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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第37章―――
222/239

第221話 天魔族の城

 飛翔魔法によって崖の向こうにある城へと飛んでいる伊集院と、彼に抱えられ運ばれる修馬。

 2人は谷から吹き上げる風に乗って滑空していくと、城の1階部分にバルコニーのようにせり出た場所を発見した。あそこが入口と思われる。


 強い風に魔法の翼が持っていかれつつも、微調整してどうにか無事着地する。そこにある巨大な扉は、こちらを招くように大きく開かれていた。

 恐る恐る覗き込み、様子を伺ってみる修馬と伊集院。だが中は薄暗く、人の気配は感じられない。


「入るぞ、魔王!!」

 わざわざ声をかける義理などないのだが、一応それだけ言い、2人は城の中に侵入した。


 高い天井と、古い建物を思わせる乾いた臭い。幾つかある窓から朝の光が漏れているが、基本城内は廃墟のように暗く静かだ。


 ただ入口の正面にある階段には、唯一光源があった。

 階段の両脇の全ての段に、蝋燭が直に置かれ並べられている。小さく揺らめく赤い炎が、2階へと続く道をぼんやりと照らしていた。


 魔王がいるのはあの先だろう。

 そう感じた修馬は、階段に向かって歩いていく。2階に向けて真っすぐに続くその階段。その途中には大きな踊り場が存在した。


 覚悟を決めるように一歩一歩踏みしめ段差を上る。

 そして踊り場に近づいた修馬は、集中するように目を瞑り深く息をついた。

「……お待たせ。さあ、行こうか」


 踊り場の両端には、ココとマリアンナが修馬たちの到着を待ち構えていた。

「うん!」

「ああ、行こう」


 修馬を先頭に伊集院、ココ、マリアンナの3人が横に並び、その後へと続く。

 緊張のせいなのか、足音までもが耳に届かない異常な静寂が辺りを包む。

 そして上階に辿り着いた修馬は、竜の彫刻が彫られた重厚な観音開きの扉をおもむろに開いた。その室内には、上部から白い光線のようなものが後光のように伸び、神々しく照らしていた。


「待ちかねたぞ。黄昏の住人よ」


 何者かの声が聞こえたその時、修馬の髪が緩やかに揺れた。室内なのにどこからか風が吹いている。

 ふと振り返ると、その白い光線の正体を理解することができた。それは崩れた壁から漏れ出す朝の光。修馬が擲弾発射機てきだんはっしゃきによって破壊した壁面の穴だ。


 日の光によって照らされているのは葡萄染えびぞめ色の玉座。そこに座る人物が、こちらに向かってこう呟く。

「ようこそ、我が城へ……」


 光が眩しくてはっきりと姿をとらえることはできないが、その玉座に座る者こそ間違いなく魔王だろう。


 ごくりと息を飲みこむ。

 意外に感じたのは体の大きさだ。他の天魔族と比べても明らかに小さい。そして声を聞いた限りでは性別の判断もつきにくい。女性のような艶やかさがありながら、少年のような誠実で無垢さを併せ持つニュートラルな声色。


 出方を伺いながら、ただ沈黙の時間が過ぎていく。

 やがて流れてきた雲によって日の光が遮られたその時、色の落ち着いた室内に魔王以外の人物が立っていることに気づいた。玉座の後ろに並んでいるのは、あの四枷よつかせと呼ばれる4人の天魔族。


「……ハイン。生きてたんだな」

 修馬の心の中で、緊張の糸がぽつりと途切れる。


「当たり前だ。俺たちは御屋形様の力を抑えるための四枷。簡単に死ぬはずもない」


 凍らずの港での戦闘でリクドーに頭を潰されたはずのハインだが、彼は死んでいなかったのだ。

 同じ四枷のクリスタは殺したと思っても幾度となく蘇ってきたので、ハインもまた生きているのではないかと心のどこかで願っていた。敵ではあるが、恨みや憎しみがあるわけではない。


 そしてハインが生きていたように、レイグラード城で止めを刺したはずのヴィンフリートも当然のようにその場に立っている。彼に遺恨があるココや伊集院の心情は、穏やかではないだろう。


「また、戦うことになるみたいだな。ヴィンフリート!」


 興奮気味に指を差す伊集院だが、名指しされたヴィンフリートからは殺気はおろか何の感情も感じられない。


「けけけけけっ、我は戦わないぞ。一度敗れた相手に再び挑もうとするほど、学習能力がないわけではないからな」

 そう言って、玉座に向かって手を差し伸べるヴィンフリート。その手を掴んだ魔王が、浮かぶようにゆっくりと立ち上がる。並んで立つその姿は本当に少年のようだった。


「うむ。その通りだ」

 若干くせ毛のショートヘアに、目元まで伸びた前髪。その両目は閉じられたままだが、それでも不思議な眼力がひしひしと伝わってくる。


「ここで戦うのは我1人。どちらがオミノスを倒すのにふさわしいか、決着を着けなければならないからな」


 そしてヴィンフリートの手を離した魔王は、一歩前に出て羽織っていたローブを脱ぎ捨てた。上半身が露わになるが、それほど筋肉質というわけでもない。ただ青白い肌には魔族らしい、禍々しく幾何学的な紋様が浮かんでいる。


 自然に震える体。武者震いを抑えろ。ここはただの通過点に過ぎないのだ。

「そういうことなら、こっちも俺が1人で戦う。お前を倒し、龍神オミノスも俺が討伐する」


 修馬はそうはっきりと宣言した。

 魔王は少しだけ口角を上げたような気がするが、仲間である伊集院はそれに待ったをかける。


「おい、正気か修馬。何もあっちの口車に乗ることはないんだからな。向こうが何人で来ようが、こっちは全員で叩きのめせばいいんだよ」


 確かに伊集院の言うことは、もっともな正論だ。しかしこの魔王との戦いは、ただ勝利すればいいだけのわけではないような気がしている。根拠は何もない。ただの直感だ。


「確かに正気かどうかは疑わしいな。けどやっぱり禍蛇まがへびを討伐するためにも、この戦いは俺1人で挑まなくちゃいけない気がするんだ」


 修馬は震えの治まった左手を広げ、後ろにいる3人を制した。

 自分自身の成長もそうだが、ココやマリアンナを死なせてしまうわけにはいかない。彼らは俺や伊集院とは違うのだから。


「お前がどうしてもそうしたいって言うんなら俺は別に構わないが、大魔導師はどうだ?」

 伊集院はココに尋ねる。


「しょうがないなぁ。僕も最後に大暴れしたかったけど、ここはシューマに譲るよ。マリアンナも良いよね?」


「ココ様が良いなら私は構わん。……だがシューマ、これだけは言っておく。負けることだけは許さん。お前が死んでも、私は棺桶を作らんぞ。わかったな」


 マリアンナらしい激励を受け、修馬は広げていた左手の親指を上げサムズアップを作った。


「死にやしないのさ。俺にはタケミナカタがついているからな」

 そう言って振り返ると、ココとマリアンナは少し戸惑ったような顔で親指を立てていた。このハンドサインについては教えていなかったので微妙な顔をしているが、一応こちらに合わせて真似してくれたようだ。なんだかんだ良い仲間たちである。


 ……さあ、いざ尋常に勝負。

 そう意気込んで魔王と向き合うと、四枷がいつの間にか魔王の周りを取り囲んでいた。戦わないと言っていたはずだが、4人とも何やら緊迫した空気を醸し出している。


 四枷の不穏な動きに気を取られていたその時、突然魔王が体を縮み込ませ両手で顔を覆いだした。


「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!!!!!」


 鼓膜をつんざく甲高い音。それは魔王の口から発された声だった。


 堪らず耳を塞ぐ修馬たち。

 波打つように大きく体を上下させる魔王を、四枷が四方から抑えつけている。しかし超音波のような声は一向に鳴り止まない。


 ビリビリと皮膚にまで音が突き刺さってくる。

 呼吸を止めてまで耐える修馬。そして我慢が限界まで近づいたその時、ようやく魔王の声が徐々に途切れ始めた。


 高音から低音に移りゆく声。

 体全体で魔王を抑えつけていた四枷が、突然、花弁が開くように上半身を起こすと、そのまま体を反らせ散るように地面に倒れた。


 中央に残った魔王は立ったまま体をくの字に曲げ、微かに肩を揺らしている。

「四枷は我の真の力を抑える拘束具のようなもの……。この4人がいなければ、お前たちはおろかこの城も粉々に破壊され、塵と化していたであろう」


 その声を聞いた修馬は、膝が砕けてしまうような戦慄を覚えた。この恐怖は禍蛇を見た時とはまた異質のもの。ただ立っているだけなのに、否が応でも迫りくる痛い程の威圧感。


 魔王は首をすくめたまま、静かに上半身を起こす。

 それと同時に顔を覆っていた両手をゆっくりと横に開き、その表情を露わにした。


 閉じられていた目が、大きく見開いている。ひと際大きいその目には、紫色の美しい瞳が光っていた。あれが魔王ギーの持つ両魔眼……。


「我が名は、ギー・ルシュファル・アデルハイザー。……天魔族の王なり」

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