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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第37章―――
223/239

第222話 魔王ギー

 闇を思わせる不吉な色のオーラが、魔王の周りに妖しくも渦巻いている。


 左右で異なる輝き方をする紫色の魔眼は、修馬の姿を確実に捕えていた。

 魔眼には視力というものが備わっていないと聞いていたが、どういうわけか修馬は蛇に睨まれた蛙の如く、身動きを取ることができない。

 全身に嫌な寒気を感じつつも、毛穴という毛穴から大量の汗が湧き出ている。


 死んだように倒れていた四枷よつかせだったが、それぞれ力無く起き上がると、自分たちの役目は終わったとばかりに後方に下がっていった。彼らは本当に戦わないらしい。


「さあ、遠慮なくかかってこい。我をひざまずかせることが出来れば、アデルハイザー家に伝わる『アグネアの槍』をくれてやろうぞ」


 何の武器も持たずに戦いを誘ってくる魔王。丸腰といえば修馬もそうなのだが、こちらには武器召喚術がある。

 しかし矢でも鉄砲でも出すことができるその術を、今はどういうわけか上手く使い事ができない。恐怖により緊張で、体が言うことを聞いてくれないのだ。


「どうした、来ないのか? ならばこちらから行かせて貰おう」


 体をすくめた魔王が、何かを解放するように両腕を広げ体を反らせる。

 すると辺りの空気が白く凍りつき、雪山のような冷気が部屋中に立ち込めた。

「凍りつけ……。『氷結の間』」


 何やら髪の毛先や眉毛などに霜がつきだした。氷属性の魔法を使用したようだ。吐いた息も凍りつきパチパチと音を立てる。寒さと恐怖で、全身の震えが止まらない。


 そして床を滑るように近づいてきた魔王は、修馬に向かって肉弾戦を仕掛けてきた。鞭のようにしなる腕から放たれる拳が、修馬の体を何度も痛めつける。


 恐怖による幻影なのか、魔王の腕が何本もあるように見えてしまう。震える足のせいでろくに動くことも出来ないのに、それを避けることなど不可能に近い。


「軽く腕を動かしているだけなのだが、避けることも出来ぬか……」

 退屈そうに言うと、魔王は目にも止まらぬ速さで正拳を突き出した。


 強烈な一撃が脇腹に突き刺さり、目の前が真っ白になる。

 だが気を失っている暇などあるはずもない。ギリギリのところで意識を戻した修馬は、重力を軽減できるホッフェルの靴で後方に逃げ跳び、魔王との距離をとった。


 胸の辺りに走る鈍痛。肋骨が折れているかもしれないが、逆に今はこの痛みのおかげで少しだけ冷静になることができた。今こそ反撃の狼煙のろしを上げる時。


 同時に駆け出す修馬と魔王。

 強い恐怖に襲われながらも、修馬はようやく己の武器を召喚した。


「出でよ、流水の剣『水鏡みかがみ』、及び『白線』!!」

 二種類の剣を、左右それぞれの手の中に出現させる。


 盾状の水鏡により魔王の拳を防ぎつつ、ビーム状の白線で魔王を攻撃した。

 しかし魔王は飛んできた白線を片手で受け止めると、何も無かったかのように簡単にかき消してしまう。


「話には聞いていたが、それが武器召喚術とやらか。面白い。……こうやるのか?」

 魔王が右手を広げるとその中で空間が歪む。そしてぼんやりとそこから現れたのはサッシャの武器である流水の剣。魔王は一目見ただけで、修馬の術を模倣してしまったようだ。


 そこから始まる流水の剣での打ち合い。力、速度共に劣る修馬はあっという間に壁際まで押されてしまった。魔王の剣捌きは、まるで目が見えているかのようだ。


 修馬は白線で迎撃しつつ背後の壁を蹴ると、ホッフェルの靴で反対側に大きく跳び、魔王の背後に回り込んだ。

「出でよ、流水の剣『叢雨むらさめ』!!」


 高く掲げた剣が気化するように白く溶け、煙のように上昇していく。

 すると高く造られた天井付近から、冷気によって氷と化した氷柱状の水が、槍が降るように魔王の頭上に襲い掛かった。


「ふむ。良い攻撃だ」

 振り返った魔王はのらりくらりと移動しているだけで、氷柱の雨を器用に避ける。


「なら、こいつを喰らえ! 涼風の双剣『鎌風』!!」

 涼風の双剣を召喚した修馬は、両腕を大きく振りかぶって交差させるように強く振り抜いた。


 つむじ風のように渦を巻きながら飛んでいく斬撃。

 その正面に立つ魔王は流水の剣の軽い一振りで、修馬が放った鎌風をあっさりと消滅させてしまった。


「術の真似事はできても、その武器の使い方についてはそちらに分があるようだな。……ならばやはり、我は素手でいこうぞ」

 流水の剣を投げ捨てる魔王。そして紫の目を光らせると、再び肉弾戦を仕掛けてきた。


 それほど速くない攻撃なのだが、やはり腕が何本もあるように感じてしまう修馬。どこか動きも違和感があり、攻撃の予測がつきづらい。


「おい、修馬!! お前なにやってんだよ! 動きががっちがちだぞ!!」

 その時、伊集院が背後からそう叫んだ。そしてココが続けてこう声を上げる。


「シューマ! たぶん魔王はね、物理攻撃を仕掛けながらも、それと同時に精神を干渉する何らかの魔法攻撃を放っているんだ!」


 精神を干渉する魔法攻撃?

 魔王は部屋全体に氷の領域を展開しながら直接攻撃もしつつ、尚且つ修馬に対して精神攻撃をしているというのだ。

 そんなことしてくる敵は今までいなかったので、どう対処すればいいのか全く見当がつかない。


「その通り。流石は大魔導師と謳われているだけのことはある。我は今、こやつの脳内に恐怖の感情を与えているのだ」

 魔王はそう言って、更に鞭のように腕を振るってくる。かじかむ足の痛みに耐え、どうにかそれを避ける修馬。


 極めて単純な攻撃なのに思うように受けることもかわすこともできないのは、魔王が意図的に恐怖の感情を操作しているかららしい。ならばそれをどう対処すれば良いだろうか?


「天魔族の王とやらは、随分小賢しいことをするんだな!」

「1人の人間を捻り潰すことなど、造作もないことだからな。少しは我の戯言に付き合って貰おう。恐怖の感情を過剰に与えると、人は動きが鈍化する。……動かぬ体で、我の攻撃を止めてみせよ」


 その間も当然、魔王は攻撃の手を止めることはない。修馬はまたしても、壁に向かって徐々に追い詰められていく。


 友理那を助けなくてはいけないのに……、アグネアの槍を手に入れていないのに、こんなところでやられるわけにはいかない。この恐怖心を乗り越えろ。俺が倒さなければいけないのは禍蛇。あの化け物と戦う恐怖は、恐らくこれの比ではないはずなんだ!


 追い詰められた修馬は半身になると、右手を隠すように身を屈めた。その陰から鮮やかな光が瞬時に煌めく。

「出でよ、天之羽々斬あめのはばきりっ!!」


 召喚と同時に、修馬は腕を横に振り抜いた。閃光の如き斬撃が、魔王の胴を真っ二つに斬り裂く。

 否。斬ったのは残像。魔王は目にも止まらぬ速度で後ろに避けていた。


「それが、龍神オミノスを討つことができるアメノハバキリか? 見事な剣だ」

「……当たり前だ。これは俺の師匠が全身全霊を込めて打った剣だからな!」


 続く二の太刀は、頭上から叩き斬るように剣を振り下ろす。

 しかし魔王は模倣した武器召喚術で天之羽々斬あめのはばきりを手の中に呼び出し、それで修馬の攻撃を正面に受けとめた。


 水面のような美しい文様の刀身がぶつかり合い。ギリギリと不快な音を立てる。

 鍔迫り合いをしながら、魔王は見えない目で修馬の顔を覗き込んだ。

「剣は素晴らしいが、扱う者の腕があまりにも未熟。これでは武器が不憫というもの」


 剣を合わせたまま、魔王の口から衝撃波が放たれた。

 耳障りな音の後、すぐに大きな爆発音が鳴り響く。


「うわっ!?」

 紙一重のタイミングでそれを避ける。


 まともに喰らっていたらただでは済まない威力の衝撃波だったが、修馬は反射的にホッフェルの靴と涼風の双剣を使い上手く魔王の背後に回り込んでいた。ここにきてようやく体が動けるようになってきたみたいだ。


「未熟ではあるが、恐怖の感情は克服できたようだな。ならば更なる負の感情をそなたに与えるとしよう……」

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