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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第37章―――
227/239

第226話 ココ・モンティクレール

 一時の空の遊覧を終えた修馬たちは、イシュタルの背に乗ったまま天魔族の城に戻った。

 中では皆が凱旋を祝うように待ち構えている。


 疲労の色を見せていた魔王だが、城の中に辿り着くと背筋を伸ばしサッシャの手を借りつつも確かな足取りでそこから降りた。

 そこへクリスタが、何かを持って歩み寄ってくる。


「お持ちいたしました、主」

「うむ。ご苦労」


 クリスタから魔王に手渡されたのは、黒くて短い棒のようなもの。丁度、太鼓のバチくらいの長さの棒だ。


 続けてイシュタルの背から降りた修馬に、魔王は受け取ったその短い棒を差し出してきた。


「これがアデルハイザー家に伝わる、龍神オミノスを倒すための『アグネアの槍』だ。シューマよ、約束通り受け取るがよい」


「えっ!? それがアグネアの槍!?」

 何を言っているのか上手く呑み込めない修馬。だがわからないままその黒い棒を手にし、そして掲げるようにして見つめた。


 意外なサイズと形状に、何の言葉も出てこない。

 剣の柄程の長さしかないその武具は、槍と呼ぶには余りにも短か過ぎるし、そもそも攻撃するための穂がなかった。


「まあ、驚くのも無理はない。しかしそれは、必要な時に槍としての機能を果たすということだ。我もその真の姿は目にしたことが、お前なら必ず使いこなすことができるであろう」


 そういうものかと思い、まじまじと見つめる。先程の戦闘で使用した武器がアグネアの槍だとばかり思っていたので、これは物凄く拍子抜けだ。


「けどこれを受け取るわけにはいかないよ。天魔族にとっても大事なものなんだろう?」

 そう言って返すと、魔王は目を丸くして小首を傾げた。少年のようなあどけない反応だ。


「何を言っている? アメノハバキリとアグネアの槍、その両方がなければオミノスを討つことなどできぬのだぞ」


「大丈夫。俺にはこれがあるから。……出でよ、アグネアの槍!」

 魔王の目の前で、その黒い棒を召喚してみせる修馬。そう。武器召喚術が持つ修馬には、武器の現物など必要ないのだ。


 むしろこの術が無ければ、異世界から現実世界に武器を持っていくことができないのだから、禍蛇を討伐することはできなかったかもしれない。タケミナカタの能力には、そんな大事な役割があったのだ。


「成程な、そうであったな……」

 魔王はそう言って黒い棒をクリスタに渡し、修馬の顔を見上げた。


「シューマよ、人間は脆く弱い。だがお前たち人間は、我らでは想像することができぬほどの大きな力を持っていると、最後の一撃を喰らった時に確信できた……。我はお前たちのことを信じよう。シューマも己の持つ力を信じるのだ」


「己を信じる……?」

「ああ、そうだ。信じることは、きっとお前たちの力になる。さすれば、オミノス討伐の糸口もおのずと見つかるであろう」


 魔王のその言葉を聞いた後、友理那を含めた修馬たち5人は天魔族の城を後にした。


 ただ魔王に去り際、「もう二度と会うこともないだろうから、帰る前に壁の修復でもして貰おうと思っていたが、我が目の修復をしてくれたことでご破算にしてやろう」と言われたのは少々肝を冷やした。


 深い谷に囲まれた天魔族の城。

 そこから吹き上げる風に乗り、修馬たちは飛翔魔法でその谷を越えた。イシュタルも空を駆け、その後を追う。


 皆で横一列になって手を繋ぎ、宙を舞う。そして丘陵地の平原に下り立つと、誰かがバランスを崩し全員で草むらの中を転がった。青々とした香りが立ち上がり、鼻孔をくすぐる。


 目的を達成したことによる充実感と、緊張が解けたことによる安堵の気持ちが重なり、修馬は寝転がりながら意味もなくくすくすと笑いだした。

 それに釣られたのか、皆も草むらに身を伏せたまま笑い声を上げる。


 仰向けの視線の先には鮮やかな青空が広がり、島に住む鳥たちが活発に飛び回っている。改めて考えると、こんなにも大声で笑ったのは久しぶりのことかもしれない。


 それぞれに起き上がり、体についた砂を払う。

 そして修馬の横にいるココがどこか寂しそうにこう呟いた。

「……じゃあ、この辺りでお別れだね」


 そう。この島とももうお別れ。

 とりあえずはアイル・ラッフルズのいるウィルセントに戻ろうかと思い、修馬は「そうだな」と返すと、ココは背後にいるイシュタルにもたれかかるように、コテンとしりもちをついた。


「どうされましたか? ココ様。顔色が優れないようですが?」

 手を差し伸べるマリアンナ。だがココは、小さく首を横に振り薄く笑った。


「みんな本当にありがとう。僕の大冒険は、どうやらここまでみたいだ……」

「えっ!?」


 嫌な予感がして、全身に鳥肌が立つ修馬。


 ココの言葉は、今ここで死んでしまうかのような言い方だった。

 まさかそんなことはありえないと思う一方で、間違いなくそうであろうという確信も同時にしている。


 この旅をしている中でココの体調が万全ではなさそうだということは、正直修馬も気づいていた。だが少年のようなその姿から、無根拠に大丈夫だろうと思い込んでしまっていたのだ。

 しかしココは、この場にいる誰よりも高齢なのである。


「僕自身に掛けられた魔法のことは話してなかったかな……?」

 ココが虚ろな目でそう言うと、友理那は彼の幼い手をしっかりと握った。


「以前、魔霞まがすみ山のお屋敷に行った時に伺いました。代々モンティクレール家の当主には、龍神オミノスの封印を守るという役割を果たすために、成長や老化が止まる魔法を掛けられるということを……」


 友理那のその話は、修馬もどこかで聞いたことがあった。

 一族の血が途絶えてしまわないように、当主が不老の魔法をかけられる。そして跡継ぎが成長し成人になった時、今度は跡継ぎがその魔法を引き継ぎ不老になる。そうすることで一族が断絶することを阻止しているのだと。


「その通りなんだけど、実はその抗老化魔法は封印しても尚、魔霞まがすみ山の大地から溢れてくるオミノスの強大な魔力を利用することによって保たれていたんだ」


 ココは言う。

 だがそのオミノスこと禍蛇まがへびは、すでに現実世界に転移してしまっている。こちらの世界にはもういないのだ。


 友理那が握るココの小さな手が、どういうわけか指先から白化していく。

 修馬も伊集院もマリアンナもそして友理那も、成す術もなくそれを見守ることしかできなかった。


「僕に掛けられた抗老化魔法の効果はとっくに切れている。120年以上生きている僕は、とっくに本来の寿命が尽きていて、オミノスが転移してからはいつ死んでもおかしくない状況だったんだ。だから命を削る治癒魔法も、使ってあげることができたんだけどね……」


 そう言うとココは、寄りかかっていたイシュタルの脇腹から頭を滑らせ、草むらの中にバタリと倒れた。


「ココッ!?」

 慌てた全員がその体を支えるも、ココは力なくうな垂れるだけだった。


「う、嘘だよね……」

 振り絞るようにそう尋ねる修馬。

 友理那が支えているココの白化した指が、何もしていないのにぽろぽろと崩れていく。


「これはモンティクレール家当主の哀しい性さ……。龍神の強い魔力によって生きながらえていた体は、最後に灰になって散っていってしまうんだぁ」


 強く風が吹く。

 それに撫でられると頬の皮膚がえぐられるように持っていかれ、桜の花弁のように白く舞った。


「そんな……。もう、俺たちにはどうにもできないのか?」

 目の奥が熱くなり、涙の粒が零れてくる。

 ココは虚ろな目で修馬を見つめ、小さく口角を上げた。


「泣かないでシューマ……。僕は一族の宿命として封印を守るために魔霞み山から出ることができなかったけど、人生の最後にシューマたちと世界を周ることができて本当に楽しかったんだ。龍神オミノスのことはちょっとだけ心残りだけど、魔王が言ってたように僕もシューマたちのことを信じてる……。君たちならきっと、オミノスを倒すことができるよ」


 ココの手のひらが崩れ、腕も半分以上も白化してしまっていた。もう残された時間は幾ばくも無いだろう。


「オミノスは俺たちが絶対に倒すけど、そしたらこっちの世界に来る意味がなくなって、異世界転移もできなくなるのかもしれないけど……、それでも俺は、ココにもっと生きて欲しかった……」


 支離滅裂な言葉になってしまったが、己の想いをどうにか口にする修馬。

 伊集院とマリアンナと友理那も、風で崩れてしまわぬように周りを囲み、神に祈るようにその体を守った。だが無情にも、ココの体の崩壊は止まらない。


「優しいねシューマは……。けど、そろそろお迎えの時間みたいだ。僕はもう死んでしまうけど、人は誰だって約束された明日があるわけじゃない。歳を取った僕でも、まだ若い君たちでも……。だから……しゅー……」


 話している途中だったが、そこでココの体は全て灰となり、支えている全員の目の前で儚くも崩れ落ちた。


「ココっ!!!」


 ザァッと強く風が吹き、灰は天空に巻き上げらた。


 その時一緒に修馬の頬に流れる涙も、どこか遠くに跳ね飛ばされた。もう泣かないでと、ココが言っているかのように。


 しばし呆然とその場に佇む修馬たち。

 だがすぐに空の上から何者かの声が聞こえ、皆、ハッとして首を上げた。


「あのー、お取込みのところ失礼するのです……」

 そう言って空からゆっくりと降臨してくる、ハート柄のポンチョを着た少女。それはココの妹である、ララ・モンティクレールだった。


「……えっ、ララっ!? ど、どうしてこの島に!?」

 修馬が声をかけると、ララはこちらを見てにんまりと微笑んだ。


「お久しぶりなのです。ララはお兄ちゃんのお迎えにきたのです」

「お迎え!?」


 突然の天からのお迎えに、唖然とし言葉が出ない修馬たち。

 すると、4人の横で丸くなっていたイシュタルがキラキラと金色に輝き出し、空に向かって浮上し始めた。その横には、幽体と思われるココの姿もある。


「……だからね、シューマ。言いたいことがあるなら、思ったその時に言わなくちゃ駄目なんだ。その躊躇ためらいは、きっと君を後悔させることになるからねぇ」


 ココは天使の如き笑顔を振りまき、空へと昇っていく。修馬は口をぱくぱくさせたまま、それを見守った。


「ああ、そうだ。最後にマリアンナにお願いがあるんだけど、その振鼓ふりつづみの杖は形見分けとしてアイルに渡してほしいんだ」


 ココの体は灰となり風で散ってしまったが、彼の着ていたポンチョと杖はマリアンナの目の前に転がっていた。

 手の甲で涙を拭ったマリアンナはそれらを拾い、空に向かって声を上げる。

「かしこまりました。このマリアンナ・グラヴィエが、間違いなくアイル様にお届けいたしますので、ご安心を」


 それを聞いたココは地上に向かって顔をほころばせ、そしてララと手を繋いだ。


「……そろそろ、時間なのです。イシュタルも一緒に行くのです」

「にゃー!」


 ララの言葉に返答すると、イシュタルも2人と共に天へと向かっていく。


「……ありがとう、みんな。どうかお元気で、さようならー」

 それだけ言うと、ココたちは空の彼方に消えていき、この世から去っていった。

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