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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第35章―――
214/239

第213話 夢見鳥の丘

 星降りの大祭が行われた翌日の昼前、修馬たちは再び夢見鳥ゆめみどりの丘を目指していた。詳しいことはわからないが、アイルに来て欲しいと頼まれていたからだ。


 その日は風が強く吹きつける日だった。

 木陰に視線を落とすと、そこにはショウリョウアゲハの死骸があちこちに散らばっている。聞けばショウリョウアゲハの雄は繁殖行動を終えると、そのまま命が尽きてしまうのだそうだ。美しいものは往々にして儚いものなのかもしれない。


 ぶわっと強い山風が正面から吹き、修馬は思わず目を細めた。

 そして乱れた髪の毛を整えつつ薄く目を開くと、丈の低い木々が群生する頂上付近に、数人の人が集まっているのが確認出来た。それは他でもない、虹の反乱軍の隊員だ。


「何をしている。遅いぞ、シューマ!」

 遠くから責めるように言い立てるアーシャ。彼女たちまでアイルに呼ばれているとは思わなかった。


「あー、反乱軍のみんなも来てたんだね」

 気の抜けた挨拶をする修馬。するとアーシャはこちらに歩み寄り、自分の背後を親指で指差した。

「客はあたしたちだけじゃないさ。向こうを見てみろ」


 そう促され丘の頂上に目を向ける。昨日アイルが儀式を行っていたその場所にいたのは意外な人物。マルディック孤児院でライゼンの手伝いをしていたフォンと、貝吹きのバロックの孫娘モナが2人並んで祈りを捧げていた。


 同時にこちらの存在に気づくフォンとモナ。フォンは深くお辞儀をしてきたが、モナは驚いたように小さく飛び上がりフォンの後ろに隠れてしまった。バロックのことで泣かれたまま別れているので、モナと会うのは若干気まずい感じがある。


「……久しぶり、モナちゃん。マルディック孤児院はどうだい?」

 頑張って尋ねてみたが、モナは隠れたまま何も答えない。心が折れそうで辛い。


「うちなら同世代の子供が多いですからね。まだぎこちなさはあるけど、モナもそのうち仲良くなれるよ。人間の適応量は意外と馬鹿に出来ないですから」


 フォンはそう言って、モナの頭を優しく撫でる。彼女自身もまだ13、4歳くらいなのだろうが、その中身は大人そのものだ。マルディック孤児院で唯一の大人と言えばあのライゼンしかいなかったのだから、彼女が自身が成長する必要があったのだろう。人間の適応力が馬鹿に出来ないと言うのは、本当にその通りだと思う。


「そうか。モナちゃんのおじいちゃんとライゼンのために、星降りの大祭に来てたんだね」


 星降りの大祭は亡くなった魂を弔い、新しい命へ生まれ変わるための祈願をする祭祀。彼女たちだけでなく肉親を亡くした多くの人たちが、ここウィルセントの街に集まってくるのだ。


「ライゼンさん、帝国に行ってくると言ったままこんなことになってしまいましたからねぇ。あんな人でも一応弔ってあげてくれって、今、孤児院の運営を手伝ってくれているロクドウさんが、私たちをここまで連れてきてくれたんです」

「……ろくどう?」


 一瞬誰のことかと思ったが、ロクドウとは帝国近衛団副長を務めていたリクドーの本当の名前だ。あの男がマルディック孤児院でライゼンの代わりをしているとは驚いた。確かに彼はマルディック孤児院の出身だと言っていたが、帝国での立場的に考えれば第一に現皇帝であるアッカの支えにならなくてはいけないはずだ。果たして大丈夫なのだろうか?


「あのロクドウもこの街に来てるのか……」

「ええ。けど港の酒場に一日中入り浸っているみたいですよ。ロクドウさんも一緒に行きましょうって誘ったのですが、俺はそんなことをする柄じゃないって断られてしまいました。本当にライゼンさんそっくりで、訳のわからない人です」


 呆れたように目を細め、そのように語るフォン。確かにライゼンもリクドーも、修馬には到底理解が及ばない不可解な行動ばかりしていた。まあ狂人の気持ちなど、知ったところで何の得も無いだろう。

 しかしライゼンの不可解な行動については、一つどうしても気になることがある。


「そういえば俺、昨日の星降りの大祭の最中、ライゼンの幻影のようなものを目にしたんだ……」

 修馬がそう呟くと、フォンは顎を上げ、虚空を見つめるような目で空を見上げた。


「ライゼンさんの幻影……、ですか?」

「うん。ただの幻かもしれないけど、もしかしたら何か最後に言いたいことでもあったのかなって思って……。けど結局何も言わずに、そのまま姿を消してしまったんだよね」


 昨日の光景を思い出す修馬。ただ消え去る瞬間、ライゼンは確かに笑顔を浮かべていた。あんな狂人だけど、最後はきちんと別れが言いたかったのかもしれない。 


「……そうですか。だけどライゼンさんの魂がちゃんと夢見鳥の丘に辿り着けたのなら良かったですよ。あの人、自分の名前も勘違いしていたんですよね? 全くとんでもない大馬鹿者ですよ」


「名前かぁ、確かにそうだね」


 そう。自分ではライゼン・モレア・マルディックと名乗っていたが、彼の姉であるクジョウの口から、実際の名がライゼン・モリヤ・マルディックであることが明らかにされたのだ。それは同時に、かつて龍神オミノスを封印した勇者の名がモレアでなくモリヤだったということでもある。


 偶然にも守屋家と名前が同音になるのというのは、帝国を出国してからずっと気になっていたことだ。アメノハバキリを用いて龍神オミノスを封じた勇者というのは、やはり守屋家と何らかの関係があるのかもしれない。

 一人考えにふける修馬。気づくと傍らにはモナが寄り添っていて、ズボンの裾を引っ張っていた。


「うおっ!! モナちゃん、ど、ど、ど、どうしたっ!?」

 動揺と激しい緊張で、目が白黒してしまう修馬。だが対するモナも、ためらいがちに「あのね……、あのね……」と言うだけで、自分の気持ちが言葉に出来ない。


 そんなモナを見かね、フォンが彼女の気持ちを代弁した。

「モナはシューマさんにお礼を言いたいみたいですよ」


「お礼? 俺に!?」

 バロックを助けることが出来なかった修馬は、孫娘であるモナにお礼を言われる立場にはない。逆に何度でも謝罪しなくてはいけないくらいだった。


 モナは頬を紅潮させると、自分のお腹に手のひらをあてて、ゆっくりと円状にさすった。


 そしてその意味を理解する修馬。しかし返答をする前に、モナはフォンの背中に隠れてしまった。


 少し困った様子で破顔するフォン。モナはそんな彼女の手を強く握り、丘を下る道へと引っ張っていってしまった。

「ごめんなさい、シューマさん。この子は恥ずかしがり屋みたいで……。それでは皆さん、また良ければマルディック孤児院に遊びに来てください!」


 フォンはモナに手を引かれ、夢見鳥の丘を下っていく。

 上手く言葉を返せなかった修馬が身じろぎもせず立っていると、背後にいたマリアンナが力づけるように左肩に手を乗せた。


「シューマ、お腹の上で円を描く意味はな……」

「うん。それは知っているよ」


「……そうか。ならいい」

 マリアンナは肩からそっと手を放し、一歩後ずさる。


 そうだ。お腹の上で円を描くハンドサインの意味は、以前マリアンナから教わっていたのだ。それは、ありがとうを示す動作。


 ここに至るまでの冒険や戦いで、多くの命が失われてきた。その全てを背負ってきたわけではないが、モナに許して貰えたことで、重く圧し掛かっていた人々の想いが少しだけ軽くなる気がした。自分のしてきたことは間違いじゃないのかもしれない。


 強い風が丘の上を吹き抜けていく。

 修馬は鼻から吸った空気を肺に送り込み、時間をかけてゆっくりと口から吐いた。


 新鮮な空気が体を巡り晴れやかな気持ちでフォンとモナを見送っていると、突然背後から「皆さん、そろそろよろしいですか?」という女性の声が聞こえてきた。


 驚いて振り返る修馬。するとそこには、星魔導師のアイル・ラッフルズが立っていた。一体いつの間に!?


「驚かせてすみません。少し話が立て込んでいるようだったので、大人しくしておりました」

 アイルはそう言いながら、昨日も使っていた錫杖しゃくじょうで地面に円を描き出した。


「ああ、気を使わせてしまってすみませんでした。それで、アイルさんの御用とは一体何ですか?」

 そう尋ねるも、アイルは黙々と何かを描き続ける。見てみるとそれは魔法陣のようだった。


「実は昨晩不思議な夢を見まして、その中でとある御方にお願いをされたのです。申し訳ありませんが、皆さんにも少々お付き合いいただきますね」

 直径5メートルほどの大きな魔法陣を描き終えたアイルは、そう言ってにこりと笑う。

 

「夢の話……。予知夢ってことですか?」

「うーん。私の専門は星魔法や占星術の類で夢占いではないのですが、昨日見た夢は何か特別な意志や意図を感じたのです。恐れ入りますが、シューマさんの持っているその盾を暫しお貸しして貰えませんか?」


 魔法陣の端で手を伸ばしてくるアイル。あまりよく理解出来ないが、とりあえず修馬は背中に抱えた白獅子の盾を手に取り、彼女に渡した。

 受け取ったアイルはそれを魔法陣の中心に置き、祈願するように呪文を詠唱し始める。


幾星霜いくせいそうの時を経て輝き続ける数多の星たちよ、万物の理の元、我に力を与えたまえ」


 地面に描かれた魔法陣の線が白く光り出す。そしてその光は、描いていた線から外れ、ゆっくりと回転し始めた。


「アイル・ラッフルズの名の元に、在りし日の姿へと戻りなさい。……白獅子の盾よ!」


 魔法陣の白い光が、白獅子の盾を眩く包み込む。

 速まっていく光の回転。やがてその速度が落ちていくと、白い光自体も徐々に薄れていった。


 そして地面には、杖で描かれた魔法陣だけが残った。中心に置かれていた白獅子の盾がどこかに消えてしまっている。

 これはどうしたものかとアイルの顔を覗き込むと、彼女は穏やかな表情で視線を天に向けた。


 釣られて空を見上げる修馬。するとそこには天空を駆ける白い獅子の姿があった。あれは間違いなくココと共に魔霞み山で暮らしていたイシュタル。アイルの術で盾に変化する前の姿に戻ったようだ。


 空を旋回し丘の上に下りてくるイシュタル。ココはそんなイシュタルの首元に抱き着くと「おかえりーっ」と言って笑顔で迎えた。


「私が昨日夢で見たのは、イシュタルの背中に乗り辺境の海域へと向かうシューマさんたちの雄姿。イシュタルはそれを私に伝えたのだと思います」

 アイルがそう言うと、イシュタルは尻尾を体に巻き付けて座り、返事でもするように「にゃー!」と大きく鳴いた。


「け、獣……」

「白獅子の背に乗るのか?」

 驚く伊集院とマリアンナ。まあ無理もない。流石に修馬も猫の背中に乗って海を渡るのは意味がわからないし、若干の抵抗がある。


「うん。イシュタルは僕の友達なんだ!」

 そんな気持ちを知る由もないココは、無邪気にそう言うと飛翔魔法でイシュタルの背中に跳び乗った。そういえばココは、魔霞み山が噴火した後、イシュタルの背に乗ってウィルセントの街にやってきたのだと言っていた。とはいえその時も今もイシュタルは幽体のはず。本当に背中に乗れるのだろうか?


 後に続く修馬が乗ることに躊躇していると、アーシャが歩み寄り頭の位置にあるイシュタルの大きな喉を手で優しく撫でまわした。


「何とも美しい白獅子だ。……ところでアイルさん、私たちがここに呼ばれた理由は一体何だ?」

「ああ、説明が何も無くてすみません。実は虹の反乱軍の皆さんがシューマさんたちを天魔族の住む島まで送ってくれるかもしれないということを伺っていたので、一応アーシャさんの許可が頂きたいと思いましてお呼びした次第です」


 アイルがそう言うと、アーシャは納得したようにほくそ笑み「ふふふ、空飛ぶ乗り物というわけか……」と呟いた。


「問題はありませんか?」

「無論、問題はない。本来ならあたしたちが天魔族が住むという島まで送ってやりたかったが、今回はこの白獅子にその役目を譲ろう。リーナ・サネッティ号で『絶海の暴君』が住む辺境の海域を越えられる保証もないからな」


「絶海の暴君? 何それ?」

 イシュタルの背に乗るココが見下ろして聞いてくる。


「ヴェストニアに生息するたこの化け物だ。しかし空から行くというなら心配はないだろう」


 アーシャに尻を押された修馬は、仕方なく白い毛を掴み、イシュタルによじ登った。しっかりと実体があるので、乗ることは可能なようだ。まあ盾に変化するくらいだから、実体を現すくらいは造作もないことかもしれない。


 そして伊集院がマリアンナを抱えて飛翔魔法で跳び乗る。

 その背中は4人乗るとぎゅうぎゅう詰めだったが、基本幽体であるイシュタルは体を一回り大きくさせ皆の座るスペースを作った。サイズを変えるのは自由自在のようだ。


「乗り心地はいかがですか?」

 そう尋ねてくるアイルに、修馬はイシュタルの背中を撫でながら「……悪くないよ」と答えた。


 しかし本当は少し怖い。だがこの方法が最も確実かつ迅速に辺境の海域を渡る手段だろう。わがままは言っていられない。


 南からの暖かい風が吹き、イシュタルの白い毛が綿毛のように逆立つ。

 恐らくこれが最後の旅になるだろう。アイルと反乱軍の隊員たちが邪魔にならないようにと、その場から少し離れる。


 修馬は片手を大きく振り挨拶をした。

「反乱軍のみんなもありがとう! 俺、魔王に会いに行くよ!」


「がははははっ! シューマは本当に大した男だ。その魔王とやらを倒してこい!!」

「行け、シューマ! 絶対に負けるんじゃないぞ!」


 ベックとアーシャにその言葉に修馬が頷くと、イシュタルは地面を強く蹴って跳び、空を斜めに駆け出した。


 風が強く吹き付ける。振り落とされないように身を屈めると、イシュタルはあっという間に夢見鳥の丘が見えなくなるほどの上空まで駆け抜けていった。

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