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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第37章―――
220/239

第219話 薄明の丘陵地

 澄んだ朝の空気が、柔らかな風に乗って南からそっと吹き上げる。


 丘の上に立つ修馬は、谷の向こうにある漆黒の建造物を見つめていた。恐らくあれこそが天魔族の住む城だと思われる。背景に映る白んだ空が、建物のその黒さを一際目立たせている。


「とうとう、ここまで辿り着いたな」

 感慨深い思いで、その言葉を発する修馬。

 異世界の旅で体験した様々な出来事が、ここにきて一気にフラッシュバックしてくる。見たこともない化け物たちとの戦い。戦争を止めるべく奔走した日々。そして大切な仲間たちとの出会い……。


 だがその仲間であるココは、そんな思いに浸っている修馬の気持ちなど知る由もないように横で無邪気にはしゃぎだした。

「シューマ、でけーな! 城、でけー! 黒いっ!!」


 走馬灯のように流れていた記憶の再生を邪魔された修馬は、少しだけ哀しそうに目を細め、そしてココと向き合った。

「いいか、ココ。魔王の城ってのは、一般的にでかくて黒いもんなんだよ」


「そうなのか? シューマはこの世界の住人じゃないのに詳しいんだね」

「俺らの住んでる世界の住人なら、誰でも知ってることだよ。今朝も俺の魔王の城が建ってやがるぜ! とか言って。なあ、伊集院?」

 修馬は自分の足元にある棺桶に向かってそう問いかけた。しかしその中にいる伊集院は、まだ息を吹き返していなかった。もう少し日が昇れば時期に目覚めるだろう。


「そんなことより、ここからどうする? 湖に囲まれてて、城に辿り着けないようだけど」

 マリアンナが若干苛ついた様子でそう言ってくる。彼女は捕らえられている友理那を一刻も早く救出したいのだ。思い出を振り返っている余裕などあるはずもない。


「そうだな。もう少しで日が昇るし、そうしたら飛翔魔法で城に渡ろう」

 天魔族の城は切り立った断崖に囲まれた土地に、岩肌に沿って建てられている。翼のある種族でもなければ、そこに辿り着くことは困難を極めるだろう。


「ねぇ、シューマ。城に行く前にアレやろうよ! アレッ!!」

 心を弾ませているように修馬の袖を引くココ。はて。彼の言うアレとは、一体何であろう?


「何、アレって?」

「アレはアレだよ! ほら、帝国で暗黒魔導重機をぶっ壊した凄い術」


 ココにそう言われると、修馬はギョッと肩を強張らせた。

 暗黒魔導重機を破壊したアレとは、ロシア製の対戦車用擲弾てきだん発射器、RPG-7アールピージーセブンのこと。アレを天魔族の城に喰らわせるというのか? 挨拶代わりにしては、一撃の威力が重すぎる。


 ココの耳元でささやく修馬。

「アレはまずいって。あの城には友理那が閉じ込められてるんだから。あんな物騒なもんぶち込んだら、マリアンナが発狂するぞ」

「えー、大丈夫だよ。あの城、頑丈そうだし」


 そんな感じでこそこそと話していると、眉間に皺を寄せたマリアンナが見下し気味に顎を上げ、こちらに近づいてきた。

「ところで私も暗黒魔導重機を破壊した術というのは少し気になるな。一体、如何なる術を使用したのだ?」


 まさかの興味を示してしまうパターン。しかしこれはどう説明したら良いものなのか?


「そうかぁ、マリアンナはあの時いなかったんだっけ? 見たらきっとびっくりするよ! でかくて長いやつ」

 ココが言葉足らずな表現で説明すると、マリアンナは「は?」と声を上げ、右の眉がぴくりと痙攣けいれんした。


「まあ、そ、それよりも友理那は城のどの辺にいるんだろうね?」

 これ以上話すと余計な誤解を生みそうだったので、修馬は強引に話を反らした。だがマリアンナは冷ややかな目でこちらを睨んでいる。


「……ユリナ様は、右の塔に幽閉されているようだ」

 鼻を微かに動かし匂いを嗅ぎあてるマリアンナ。細かい場所までわかるとはさすがの嗅覚だが、こちらを見る表情は未だ軽蔑の眼差しが続いている。こういう時の女性は、正直滅茶苦茶怖い。


「はい……。右の塔ですね」

 丘の上に立つ修馬は、そこから真っすぐに天魔族の城を見上げた。城は上部が3本の塔にわかれており、それぞれが渡り廊下で繋がれている。


「じゃあ、城のど真ん中にアレをぶち込もう!」

 空気を読まずに大胆な提案を推してくるココ。もうどうなっても知らないぞ。


 腹をくくった修馬は、両手を広げへその下に力を込めた。

「わかった……。それじゃ、2人共下がってくれ」


 怪訝な顔をしていたマリアンナだが、ココに手を引かれ後方に移動する。

 そう、これから放つ武器は近くにいるだけでも被害を負ってしまう、とてつもない破壊力を秘めた恐ろしい兵器なのだ。


 微かに漏れてきた朝日が、修馬の背負う白獅子の盾に反射してきらりと輝く。さあ、目にもの見せてくれる!

「出でよ、『RPG-7アールピージーセブン』!!」


 広げていた両腕を下ろし何かを抱えるような仕草を取ると、右肩の空間が絵の具を混ぜたようにぐにゃりと歪んだ。するとそこに、弾頭が装填された大型のグレネードランチャーが出現する。これこそが暗黒魔導重機を破壊することができた擲弾てきだん発射機。それを目にしたマリアンナは、猫のように瞳を丸く見開いた。


「……行くぞ、発射っ!!」

 トリガーを引いた瞬間、辺りに衝撃波が広がった。足元の砂や小石が膝の高さまで舞い上がる。

 激しい後方噴射で伊集院が入った棺桶が反転してしまったが、マリアンナの仕事が丁寧だったため中身が飛び出すことはなかった。


 ただ術者である修馬は背後の棺桶などには目もくれず、青白い炎を上げながら真っすぐに飛んでいく長さ90cmの榴弾りゅうだんを睨みつけている。


「行っけぇえっ!!!」

 そして城の中央の壁に激突すると、細長い榴弾は激しい炸裂音と共に大爆発を起こした。

 城内部からは炎が上がり、破壊された壁面からもくもくと黒煙が噴出する。これから挑もうとする城が、火事になってしまうという前代未聞の珍事件。

 風穴が開いてしまった天魔族の城を見て、ココは文字通り腹を抱えて笑っている。いや、笑い事じゃないっすよ。


 暫し呆然としていたマリアンナだが、我に返ると目を吊り上げ怒りを露わにした。

「き、貴様、何をしてくれた!? ユリナ様の身にもしものことがあったら、どうしてくれるっ!?」


 そんな彼女に胸倉を掴まれ、何度も何度も大きく揺さぶられる修馬。

 すみません反省しています。そう言いたかったが、オドと呼ばれる術者の魔力を使い果たした修馬は何も言えずにその場でひざまずいた。この技は使用するオドの量が半端ではないのだ。しばらくは動くことができないだろう。


「くそっ、城が倒壊する前に、ユリナ様を救出しなくては……。ココ様っ!」

 マリアンナは金髪を振り乱しながら、大声で呼び掛ける。


「それじゃあ、お楽しみも終わったし、そろそろ行きますかぁ」

 ココは呑気な口調でそう言うと、振鼓ふりつづみの杖を天に掲げ、カロンと優しい調べを鳴らした。大気中に散らばるマナと呼ばれる魔力が、静かにざわめきだす。


「悠久の時をめぐる風の精霊よ、その清らかな歌声をここに奏でたまえ」

 ココの足元に涼しげな風が旋回する。マリアンナはココの肩を掴むと、こちらに向かって舌を出し、下瞼を指で引き下げた。これはアッカンベーの正しい使い方。

 以前修馬はマリアンナに間違った使い方でアッカンベーを教えていたのだが、いつの間に正しい使い方を学習していたようだ。くそっ、教えたのは伊集院の奴か……? いや、今はそれどころではない。


「えっ……、ちょっと待って。もしかして俺らを置いていくつもり?」

「ユリナ様は私とココ様で救出する。貴様は死体と共に、ここで寝ているがいい」

マリアンナがそう言うと、ココも「シューマ、どうぞお元気で」と言ってそれに乗っかった。


 魔力を使い果たし疲労で身動きが取れない修馬は、横たわったまま成す術もなく2人の姿を見上げる。これは非常にまずい雰囲気。

「噓でしょ。ちょ、まっ……」


 手を伸ばし呼び止める修馬。だがマリアンナとココはそれを無視し、飛翔魔法で天高く飛び上がっていってしまった。魔王の城を前にして仲間に見捨てられてしまうという、非常に残念なお知らせ。何でこんなことになってしまったのか?


 仰向けに寝転がる修馬。

 空の高い位置で、朝が来るのを待っていた小鳥たちが元気に飛び回っている。こっちは仲間が死んだり、放置プレーを喰らったり色々大変なことになっているのだが、鳥たちは実に呑気なものだ。


 まあ、もう少しすれば伊集院も生き返る。奴がいれば飛翔魔法で天魔族の城に行くことができるし、今はとりあえずその時を待つことにしよう。


 諦めの早い修馬は、何かを悟ったかのように静かにため息をつき、そしてゆっくりと瞼を閉じた。

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