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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第36章―――
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第217話 緊急事態警報

「な、な、な、な、何を言っているの渡邉くん! 妖怪なんてものがこの世にいるわけないじゃないか! いいかいそういうものはね、人知を超えた超自然現象が起きた時、昔の人たちが妖怪の仕業だと勝手に理論づけしたに過ぎないんだよ!」


 よく手入れされた木々が生える大きな庭の前で、クラス委員長の米山は身振り手振りを交え早口でまくし立てる。

 渡邉は偽りなくありのままの事実を話し、避難指示を出して貰えるように彼の祖父に会わせて欲しいと頼んだのだが、当然理解して貰えるはずもなく、ご覧の有様なのである。


 一学期の後半はほぼ不登校だった修馬は忘れていたが、委員長は正義感が人一倍あるものの、学生同士のくだらない話や冗談が一切通じない空気読めない系のリアリストだったのだ。今回の件で彼を説得するのは、至難の業かもしれない。


「そんなこと言うなよ、米山! お前のじいちゃんにちょっと会わせてくれるだけでいいんだから!」

「無理無理、無理無理、無理無理無理っ!! うちのおじいちゃんは嘘と若者が大っ嫌いだから、君らと会うなんてありえない。絶対に塩撒かれて追い返されるだけだよ!」


 無理やり敷地内に侵入しようとする渡邉を、委員長は必死に阻止している。ノーマークの修馬と伊集院は簡単に入ることが出来そうだったが、一応他人の家なので大人しくその様子を伺っていた。


 そして2人が入る入れさせないの押し問答をしていると、奥に見える玄関から1人の男性が出てくるのが見えた。小豆色のカーディガンを着た白髪の初老の男性。もしやあの人物が委員長の祖父ではないだろうか。


「随分騒がしい……。お前の友達か?」

「ああっ! おじいちゃん、な、何でもないんです。すみません!」

 あたふたとしながら釈明するように手を横に振る委員長。しかしこの初老の男性こそが、委員長の祖父で間違いないようだ。


「すみません。僕たち米山くんのおじいさんにお願いしたいことがあってやってきました」

 修馬が言うと、委員長は前に立ちはだかり「無いよ、無いよ! お願いなんて無いでしょ!」と邪魔をしてくる。


 するとすかさず伊集院が「少しだけ僕たちにお時間いただけないでしょうか?」と頭を下げた。

 委員長は疲れた様子で、今度は伊集院の前に立ち大きく手を広げ邪魔をした。もう自分でも無駄なことをしていると気づいている感じだ。


 自分たちの祖父母の世代とは思えないくらい背筋が伸びている委員長の祖父は、何か考え事でもしているようにその場で立ち尽くしている。がっしりとした体型ではないものの、眼光は異常に鋭く委縮してしまう。委員長も恐れているようなので、怖い人なのかもしれない。


 だがそれでも言葉を発さない委員長の祖父に対し、渡邉は意を決したように地面に膝をつき深く頭を下げた。

「どうか、話を聞いていただけないでしょうか!」


 ゴツッと小さく音が鳴る。渡邉の額は地面とぶつかっていた。いわゆる土下座の状態。

 彼がここまでしてくれることに驚いたが、気づいたら修馬もその場で膝をつき頭を下げていた。同様に伊集院も土下座をする。


 どのくらいの時間そうしていただろうか?

 会話の無いその時間が恐ろしく長く感じ、5分から10分くらいは土下座していたように感じた。


 何の会話もないまましばらくすると、空から数滴の雫がぽつぽつと落ちてきた。戸隠山は晴れていたのだが、いつの間にか雲が湧いてきたようだ。

 そしてその雨が降ってきたことを合図に、委員長の祖父は玄関に向かって踵を返した。


「雨も降ってきたことだし、もう帰りなさい。正直、土下座などされても気分の良いものではない」


 無情にも強まってくる雨足。

 駄目だったかと土下座したままうな垂れていると、突然その時、修馬の耳の中で強烈な金属音が鳴り響いた。両耳が共鳴し痛みすら感じる大きな耳鳴りに、思わず「うっ!」と言葉が漏れる。


 そして声を漏らしたのは修馬だけではなかった。横で跪く伊集院と渡邉も苦しげな声を上げ、委員長に至ってはしかめっ面で耳元を押さえていた。もしかするとここにいる全員が今の耳鳴りを感じたのだろうか?


 委員長の祖父も眉間に皺を寄せ、ゆっくりとこちらに再び振り返る。

「……本当に早く帰った方が良いかもしれんぞ」


 意味深な言葉に、修馬たちの表情も曇る。

 何か嫌な予感を抱えながら立ち上がると、ズボンのポケットに入れていたスマートフォンから、聞いたことがないような異常なアラームを鳴らしだした。不気味で不安を煽るような音。


 画面を見ると、そこには『長野市緊急事態警報』と出ていた。他には何も記されていていない。しかしそれが何を示しているのかは充分に理解できた。


「まさか、禍蛇か……?」

 己のスマートフォンを目にしたまま体が固まる伊集院。


 ばあちゃんの神託では日が暮れてから現れると言っていたが、今はまだ昼過ぎ。しかし気が付くと、その場に立っていることも困難になるような恐ろしい気配が否が応でも伝わってきた。


「間違いない。玉藻前とは比べ物にならないくらいのやばい雰囲気だ。雲で日の光が隠れたから、現れたのかもしれないな」

 胸を押さえつつ、西の空を睨む修馬。風に乗って届いてくる、心臓をえぐられるような焦燥感。初めて感じる感覚ではあったが、確実にこれが禍蛇の放つものなのだと断定することができた。今まで会った妖怪や魔物とは比べることが出来ないほどの、不気味で圧倒的存在感。


「……行くぞ、修馬」

「ああ」

 強まる雨の中、修馬は屈んだ伊集院の背に乗っかった。委員長は呆気に取られた顔でこちらを見ている。


「渡邉、それと委員長! 俺らは禍蛇のところに行く。悪いけど後のことはよろしく頼むっ!!」

 それだけ告げた伊集院は、返事も聞かずに跳び上がり、飛翔魔法で上空に舞い上がった。


 強い雨が頭に打ち付ける中、伊集院は市内が一望できる高さまで浮上すると西の方角に体を向けた。

 怖気立つ気配の発生源は、間違いなく長野駅前の市街地付近。修馬を背に乗せた伊集院はそちらに向かって滑空していった。しかし修馬の重さと雨の影響で、思うような速度は出ない。


「俺も手伝うから、伊集院は浮くことだけに集中してくれ!」

「どうするつもりだ?」


「第3番坑道で使った技だ。前進する力は俺に任せろ!!」

 修馬は涼風の双剣を両手に召喚すると、後方に向かって強い風を出力した。


 渦巻く風で雨粒を吹き飛ばしながら、先ほどとは比べ物にならない速度で西の方角へ滑空していく。伊集院が飛翔魔法で浮力を生み、修馬が涼風の双剣で推進力を出力する異世界でも使用した移動技だ。このまま進んでいけば、駅前の市街地までさほど時間はかからないはず。


 時々反れる軌道を伊集院が方向修正しつつ、雨の空を飛んでいく。

 やがて駅前に近づいてくると、上空に垂れ込めるどす黒い暗雲の中に、稲妻のように光る大蛇の姿が浮かび上がった。もしやあれこそが禍蛇……。


 修馬を乗せた伊集院は、眼下にある美術館の屋根に下り立った。

 雨に打たれた体をぶるぶると震わせ、暗い空を見上げる。


 しかしここまで来たものの、どうすればいいだろうか?

 暗雲の中を漂う禍蛇は、推定でも長さが2、300メートルくらいはあるように見える。その大きさもそうだが、体全体に感じる押しつぶされるような戦慄は、とてもではないが人間が戦えるような相手ではないように思えた。


 自分たちでどうにかするしかないのだが、どうしても体が言うことを聞いてくれない。焦りと恐怖で体が動かず、一度見つめた視線も禍蛇から外すことができなくなっていた。


「一体どうやって倒せばいいんだ? あんな恐ろしい化け物……」

 声を上擦らせる伊集院。彼も修馬と同じ思いのようだ。どう考えても、人の手でどうにかできる類のものではない。


「むっ!! 来るぞ、小僧!」

 いつの間にか現れたタケミナカタが声を上げる。


 はっとした修馬が瞬きすると、その瞬間、暗雲に潜む禍蛇からどす黒いビーム状の何かが吐き出された。それはこちらに向かって一直線に飛んでくる。


「……っ!! 出でよ、陰陽の盾!!」

 咄嗟に召喚する修馬。

 前方に出現した巨大な盾でそれを防ごうとしたが、盾を持つ腕は簡単に弾かれ、修馬と伊集院は共にそのどす黒い何かに呑まれてしまった。


「うわっ!!!」

 おぞましい寒気を喰らい屋根の上から転げ落ち、数メートル下の芝生に叩きつけられる2人。


 痺れる体に、大粒の雨が激しく打ち付ける。修馬の視界は徐々に暗くなってきた。仰向けの状態でぼんやりと目に映るのは、闇に浮かぶ光の如きうわばみ。


 その蠢く姿を目に焼き付けながら、修馬の意識は段々と薄れていった。


  ―――第37章に続く。

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