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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第36章―――
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第216話 殺生石

 修馬、伊集院、渡邉の3人が立つ目の前には、炭のように黒い岩塊がんかいが鎮座している。氷漬けにした玉藻前たまものまえが、その後石化したものだ。


「おい、伊集院。本当にこれに玉藻前が封印されてるのか? まるで伝承通りじゃないか」

 大きく眉をひそめた渡邉が言う。

 伊集院も同じように顔をしかめると、何か考えるように何度も瞬きを繰り返した。


「伝承通りって、お前何か知ってるのか?」

殺生石せっしょうせきの話だ。妖狐の化身だと見破られた玉藻前が討伐され、そして石になったという言い伝えがあるんだよ」


 渡邉の言葉を聞いたその時、修馬は以前読んだ妖怪大辞典の玉藻前の項に書いてあった内容を思い出した。


 悪行を繰り返していた玉藻前は、最後は討伐軍に追われ、現在の栃木県那須郡で息絶える。死後は巨大な毒石に変化し、近づく人間や動物の生命を奪った。おおよそこのような内容だったはず。


 成程そういうことかと、修馬はしばしば痛むおでこを押さえた。

「やっぱりこの岩が闇の毒気を放っているのか」


「そうじゃないかな。現に近くにいるだけで、酷い吐き気を覚える……」

 渡邉はそう言うと草むらにしゃがみ込み、その場で嘔吐した。かなり体調が悪そうなので修馬は肩を貸してやり、少し離れたところに腰を下ろさせた。


「俺も闇の色を感じるから心配になって来てみたんだが、つくづく厄介な敵だな。どうすれば良いと思う? 渡邉」


 闇に耐性のある伊集院は平然とした様子で声を上げる。大木の木陰にもたれかかった渡邉は、対称的に虚ろな目をしたまま「伝承通りなら、僧侶によって砕かれたって話だったと思う」と言って瞼を閉じた。彼は少し寝ていた方が良さそうだ。


「砕くかぁ。じゃあ、どうしたもんかなぁ」

 若干の吐き気を覚える修馬は、そう呟き肩を落とす。そして比較的楽な姿勢で立ちため息をつくと、隣の伊集院が何やら呪文を詠唱し始めた。


「古より大地に宿る地の精霊よ、その膨大なる力をここに解放し破壊の鳴動を響かせたまえ。出でよ、『ゴーレムハンド』!!」


 地響きと共に地中より出現する、石で出来た巨人の右腕。そして伊集院が殴るような仕草で腕を振ると、巨人の腕も同じように肘を曲げ、勢いと共に玉藻前が封印された岩塊にフックパンチを喰らわせた。


 雷鳴のような轟音が辺りに鳴り響く。

 しかし岩塊は砕けるどころか、ひび一つ入らなかった。逆に巨人の腕は、粉々に砕け地中に溶けていく。


「……い、今の伊集院がやったのか?」

 目を瞑り休もうとしていた渡邉だったが、今の音と衝撃で流石に目が冴えてしまったようだ。唖然と口を開いている。


「そうだ。俺はいわゆる魔法が使えるようになったんだ。妖怪やら魔族と戦うためにな」


 腕を下した伊集院はそう言って、少しだけ自慢げに笑みを浮かべた。

 だがいきなり魔法だ、妖怪だと言われても、まともな人間なら簡単に受け入れられないだろう。当然渡邉も上手く言葉を返せないでいる。


「まあそんなことより、この岩をぶち壊すのが先決だ。何か砕くのに都合のいい武器、召喚してくれ修馬」


 伊集院が岩塊から離れるので、次は自分の番だと修馬がその前に立つ。しかし岩を砕けるような武器など何かあっただろうか?

 頭の中を膜のように覆う闇の毒気にうんざりとしながらもどうにか考えていると、一つ丁度良い武器があったことを思い出した。


「これが上手くいけば壊せるかもしれないな。……出でよ、『爆砕ばくさい鉾槍ほこやり』」

 修馬の前に出現するハルバードのような武器。それは帝国重装兵団のゼノン少将が使用していた特殊な武器だ。ストリーク国での内戦では修馬も、火事場のくそ力的なもので上手く使いこなすことが出来たが、果たして今はどうだろうか?


 重量のある武器を両手で持つ修馬。そして弧を描くように振り上げそのまま岩塊に向かって振り下ろすと、鉾先と岩塊との間で大きな爆発が起きた。地を沿って爆風が広がり、粉塵が舞い上がる。


 視界を遮る煙で何も見えない状態。やがてそれが治まり目を凝らしてみると、岩塊はやはり傷一つ入っていなかった。


 手応えは全く感じなかったものの、刀剣の類を叩きつけるよりは良いだろうと爆砕の鉾槍を再度叩きつける。しかし爆発が起きるだけで、岩塊が砕けることはなかった。


「……全然駄目だな」

 憐れむように天を仰ぐ伊集院。


 言い方はさておき、彼の言う通りこれでは埒が明かなそうだったので、爆砕の鉾槍での破壊を諦めた修馬は召喚出来る武器を一通り試した。

 天之羽々斬あめのはばきり、初代守屋光宗『贋作』、王宮騎士団の剣、流水の剣、涼風の双剣、黄昏の十字剣。それそれを岩塊に向かって叩きつけるが、いずれも手応えはない。


 最早やけくそになり岩塊に向かってサブマシンガンを連射していると、渡邉が「それが広瀬の魔法なのか?」と尋ねてきた。修馬は弾切れしたサブマシンガンを地面に投げ捨てる。


「魔法というより、術だね。一度目にしたものは武具の類なら何でも召喚出来るっていう変な術。だけど銃器の類も効かないんじゃ、困ったもんだよ」


 後は対戦車用の擲弾てきだん発射機でも召喚するしかないかと考えていたのだが、その時渡邉が妙なことを言い出した。


「武器が召喚出来るなら、金槌とかは召喚出来ないの?」

「……どうして金槌?」


 爆発する槍でも銃器でも無理なのに、金槌で割ることが出来るとは到底思えない。何か理由があるのだろうか?


「言い伝えでそうなっているからさ。毒を発して生き物の命を奪う殺生石は、玄翁和尚げんのうおしょうという僧侶が大きな金槌で打ち砕き、その欠片が全国に飛散したっていう。だから大きな金槌のような武器なら、もしかしたらと思って……」


 ……金槌か。

 その伝承自体を知らない修馬は眉唾な話だと思いつつも、ふと自分で召喚出来る武具の中でハンマー状のものがあったことを思い出した。それは虹の反乱軍の船大工、ベック・エルディーニが使用していた巨大な鉄槌だ。


「じゃあ、一か八かこれで叩いてみるか……。出でよ、『荒法師の槌』!」


 修馬が声を上げると、目の前の歪んだ空間に大きな鉄槌が姿を現した。片方の先端が尖った、アイスピッケルのような槌だ。長い柄を握ると、ずしりとその重みを感じる。


 頼むぜ、ベック。

 神に祈るように頼むと、修馬は重い鉄槌をどうにか肩の上まで持ち上げ、そして重量と遠心力を利用しておもむろに岩塊に叩きつけた。


 パァァァァァンッッッ!!!

 ガラスが弾けるような音が鳴る。


 修馬も持つ鉄槌は岩塊を粉々に砕き、地面に突き刺さっていた。それまであらゆる攻撃を繰り返してもひびすら入らなかったのに、何故にこの武器の一叩きでこんなにもあっさりと破壊することが出来るのか。


 地面に突き刺さったヘッド部分を見た修馬は、呆然としたまま目を見開いた。

「ま、マジか……」


 日陰から日向に移動したように、周囲の明度が明らかに変わった。気づいていなかったが、闇術の影響で周囲が薄暗くなっていたようだ。

 そして明るくなると共に、周辺に漂っていた闇の毒気は消え失せ、気持ちの良い風が修馬たちの周りを流れだす。


「やったな」

 そう呟く伊集院。だが彼の表情は決して明るくない。それは当然だ。禍蛇まがへびを使って人間の数を減らそうとしていた玉藻前にとどめを刺しただけで、肝心の禍蛇自体はこの世に蘇ろうとしているのだから。


 木陰から立ち上がった渡邉も、そのことに気づいているように暗い顔のままだ。

「これで一件落着……ってわけではなさそうだな」


 辺りには夏の日差しが戻り、蝉たちの声が響き始める。

 今はまだ平穏を保っているが、夜になれば禍蛇が現れる恐れがあり、出現すれば町を大きく破壊し始めるだろう。


「この玉藻前は序の口に過ぎない。俺たちが倒さなければいけないのは、それよりも遥かに恐ろしい存在。それは妖怪というよりも、むしろ神に近いものなのかもしれない」

 修馬がそう言うと、渡邉の両隣にタケミナカタとオモイノカネが姿を現した。しかし渡邉の目には映っていないのか、彼の視線は正面を向いたまま動かない。


「玉藻前は確か、日本三大妖怪の一つだろ? それより更に強い大ボスみたいのがいるのかよ。そんなの人間で倒せるのか?」


 強く狼狽える渡邉。

 禍蛇とは、古の人たちが天変地異のような大災害に例えてきた存在なのだと思われる。仮に天之羽々斬あめのはばきりとアグネアの槍が揃っていたとしても、確実に倒せるような相手ではないのだ。


「さっき見たからわかると思うけど、俺と修馬は特別な力を持っているんだ。これは神様から授かった力。倒せるかはわからないが戦わなくてはいけない責任がある。だから渡邉たちには、出来るだけ多くの人がこの町から避難できるように働きかけて欲しいんだ」


 至極真面目な顔で語る伊集院を見て、渡邉は口の中に溜まっていた唾液をゴクリと飲み込んだ。


「避難か……。けど俺たちは、どこまで逃げればいいんだ? 大体俺たちだけで、どうやって町の人たちを避難させればいい? 妖怪なんて誰も信じないだろうし、相手が妖怪ではどこに逃げればいいのかさっぱりだ」


 強い口調で渡邉は問いかける。

 どこが安全かなんて、未曽有の事態なので誰もわかるはずもない。日本中どこにいても命の保証はないし、日本を出たとしても安全な場所なんてないのかもしれない。


 暑い日差しが降り注ぐ中に、涼しい山風が吹き下ろしてきた。

 いくらか放心状態になってしまっている渡邉に対し、横に立つオモイノカネは目を細くして見下ろすと、軽く頭部を撫でた。

 彼は触れられていることにも気づいてないようだったが、少し経つと目に色が戻り、自然と背筋が真っすぐに伸びた。


「……米山のところに行って相談してみようか」

「米山? 委員長の米山か?」


 聞き返す伊集院。米山とは3人がいるクラスで委員長を務めている男だ。

 渡邉が言うには、米山とは出身中学校が同じで家が近所なのだそうだ。そして米山の祖父は、地元ではかなり知られた名士なのだと言う。


「多分、米山のじいちゃんなら行政とかにも顔が利くんじゃないかな? そうすれば役所から避難指示を出して貰えるかもしれない!」


 絶望的状況の中に一筋の光明が見えた。

 その可能性に賭けるしかない修馬たちはタクシーを拾って戸隠山を下り、委員長の米山の家へと急いだ。

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