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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第36章―――
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第215話 平穏な朝

 妖狐に変化へんげした玉藻前たまものまえによって大きな被害を受けた長野市内。

 だが玉藻前は茜の活躍により、氷塊の中に封印することが出来た。今現在は平穏が訪れている。


 しかしそれは、一時的なかりそめのもの。

 空を覆いつくしていた渦雲は昨日の夜を境に消え去ったようだが、時空の扉となっている渦雲が消えたということは、裏を返せば禍蛇まがへびが復活してしまったということでもあるらしい。

 平和を守るには、もはや自分たちの手で禍蛇を討つしかない。


 だが禍蛇倒すための2つの武器は、未だ1つ欠けている状態だ。2つの武器とは、現実世界の『天之羽々斬あめのはばきり』と異世界にあるという『アグネアの槍』。


 修馬はどうにかして天魔族の王からアグネアの槍を奪取しなくてはいけないのだが、向こうの世界では天魔族の住む竜の虚ろ島に辿り着いた時点で、図らずも気を失いこちらに戻ってきてしまった。

 夜になって眠りにつけばまた異世界に転移すると思われるが、今日もしも禍蛇が現れてしまったら天之羽々斬あめのはばきりだけで対抗しなければいけないのである。


 守屋家の奥座敷。そこで修馬は伊織と膝を並べて座っていた。目の前には息苦しそうに眠るばあちゃんがいる。渦雲が消えた辺りから、体調が悪くなってしまったそうだ。


「はぁ、はぁ、建物が……、砕けるよ。町の人たちは、みんな逃げた……か?」


 たどたどしいばあちゃんの言葉に、伊織は首を横に振った。

「駄目です。まだ事態の深刻さが伝わってない。あれから神託はありましたか?」


「神託……か。禍蛇は姿が見えない。はぁ、はぁ、だが暗くなるとその姿が見え始め、それと同時に人々に害を与え始めるだろう……」


「夜ですか……」

 伊織と修馬は顔を見合わせた。

 禍蛇が復活したとはいっても、攻撃を仕掛けてくるのは日が沈んでからということらしい。


 なら昼間の内に町の人の非難を済ませたいところだが、禍蛇の姿が見えないのであれば、その危険性を伝えるのは非常に難しいだろう。このまま夜が来るまで指をくわえて待っているしかないのだろうか。


 眉間に皺を寄せて考えていると、不意に奥座敷にまで届いていた蝉の声がぴたりと止んだ。

 何かを察し、顔を上げる修馬。すると廊下を挟む襖の向こうに、クラスメイトの渡邉の姿があった。渡邉は伊織と目が合うと礼儀正しく頭を下げる。


「……広瀬、ちょっと良いか?」

 一瞬、間を置いた渡邉が重々しい口調で言う。


 ここでは話しがしにくいだろうと思った修馬は、渡邉を連れ守屋家の屋敷を出た。

 外は雲一つない青空で、辺りには蝉しぐれが響いている。これから凶事が起きるとは思えないような、いつもと変わらぬ夏休みの朝。


「悪いね。こんなところまで押しかけてきて」

「いや。別に構わないよ」

「折角だから、ちょっとそこまで歩こうか」

「うん」


 渡邉に先導され、共に山道を下りていく修馬。


「確か、伊集院のやつもここにいるんだよね」

 ブナの木の木陰を歩きながら渡邉が聞いてくる。


 そもそも伊集院に用があったのかと思ったが、渡邉もそれを察したのか「いや。聞きたいのはあいつのことじゃなくて、昨日の妖怪の話なんだけどさ……」と少し言いにくそうに漏らした。


 昨日、長野県庁の屋上に現れた玉藻前は、その時一緒にいた渡邉たちも姿を目撃していた。突然妖怪が襲ってくると言っても信じられないだろうが、彼らは遠目ながらも己の目で見ているのだ。しかしそれでも、非現実的なものを受け入れるのは難しいのかもしれない。


「やっぱり妖怪は信じられない?」

 そう尋ねるも、渡邉は首を横に振る。


「違うんだ。前に公園で意識を失っていた時に広瀬に助けて貰ったことがあるじゃん。実は俺、あの時のことを薄っすらとだけど思い出してきたんだよ」


 それは以前、渡邉、佐藤、齋藤の3人が長野市内の公園で玉藻前に襲われて倒れているところを、修馬とアイルが助けた話だ。

 その時は記憶がないと言っていたから狐にでも化かされたのではと誤魔化したのだが、もしかすると昨日再び玉藻前を目撃したことで、失っていたその記憶が蘇ってきてしまったのかもしれない。


「あの日、俺たち3人は公園でいつもみたいにくだらない話をしてたんだけど、その時公園の中央に狐の面をつけた和装の女がいることに気づいたんだ。最初は祭りでやる踊りの稽古でもしにきたのかなぁと思って何の気なしに見ていたら、突然吐き気を催すほどの頭痛に襲われてそのまま3人とも地面に倒れた……」


 渡邉は語りながら口を押さえた。その時の吐き気が蘇ってきたようだ。だが何かを飲み込むように喉を鳴らすと、振り絞るようにどうにか細い声を出した。


「昨日県庁の屋上にいた奴は、あの時見た狐の面の女と同じ奴なんだと思う。……多分あれは人間じゃない。なあ、広瀬。この長野の町で、一体何が起きようとしているんだ?」


 再び口を押さえ、首を横に向ける渡邉。その吐き気の正体は玉藻前の闇術あんじゅつ。伊集院と違って修馬も闇術は苦手な方だが、彼は玉藻前が封印された今でも相当参ってしまっているようだ。


 足が止まってしまった渡邉に合わせて、修馬も立ち止まり背中を擦ってやる。

「もしかすると名前くらいは聞いたことがあるかもしれないけど、あれは玉藻前っていう妖怪なんだ」


「たまものまえ……、聞いたことある。それって、すげー有名なやつだよな。確か九尾の狐の人間の時の名前だろ」

「詳しいね。だけどそいつは昨日倒し、封印することが出来たからもう心配ないよ」


「倒した!? それ、本当か?」

「うん。丁度、この山道の下に封印されているはずだよ。行ってみる?」

 修馬が言うと、渡邉はぼんやりとした顔で下る道を見下ろした。


 守屋家の屋敷から戸隠神社中社近くに下りる山道。確かにここの下にある鳥居のそばで、玉藻前は氷漬けになった。そしてその氷塊は時間が経てば石化するらしいので、現在は巨大な石と化しているはずだ。


 渡邉は少々気分が優れないようだったが、ゆっくりとした足取りで坂道を下りていった。それを見ることで何かが変わるわけではないのだろうが、確認せずにはいられないのかもしれない。


「……段々頭痛が酷くなっていく気がする」

 血の気の引いた顔で渡邉は言う。そして同じく修馬も良からぬものを感じていた。これは完全に闇の気配。玉藻前は氷漬けになっても微かに闇を放出させていたが、石化した今でもまだ闇を放ち続けているのだろうか?


 気分が優れないながらも山道を下りていく2人。

 しばし会話も無く歩いていくと、道の終わりに朽ちた鳥居と大きな岩塊がんかいが見えてきた。あれが石化した玉藻前だ。そしてその岩陰に、1人の男が立っていることにも同時に気づく。


「おお、修馬……って何だ、渡邉も一緒なのか。驚いたな」

 そこにいたのは伊集院。彼は表情を変えずにそう言うと、先ほどまで見ていた岩塊に再び視線を向けた。


 それは一見すると普通の大岩。だが無生物にも関わらずその岩塊は、圧倒的強者が放つようなただならぬ雰囲気を醸し出していた。

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