第211話 異世界たこ焼き
ウィルセントの城から近い場所にある格式がある宿に泊まった修馬たち。
翌日はアイルの手伝いをしようと星屑堂に伺ったのだが女手と魔法使いが必要だったらしく、伊集院とココとマリアンナは星屑堂に残ったが、男で魔法の使えない修馬はさっさと街に出てぶらぶらと散策していた。お邪魔するつもりでも本当に邪魔をしたのでは迷惑でしかない。
以前来た時よりも人が多く、賑わいを見せるウィルセントの目抜き通り。今日行われる星降りの大祭に参加するために、世界中から観光客が集まってきているようだ。星屑堂は通常営業が出来ないので閉まっているものの、他の店は店舗の前に臨時の売り場を増設しているところもあったり、空き地に露店を造るなどして混雑する客に対応していた。この辺りは日本のお祭りとあまり変わりがないのかもしれない。
アイルから小遣いを貰っていた修馬は、浮つく足取りで食べ物系の屋台を物色していた。昨晩の宿の夕食もかなり旨かったが、こちらの世界のB級グルメ的なものも折角なので食べておきたい。何か良いものはあるだろうか?
「楽しそうで何よりじゃな……」
恨めしそうな声が聞こえて来たので振り返ると、そこにはタケミナカタが辛気臭い顔で立っていた。
「何だよ、その顔? 折角のお祭りなのに仏頂面しやがって!」
修馬はそう言い返したが、タケミナカタの表情は変わらない。神様に対して仏頂面というのは、不適切な表現だったかもしれない。
「しょせん異教の祭りじゃからな。儂は興味が湧かないということ。それより小僧は知っているのか? この祭りの意味を」
「星降りの大祭の意味? いや、知ってるわけないじゃん」
はっきり言い切ると、タケミナカタは残念そうに目を閉じ大きなため息をついた。何となくいらっとする。
「この祭りはその年に亡くなった魂を供養するために行う行事のようじゃ。今年は戦争があって多くの死人が出ているのだから、さぞかし賑わうのじゃろう。露店も大繁盛で喜ばしいのう」
やけくそ気味に言葉を吐き出すタケミナカタ。異教の祭りだからといって、言って良いことと悪いことがある。
「商売人ががめついみたいな言い方すんなよ。人聞きが悪いからさぁ」
「そうは言っても事実なので仕方あるまい。現にあの星屑堂の女主人も、あのような店を出店しているではないか」
タケミナカタはそう言うと、近くの露店を指差した。その店では坊主頭の男が、何か揚げ物の料理をこしらえている。何だろう、あの料理は?
これはアイルの店ではないのではないかと修馬は思ったのだが、そのタイミングで坊主頭の男が威勢の良い声で「星屑堂監修のたこ焼きいかがっすかぁ!! 黄昏の世界の料理を再現した、あっつあつのたこ焼き美味しいよーっ!!」と声を上げた。
唖然とした後、修馬は「た、たこ焼き……?」と声を漏らす。
「おっ! 兄さん、たこなんて食べられるのかよって顔してるねぇ。たこは海の男の食べ物だ。折角ウィルセントに来たんだから、うちのたこ焼き食べていきなよ。80ダニーのところ、今なら特別50ダニーぽっきりだ!」
坊主頭の店主にロックオンされてしまった修馬。向こうの世界でアイルにたこ焼きを食べさせたのは修馬だが、まさか早速こちらの世界でたこ焼き屋をプロデュースしているとは思わなかった。存外商魂がたくましい人だ。
しかしまあ折角なのでと思い、露店のカウンター席に腰を下ろす修馬。ふと料理の臭いと共に、嗅ぎ覚えのある柑橘系の香りがしたので横に振り返ると、右隣りにはアーシャ・サネッティが座っており、たこ焼きと思われるものを頬張っていた。
「おお、奇遇だなシューマ。小腹が空いたから食べてみたのだが、黄昏の世界の料理は中々いけるな。帝国のまずい料理とは大違いだ」
グラタン皿のような深い容器に入ったたこ焼き的な何かを、アーシャはスプーンを使ってハフハフと食べている。本当に美味しいのだろうか?
「……じゃあ、俺もたこ焼きください」
百聞は一見に如かずだと思い、一皿注文する修馬。
目の前の坊主頭の店主は、丸まった生地をサーターアンダギーのように熱した油の中に投入した。
この時点ですでにたこ焼きでなく、たこ揚げになってしまっているのだが、突っ込んでいるとキリがなさそうなので、とりあえず黙って様子を伺う。
そしてカリッと揚がった生地を皿の上に5つ並べると、その上に中濃ソースのような茶色い何かをたっぷりとかけ、最後に刻んだ香草を振りかけた。
「はい、たこ焼き一人前、60ダニーだ!」
目の前に出された、たこ焼きっぽい何か。修馬は硬い表情で店主に金銭を渡した。先ほど言っていた金額と少し違う気がするが、アイルの店らしいのでケチをつけるのはやめておこう。
「……いただきます」
まずはスプーンを使い、ひたひたに入った茶色いソースを舐めてみる。これは中濃ソースというより、デミグラスソースに近い味わいだ。たっぷり入っていたので塩気があり過ぎたらどうしようかと心配したが、これなら食べれそう。
そして次は肝心のたこ焼き本体。
たっぷりのソースと共に一つのたこ焼きをすくった修馬は、それを丸ごと口の中に放り込んだ。横にいるアーシャが「おお、一口でいったか!」と声を上げる。
恐らく中が熱々なのは想像出来たが、ここは敢えて熱いままおもむろに歯を食いこませる。
「んーっ!! はふっ、はふっ、はふっ」
ドーナツのように中まで火が通り硬くなっているかと思ったが、表面カリカリで中はフワフワという良い感じの仕上がり。味はたこ焼きとは程遠いものの、これはこれで新たな料理として成立している気がする。
「うん。旨いよ……」
「ほう、本場の人間が太鼓判を押すなら間違いない。酒のつまみにも良いし、ベックたちにも教えてやらなくてはいけないな」
アーシャはにこやかに笑みを浮かべると、たこ焼きの横に置かれた金属の杯に口をつけた。
酒もあるのかと気づいた修馬は、なんだかわからないがとりあえず同じものを注文してみる。提供されたカップの中を覗いてみると濃い紫色の液体が満たされていた。これは葡萄酒のようだ。
杯を掲げ乾杯する2人。たこ焼きと葡萄酒の相性はいかがなものかと思ったが、ソースに葡萄酒が使われているのか決して悪くない味わいである。
「ところでベックはまだ船の補強をしているのかい?」
たこ焼きを頬張りながら訪ねると、アーシャは「ああ」と答え、ゆっくりと杯を傾けた。
「彼は船大工だからね。その間にあたしは港で情報収集していたわけだが、辺境の海域について色々と話を聞くことが出来たよ。それについて今話そうか?」
「是非お願いする」
アーシャの口から語られる船乗りたちの情報。
辺境の海域ヴェストニアへ行くには、ユーレマイス共和国の南側にあるランディール港から東南東に進み、凪いだ海域に到達する必要があること。そこがヴェストニアの入口になっている。ただこれは、修馬もサリオール国家元首から聞いていたことだ。
そしてそこから荒れた海を渡り、中心部にある竜の虚ろ島を目指すわけだが、ヴェストニアは舵が効かなくなるほど波が荒く、羅針盤も狂ってしまうらしい。ではどうやって航海すればよいのか?
「ただ漁師たちの噂では、ヴェストニアに入ると『雲の道しるべ』というのが現れるらしい」
「雲の道しるべ?」
空に伸びる飛行機雲のように、細く長い雲を想像する修馬。道しるべというくらいだから、それを辿って行けば竜の虚ろ島に辿り着けるのだろうか。
「羅針盤の代わりに、その雲の道しるべとやらに沿って船で進ませれば良いってことか?」
「如何にも。しかしそう簡単にいかないのがこの世の常だ。聞くところによると一番の問題は、荒れた海でなくそこに生息する『絶海の暴君』と呼ばれる化け物の存在らしい」
「何それ!? やばい魔物が住んでいるのか?」
「いや。絶海の暴君は魔物の類ではない。全長が数十メートルある巨大なたこだそうだ」
「た、たこ!?」
思わずたこ焼きを食べる手が止まる修馬。そういえば現実世界でアイルにたこ焼きを紹介した時、こちらの世界のたこに対する一般的なイメージは恐ろしい生物だと言っていた。つまりそういうことだったのかもしれない。
「海の魔物も恐れるほどの恐ろしい化け物らしいが、それに関しては心配ないだろう。何せこっちには黄昏の世界からやってきた英雄様がいらっしゃるのだからな」
にやけながらそう言って、葡萄酒のおかわりを注文するアーシャ。酒の席の戯言なのか本気なのかはわからないが、彼女は船の上で数十メートルの大だこに襲われるのが怖くないのだろうか? 間違いなく笑って話している場合ではない。
追加の葡萄酒が目の前に置かれると、アーシャはそれに軽く口をつけくるりと振り返った。
「そんなことより、後ろを見てみろ。だいぶ人が増えてきたようだぞ」
夕暮れが迫ってきているウィルセントの街。大通りを歩く人たちは先ほどより更に増えてきている。
「いよいよ星降りの大祭が始まるな。絶海の暴君のことはともかく、今は折角だから祭りを楽しもうではないか。世界最大のお祭りがどんなものなのか、あたしは非常に楽しみだよ」
そう言うとアーシャは大きく口を開けて、最後のたこ焼きを口の中に入れた。