして修馬たちは横一列で手を繋ぎ、崖の先端に並んだ。建物で言えば15階くらいの高さだろうか? 海からの風が強く吹き抜ける。修馬は倒れそうになる体を必死に支えた。駄目だ。足元に目を向けると、嫌な汗が滲んでくる。


「よし、それじゃあ行くぞ! サーンッ! ニーッ! イーチッ! ゼロッ!!」


 4人は合図と共に地面を蹴り、断崖から飛び降りた。

 伊集院と友理那の魔法のおかげで速度はかなり緩やかなものになってきたようだが、それでも体感速度は凄まじく、修馬の目からは涙が零れ落ち、マリアンナは今まで聞いたこともないような甲高い声で「キャーッ!!!」と絶叫した。


 着地することも忘れ、目を閉じてしまう修馬。

 マリアンナの声が途切れる前に、修馬は何かぶよぶよした物体に尻もちをついた。柔らかくて弾力のある謎の物体。


 しかし弾力があり過ぎたため、修馬たちはそこから1メートル程大きくバウンドしてしまう。

「うわぁぁぁっ!?」


 迫りくる甲板。

 ギリギリまで手を繋いでいたために受け身を取り損ねた修馬は、板張りの甲板に顔から滑り込むようにして着地した。


「か、顔が痛い……」

 ここにきて痛い目に合うとは思わず、弱音を上げる修馬。

 しかし、どうにかリーナ・サネッティ号への乗船は果たすことができたようだ。

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