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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第37章―――
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第220話 遅い目覚め

 草むらの上に横になった修馬は、目を閉じこれまでの足跡を思い出していた。


 現実世界では半月ほどしか経っていないが、こちらの世界では数か月の時を過ごしたのではないだろうか? 様々な人との出会いや別れ、そして多くの敵との命を賭けた戦闘。それらを通し、自分は明らかに強くなることができた。天魔族の王が相手でも、必ず勝たなくてはいけない。


 思いを巡らせていた修馬が決意を込めて瞼を開けると、横にある棺桶からガンガンと叩くような音が聞こえてきた。ようやく伊集院が蘇ったようだ。


「おい、蓋を開けろっ!! 棺桶に入れるのは百歩譲って理解出来なくもないが、何でいつもいつもしっかり釘まで打ちつけているんだ!!」


 烈火の如く怒っているので、修馬はバールのようなものをその手に召喚し閉じられた棺桶の蓋をこじ開けた。中から出てきた伊集院は、疲れ切った様子でこちらを睨んでいる。


「……俺はまた死んでたのか?」

「ああ。ユーリン獣人とかいう奴に襲われて、腹裂かれたんだ」


「獣人に襲われた?」

 まるで記憶がありませんとばかりに首を捻る伊集院。

 マリアンナの話では野営の間こいつが見張りをしてくれていたと言っていたが、どうせ居眠りでもしている間に襲撃されたのだろう。敵地内で油断しやがって。


「異世界でも殺されたのか……。けど現実世界ではどうなったんだ? 俺らは禍蛇まがへびの攻撃をまともに喰らったはずだけど、死んでないのか?」


 伊集院にそう言われ、修馬もあの時のことをゆっくりと思い返した。


 突然暗雲が立ち込めた長野市内の空に、光の如きうわばみが出現した。美術館の屋根の上からその様子を見ていた修馬と伊集院だったが、そのうわばみが放った闇の攻撃を受け、2人共屋根の下に叩き落されてしまったのだ。その後すぐにこちらの世界に転移してしまったので、向こうでどうなったのかはわからない。


 異世界では何度でも蘇ることができるが、現実世界ではそうはいかない。今、こうして異世界で意識があるということは、現実世界でも生きているのだと信じたいが、実際のところは定かではない。


「俺もあの後意識を失ってこっちの世界に転移しちまったから、どうなったのかはわかんないよ。けどとりあえず今は、魔王を倒して『アグネアの槍』を手に入れることに集中したい。もしも現実世界で生きていたとしても、それがなかったら禍蛇を倒すことはできないからな」


「……禍蛇。あんな化け物、本当に俺たちの手で倒せるのか? 明らかに人間が相手にできるレベルじゃなかっただろ」

「まあな……」


 伊集院の言う通り、修馬も実際に禍蛇を目の当たりにした時、体が震えろくに身動きも取れていなかった。あれは正に、大きな天災を前に為す術もなく立ち尽くしてしまうような、どうすることもできない絶望的な無力感。


「おやおや。天稟てんぴんの魔道士ともあろう方が、随分弱気なことを口にするのですね」


 不意に聞こえてくる背後からの声。

 驚いて振り返ると、そこには天魔族、四枷よつかせのサッシャ・ウィケット・フォレスターが立っていた。サッシャは広げていたコウモリのような翼を静かに閉じると、こちらに向かって深く首を垂れた。


「サ、サッシャか……。何でここに?」

「シューマたちが来るのが遅いので迎えにきたのですよ。先に来たお連れの2人は、すでに城の中でお待ちですので」


 修馬たちを置いていったマリアンナとココは、一足先に城の中に侵入したらしい。というか、攻めるつもりで天魔族の城に来たのに、もしかして客人扱いなのか?


「よろしければ、私がお2人を城までお届けしましょうか?」

 目を細めたサッシャはそう言うと、極めて柔らかく微笑んだ。貴族に仕える執事のような、品のある笑み。


「大きなお世話だよ!! 俺らは天魔族の手なんて借りねえからな!」

 チンピラのような口調で啖呵を切る伊集院。だがサッシャは、それを受けても微笑を湛えたままだ。


「おやおや、そうですか。それならそれで構いませんが、ところで城に謎の飛翔体を撃ち込んだのはシューマで間違いないですか?」


 ギクリと肩が強張る修馬。サッシャの背後に見える天魔族の城からは、未だに黒い煙が燻ぶっている。


「うわっ!! 先制攻撃喰らわせたのか!? 城から煙出てるじゃねぇか! やるな、修馬!!」

 その攻撃自体を知らなかった伊集院がテンション高めに声を上げると、それを聞いたサッシャは困ったようにこめかみを指で掻き、小さくため息をついた。


「やはりシューマの仕業なのですね。まあ、そのことは構いません。魔王ギー様はお優しい方なので、それについてとやかく言うことはないでしょう。……しかし、ここから先はシューマにとってとても過酷な体験をすることになります。それだけは心してください。それでは」


 そして翼を広げたサッシャはそこから勢いよく飛び上がり、城に向かって滑空して行ってしまった。今更思うのも変なことだが、翼で空飛べるって正直羨ましい。


「ふん、キザな天魔族め。何だ、過酷な体験って? この異世界の体験は全部過酷なものだったっつうんだよ! なあ、修馬」

「ああ、そうだな……」


 修馬は準備を整えるように、ズボンに付いている砂を手で払い落した。

 そろそろ行くとしよう。天魔族の城へ。


 南から柔らかな風が吹き込み、足元の乾いた砂をそっと巻き上げた。高揚感にも似た不思議な緊張感が、強く胸を打ち始める。


「ところで魔王ギーって、どんな奴なんだ?」

 これから戦うであろう魔王について、修馬はどんな人物なのか知らない。帝国に居て天魔族とも繋がりがあった伊集院なら少しは知っているかと思ったが、彼は肩をすくめてわからないとアピールする。


「さあな。俺もギーっていう名前しか知らない。あっ、けど両目が共に魔眼だっていうのはヴィンフリートが言ってたな」

「両目が魔眼? それって珍しいのか?」


 魔眼とは帝国憲兵団のフィルレインやライゼンの姉、クジョウがそうであったように、魔力の底上げをしてくれる力がある。だが2人の魔眼は共に片方だけであった。両目が魔眼という人物は会ったことがない。


「まあな。魔眼は魔力を上げてくれる代わりに、目の本来の機能である視力が備わっていないというデメリットもある。それが両目ともとなると、魔王はもしかすると盲目なのかもしれないな」


 伊集院はそう言って、何か考えるように眉間に皺を寄せた。

 天魔族の王が全盲であるということに、どこか疑念を抱いている様子。だが修馬はそれを聞いて、納得したように「ああ」と声を上げた。それはアイル・ラッフルズに言われた言葉を思い出したからだ。


「そういえば前にアイルさんに聞いたことがある。魔王ギーは盲目なんだって」

「……なら、ヴィンフリートの言っていたことは本当なんだな」

「そうかもな……」


 盲目でありながら魔族の頂点に立つ王。それは一体どのような人物なのだろう。魔道士の姿をした竜の化身か、それとも闇の衣を纏った魔界の支配者か?


 いずれにせよ禍蛇を目の当たりにした今では、恐れおののく相手ではないだろう。……そう思いたい。


「だけど目が見えないからって、魔王に同情なんてするなよ。ヴィンフリートが言うには魔王ギーの強さは四枷よつかせが束になって戦っても手も足も出ない程だそうだ。恐らく視力が無いことなんて、魔王にとっては些細なことなのかもしれない」

「……ああ。わかってる。絶対に倒して、アグネアの槍とやらを手に入れよう」


 天魔族の城が望める崖の手前に立った修馬は、澄んだ朝の空気を大きく吸い込んだ。

 白んでいた空が、頂点にかけて青く染まってきている。今こそ決戦の時。背後に近づいてきた伊集院は、修馬の腰に手を回すとその背中に魔法の翼を生やした。


 白く光る翼が、大きく羽ばたく。

 修馬を抱えたまま、伊集院の体が重力を無視するようにふわりと宙に浮かんだ。上空を旋回していた小鳥たちが逃げるように東の空に消えていく。


 そして修馬と伊集院はこの異世界の旅に終止符を打つべく、谷の向こうにある天魔族の城へと勢いよく飛んでいった。

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