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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第37章―――
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第224話 明鏡止水

 周囲を囲む炎がめらめらと赤く立ち昇り、修馬の肌を熱く照らす。


 体が熱い。周りが炎で囲まれてしまっているのでそれは当然のことなのだが、それ以上に体温が上がってしまっている気がする。それこそ血が沸騰し、高速で体中を循環しているかのように。


「さあ、そろそろ決着を着けようではないか。我をひざまずかせることが出来ぬのなら、そなたには死んで貰うとするぞ」

「……上等だ。返り討ちにしてやるよ!」


 魔王の煽りに対し、思いもよらぬ荒々しい言葉が口から出た。

 脳内の血管に急速に血が巡っていく様子が、見えているかのように感じられる。そしてこめかみ付近で毛細血管がプチッと切れる音がすると、修馬は信じがたい速度で駆けだし魔王に強襲を仕掛けた。


「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」


 サブマシンガンを掃射しながら近づいていく修馬。そしてそれを投げ捨てると、今度は妖刀『迷わし』を召喚し上から斬りつけた。


「ほう。これはけったいな攻撃だ。面白い」


 妖刀『迷わし』特有の二段攻撃を放つも、魔王は見事な槍捌きでそれを簡単に跳ねのけていく。そして避けながらも槍を高速で突き、容赦なく攻めてきた。魔王は盲目のはずだが、まるで目が見えているかのように確実に急所を突いてくる。


 凄まじい攻防に、もはや己の意志が働かぬような状況。

 勘と感覚だけで攻撃を避けつつ、妖刀による二段攻撃を繰り返す。その切っ先が僅かに皮膚をかすり血が舞っていたりもするのだが、決定的な一撃にはどうしても至らない。


 戦いの激しさが増すにつれ、全身の血が沸き立っていく。そしてどういうわけか血の廻りと共に、身体能力が大きく向上していく感じがする。倒すなら今しかない。いや、何が何でも魔王の首を斬り落としてやる!


「出でよ、流水の剣『白線』、並びに涼風すずかぜの双剣『鎌風』!!」

 右手で帯状の水流を放ちつつ、同時に回転しながら飛ぶ斬撃も発生させる。


 真っすぐに飛んでいった白線は魔王の強烈な突きでかき消されてしまったが、複数発生させた鎌風は弧を描きながら魔王の両肩をえぐるように衝突した。


「ぐっ」

 両腕に力を込める魔王。

 鎌風の斬撃が僅かに食い込んではいたのだが気合を入れるように声を上げると、鎌風は腕から弾かれるように方向を反転させ、やがて炎の壁の外に消えていった。


「優れた攻撃のようだが、それでは物足りぬ。速度も腕力も、我には遠く及ばない」

 そう言うと、翼を持たぬ魔王が脚力だけで高く跳び上がる。


 そして天井付近を滞空する魔王が放ったのは、蛇のようにうねる漆黒の光線。

「喰らえ、『闇の牙』」


 不規則な軌道を伝い、上から突っ込んでくる蛇の如き光線。

 天井を睨む修馬は、ホッフェルの靴で高く跳び上がりながらも天之羽々斬あめのはばきりを召喚し、漆黒の光線を真っ二つに斬り裂いてみせた。


 鋼鉄を切断している時のような耳障りな音が響く。

 跳躍力が重力によって弱まり空中に制止したその瞬間、いつの間にか接近していた魔王が、修馬に顔を近づかせまじまじと上から覗き込んできた。


「……見事。しかし後先を考えないことは感心できぬ」


 右の拳にどす黒いオーラが纏わせる魔王は、横から振った腕で修馬の腹を殴りつけ、高さ5メートルの位置から床に向かって叩き落した。


「くっ、はっ!!!」


 真っ逆さまに落下した修馬は、石造りの床に強く背中を打ち付けてしまった。

 背骨が砕けるのではないかと思えるほどの衝撃を受け息が止まりかけたが、何故か修馬は間髪入れずにそこからすぐ起き上がった。


 寝ている場合じゃない。絶対に魔王の首を斬り、友理那を救わなければならないんだ。そんな思いが頭の中をぐるぐると渦巻いている。


「我の攻撃をまともに喰らい、尚も食い下がるか……。これを強者と見るか、はたまた愚者と捉えるか?」


 そこから再び、床の上での戦いが始まる。

 修馬は天之羽々斬あめのはばきりによる怒涛の攻めを見せるが、魔王は押されながらも1本の槍でそれを丁寧に捌いた。炎に囲まれた床の上を円状に移動していく2人。

 一見すると修馬が押しているようにも見えるが、魔王によって修馬が攻撃させられているように見えなくもない。


 人間の体力など底が知れているものだが、この時の修馬は尋常でない力が沸いており、全くと言っていいほど疲労を感じていなかった。これはゾーン? あるいは火事場の馬鹿力というものか?


「馬鹿っ、何やってんだ修馬! 今のお前の攻撃は殺気が丸出しだぞ!! これじゃあ、盲目の魔王にも避けてくださいって言ってるようなもんだ!!」


 炎の壁の外から伊集院が叫んでいる。

 しかし今の修馬にはその声は聞こえていなかった。頭の中にあるのは、目の前の敵を如何にしてほふるかということのみ。


「その程度の実力でオミノスに挑もうとするとは片腹痛し。龍神の討伐は我ら天魔族の悲願であるぞ」

「お前らのことなんて知ったことじゃない! こっちはこっちの都合で、禍蛇まがへびを倒したいだけだからな!」


 天之羽々斬あめのはばきりを振り下ろした修馬は、返す刀で妖刀『迷わし』を召喚し逆袈裟に斬り上げる。

 しかし全ての攻撃は事前に読まれているように、簡単にかわされてしまった。


「禍蛇……。黄昏の世界では龍神のことを蛇と呼ぶのか。興味深い」

「何も面白いことなんかねぇよ! あんなもん世界を破滅に導くだけのただの化け物だっ!!」


 修馬は爆砕の鉾槍ほこやりを召喚し、石造りの床に叩きつける。そこで大きな爆発が起こると、爆風が広間内に広がり、瞬間的に2人を囲んでいた炎の壁が一部途切れた。


「修馬、落ち着いて!! あなたは自分を見失っている!」」


 誰かの声が届いた。

 声の主は、一瞬だけ途切れた炎の先にいた人物。彼女の姿を見て、修馬は初めてその声に気づくことができた。


「ゆ、友理那……」

 炎の壁の外側にいたのは、この城に捕らわれている鈴木友理那。天魔族のクリスタの横に、両腕を縛られた友理那が確かにいたのだ。


 ありえないほどの興奮状態を保っていた修馬だが、彼女の声を聞いて少しだけ冷静さを取り戻すことができた。

 そうだ。魔王は精神を操る術を持っているのだ。この異常なまでに沸き上がる炎のような心持ちは、恐らく怒りの感情。それのおかげで無尽蔵の力が沸いていることも事実だが、やはり魔王に勝つにはこれも克服しなければならないのだろう。


「……出でよ、涼風の双剣『寒晒かんざらし』!」

 修馬は冷たい風を己の周りに吹かせた。炎で上がっていた体温を、これで一気にクールダウンさせる。


 そしてまた、薄っすらと友理那の声が聞こえてくる。

「伊織さんの言葉を思い出して……」


 伊織さんの言葉。

 彼からは色々なことを教わったが、この場で思い出す言葉はただ一つ。


 剣の道に重要なのは明鏡止水めいきょうしすい。相手を映す鏡にさざ波が立ってしまえば、本来見えるものも見えなくなってしまうということ。


 息を吐き出し、肺の中の空気を入れ替える修馬。どうやら盲目になっていたのは、こちらの方だったのかもしれない。

 そして眠るように瞼を閉じると、持っていた天之羽々斬あめのはばきりを床に投げ捨てた。


 あまり表情を変えない魔王が、少しだけ眉根を寄せる。盲目なので何に対して、不快に感じたのはよくわからない。丸腰になったことなのか、それとも修馬の感情の変化に気づいたのか? 


「戦意が消えたな……。アメノハバキリを投げ捨てたということは、勝負を諦めたということか?」

天之羽々斬あめのはばきりは禍蛇を討つための武具なんだ。お前を斬る剣は別にある」


 腰を落とし、極限まで精神を集中させる。

 すると左腰の辺りに置いた両手の空間がぐにゃりと歪んだ。そうだ。この武器で決着を着けてやる。


「ほう。では見せて貰おうか。我を斬る剣とやらを」

 微笑するように口角を上げる魔王。ただその時、修馬は魔王の顔すらも見ていなかった。静かに己と向き合い、自分自身に何度も問いかける。


 血の巡りは未だに速いままだったが、その心音は非常に心地よいものにすら感じた。リズムに合わせるように、攻撃のタイミングをじっくりと伺う。


 だが魔王もこちらの攻撃を待っていてはくれない。

 全身に黒いオーラを纏わせた魔王は、両足で地面を蹴り、飛ぶように攻めてきた。


 目を見開いた修馬の視界に、向かってくる魔王の姿がはっきりと映る。


 好機。

 出でよ、初代守屋光宗『贋作』。


 呼び出した刀の刃が鞘の中を走ると同時に、修馬も前に向けて床の上を駆けた。

 刹那の速度で交差する魔王と修馬。そして互いに足を止め、背中を向けたまま暫しの間体勢を崩さずに立ち尽くす。


 だが修馬が血振りをし刀を鞘の中に納めると、顔から血を流した魔王がくりと崩れ、ゆっくりと床に膝をつかせた。

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