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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第5章―――
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第21話 転移しないパターン

 硬いベッドの上で目を覚ます修馬。

 ここは何処だろう? ぼやける頭で脳の情報を整理してみる。何故かはわからないが、前日の記憶が極めて曖昧だ。


 身を起こし痒む尻をぽりぽりと掻きながら、虚ろな頭を働かせてみる。そうだ、思い出した。昨日は風来坊みたいな男と2人で、浴びるほどビールを飲んでいたのだ。あれは旨いビールだった。寝起きで乾いている喉が、昨日の飲み物を渇望する。


 どうやら修馬は酒で意識をなくした後、そのまま寝てしまっていたようだ。成程、酒と言うものは恐ろしい液体である。そんなことを思いながら両手を頬にあて、顔の皮膚を横に伸ばす修馬。特に意味も何もない行動をしながら脳の覚醒を待っていると、はっとした修馬は突然あることに気が付いた。


 ここは異世界のようだけど、眠ったり意識を失ったりしたら、現実世界に転送されるんじゃなかったっけ?


 周りを窺うが、並んでいるのは現代らしからぬアンティークな調度品。何よりも隣のベッドには、うなされているハインが布団の中で横になっていた。ここは間違いなく異世界だ。


 順番的には現実世界に戻っているはずなのだが、どうしたものだろう? いよいよ、異世界から帰れなくなってしまったのではないだろうか? 不安に駆られたおかげで、逆に脳が活発に働き始める修馬。とりあえず急いでバンフォンに行き、友梨那たちと合流しなくてはならない。


「ハイン、ごめん。起きて!」

 そう叫ぶと、ハインは何か不吉な夢でも見ていたかのように、口を大きく開けて目を覚ました。


「おお、シューマ……。俺はもう駄目だ。あ、頭が割れる……」

「どうしたの!? 具合が悪いの?」

「すまん。二日よ……、いや、体調を崩してしまったようだ」

 青白い顔でそう呟くハイン。この一大事に二日酔いになっているみたいだ。


「つ、辛そうだね」

「病気とはそういうもんだ。しかし、『モケモケ草』があれば、二日……、いや、こんな病はすぐに治る」

 ハインは天井に目を向けたまま、遠くを見つめている。モケモケ草とは一体?


「何それ? その辺の道具屋さんで売ってるの?」

 それが薬草であるならば、道具屋で売っているのがロールプレイングゲームの常識。しかしハインは眉をひそめる。

「そこいらの店では売ってねえ。あれはバンフォンのよろず屋に行かねぇと手に入らない品物だ。悪いけど、ちょっと買いに行って貰えるか?」


 バンフォンの町にお使いに行って欲しいと要望するハイン。たかが二日酔いで大袈裟だなと思いながらも、元よりバンフォンには行くつもりだったので、お使い自体は問題はない。一度、この村に戻って来なければならないが、それは向こうで友梨那に会って説明すればいいだろう。


「いいよ、買ってくる。バンフォンのよろず屋に行けば売ってるんだね」

 快諾する修馬。するとハインは、薄い布団の中から小さな巾着を取りだし手渡してきた。

「すまんがこれで買ってきてくれ。よろず屋は町の東にある小さな路地の奥にある……」


 それだけ言い残し、布団の中に体を沈めるハイン。二日酔いってそんなにもしんどいものなのだろうか? 異世界にくるまで、碌に酒など飲んだことがなかった修馬にはその辛さがよくわからなかった。


 まあいい。今はとりあえず友梨那と会うことが最優先だ。

 素早く準備を済ませ、部屋を出る修馬。寝ていた寝室は昨日の酒場の2階だった。厨房で仕込みをしている髭の従業員にまたすぐに戻ってくること、井戸の水を分けて欲しいことを伝えると、快く了承してくれた。井戸で水を汲み革の水筒に補給した修馬は、挨拶がてら店の中に顔を出し、バンフォンの方角を聞いた。


「バンフォンは西の方角だ。この店の入り口を背にしてまっすぐ行った村の出口から続く道を道なりに行けば、そのうち辿り着く」

 ざっくりとした回答が返ってくる。しかしながら覚えやすいので良いかと納得しつつ、礼を言いその店を後にした。


 ここからどのくらい歩けば、バンフォンの町に辿り着くのだろう?

 ところどころ青草の生えた道を歩く修馬は、空を見上げ太陽の角度を確かめた。まだ朝の9時も回っていないと思われるが、異世界の1日が24時間じゃない可能性は否定できない。そもそも太陽が東から昇って西に沈んでいない恐れすらある。もう少し、ココの所でこの世界の情報を色々聞いておくべきだったと後悔したが、今更戻ることはできないので前に続く道を着実に一歩一歩進んでいく。


 エフィンは谷にある村だったので、西へ歩くにつれ徐々に上り坂がきつくなってきた。しかし休んではいられない。二日酔いのハインのことはどうでもいいが、友梨那にはどうしても早く会わなければいけない。彼女は3日間、バンフォンで待つと言っていた。もし3日で会えなくても、現実世界で遅れることを説明すれば問題ないだろうと思っていたが、実際は異世界から転移出来ない状態。この先、現実世界に戻れるかわからないので、極力早くバンフォンに辿り着きたいところだ。


「これ、今日中に着くのかなぁ……」

 そう独りごちると、返答するように「儂の勘では、昼になる前に辿り着くと思われるぞ」という声がどこからか聞こえてきた。


 驚きのあまり小さく跳び上がる修馬。しかしその声が聞き覚えのあるものだとすぐに気付き、自然と口角が上がった。

「ナカタさんっ!? どこにいるんだ?」

 周囲を見渡すがその姿が確認できない。あの黒い玉はいずこに?


「ナカタさんではない! 建御名方神タケミナカタノカミである!」

 左側から声が聞こえ、首を振り向かせる。始めはわからなかったが、よくよく見るとピンポン玉サイズのタケミナカタが左肩の上でぴょんぴょん跳び上がっていた。


「そうだ思い出した。タケミナカタだ。それはそうと、この間より小さくなってない?」

 現実世界で見たタケミナカタを思い浮かべる修馬。確かハンドボールくらいのサイズがあったはず。


「小さいとは、笑止千万! 異界のためこんななりであるが、本来は身の丈が小さな山ほどある軍神である。それがわからぬとは本当に情けない……」

 黒いピンポン玉がため息をつく。いや、山くらいでかいと言われても、想像すらできないのだが。


「だって現実世界で見た時も、それほど大きくなかったから」

「本来と言っておるだろう。そもそも、お前たち人間が祭祀さいしを行わなくなったから、このような姿になってしまったのだぞ」

 タケミナカタは、体を膨らんだり縮ませたりしながら反論してくる。


「さいしって何? 祭ってこと?」

「如何にも。祭祀とは、神や自然に対して祈りや感謝を捧げるために行う儀式のことである。まあ、今も行われていないことはないのだが、その多くが本来の意味を失ってしまっていると言えよう」


 つまりは人々の信仰心が薄れているせいで、姿が小さくなってしまっていると言いたいようだ。

「そうか。じゃあ、今度からは積極的にお祭りに参加するし、お参りとか行くようにするよ」

「それは別にかまわん。祭祀を行うのも、行わないのも人間の自由だ。最早、お前たち人間は神の力など必要がないのであろうな……」

 タケミナカタはそう言って背中というか、後頭部を向ける。哀愁が漂う、黒いピンポン玉。


「そんなことはないよ。俺はタケミナカタのおかげでだいぶ助かってるぞ。これからもよろしく頼む」

 修馬がそう言うと、タケミナカタが嬉しそうに振り返った。

「恐らくはこれが儂にとっての最後の仕事だ。この力、存分に活用するがよいが……」

 意味ありげに言葉を詰まらせるタケミナカタ。修馬が首を捻ると、タケミナカタはゆっくりと視線を前に向けた。


「目の前に物の怪がおるが、大丈夫か?」

「もののけ?」

 そう言葉をつくと、前方からジャラジャラという軽い金属音が鳴っていることに気付いた。慌てて正面に目を向けると、目の前5メートルの距離に全身に大きな鎖を幾重にも巻いた人型の魔物が1匹、こちらを警戒するように立ち尽くしていた。


「むむ! あれは戦鬼いくさおにの類であるな」

 魔物の分析をするタケミナカタ。その紫色の肌をした魔物は巨大な斧を所持しており、正に戦鬼という強そうな名前がぴったりに思えた。何故、中盤から終盤にかけて現れそうな魔物が序盤に出てきてしまうのか?


「鬼っ!? どうやって戦えばいい?」

 身構える修馬。戦う準備と言うよりは、逃げる準備だ。

「これは儂の勘だが、恐らく小僧の腕では勝つことはできまい」

「だよねっ!!」


 地面を蹴り右に跳ぶと、ザクッという小気味良い音が左の方から聞こえてきた。戦鬼の振り下ろした斧が道の真ん中に突き刺さったのだ。逃げずにいたら殺されていたかもしれない。というか、逃げないと殺される。


 戦鬼が斧を引き抜いている隙に、修馬はバンフォンの方角に駆けだした。

 当たり前だが、コンピュータゲームのように弱い敵から順番に出てくるような都合のよい展開にはなっていないようだ。それとも、こっちが正規のルートから外れてしまっているのか?


 背後からは大きな斧を持った戦鬼が、身に着けた太い鎖をジャラジャラと鳴らしながら追いかけてくる。あんな重そうな装備でこんなに速く走れるなんて詐欺だ。


「小僧、間違ってもあの斧を召喚しようなどと思うなよ。軽々扱ってるように見えるが、あれは戦鬼の強力な筋力があるからできる芸当なのだ」

 肩の上に乗るタケミナカタが忠告する。


「わかってるよ! とりあえず、他の打開策はないの!」

「そうよのう。逃げるのなら、ハインとかいう男が持っていた『涼風すずかぜの双剣』を使ってみたらどうだ? あれを使えば駿馬の如く走れると言っておったぞ」

 素晴らしいアイデアを提供してくれるタケミナカタ。ほんのり浮かんでいた涙で、修馬の目がきらりと輝いた。

「それだ!」

 修馬は全力で走りながら、緑色の刀身をした美しい2本の短剣を頭に思い浮かべる。


 「はぁ、はぁ、出でよ、涼風の双剣!」

 すると、すぐに両方の手の中に短剣が出現した。そして同時に発生する短剣を渦巻く風。使い方も碌に知らない修馬がその短剣の柄を力を込めて握ると、突然剣の先端から凄い勢いで風が溢れ出た。しかし順手で短剣を握っていたため、切っ先から風が溢れると自然に後退してしまう。


「わわわわっ!?」

 そして背後から追いかけてくる戦鬼。だが奴もいきなり向かってくるとは思っていなかったのか、困惑したようにその動きを止めた。


 戦鬼とぶつかりそうになった修馬は足を滑らせ前屈みになったが、それでも風の勢いのおかげで地面には倒れない。そして戦鬼の腹、胸、顔の3か所を踏みつけながら月面宙返りよろしく一回転しつつ体を反転させると、本来進むべき道の方向へ再び背中を向けながら走っていった。


「と、と、と、止まらないんだけどーっ!!」

 風の止め方がわからない修馬は、身を任せるように走っていく。進行方向的には間違っていなし、戦鬼からも遠ざかっているので良いのは良いのだが、いかんせん足の筋力が限界に達している。


 どうしたものかと背後に目を向ける修馬。するとその先には、やたらと大きい湖が広がっていた。

「やばいっ! 落ちる!」

 回避しようと方向転換を試みるもバランスを崩した修馬はふわりと宙に浮かび、そしてそのまま湖目掛けてダイブしてしまった。


 だがこれで終わりではなかった。双剣から生まれる風によって、修馬は魚雷の如く水の中を突き進んでいく。

 しばらくして酸欠状態で意識を失いかけたその時、ようやく水面へと飛び出し、そして湖の畔にびしゃりと落ちた。手から離れた双剣は、地面に落ちると音も無く消え去る。そうだ。この武器を手放せば良かったのだ。今頃になって思いつく、単純すぎる解決策。


「初めての武器を使いこなし見事逃げ切るとは、小僧も腕を上げたな」

 己の頭の上からタケミナカタの声が聞こえる。このピンポン玉は、あの勢いで振り落とされなったのか?

「いや。これは使いこなせてるって言わないから……」


「そう謙遜するな。見てみろ。おかげで次の町が見えてきたではないか」

 タケミナカタがそう言うので顔を上げてみると、数本並んだ木々の向こう側に壁のような建造物が見えた。その上から幾つかの屋根のようなものも見える。あの壁の向こう側が、目指していたバンフォンの町なのだろうか?

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