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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第35章―――
211/239

第210話 青い蝶

 踏むことをためらってしまうほどの美しくきめ細やかな絨毯が敷かれた広間。その場で膝をついた修馬は、強張った面持ちで頭を垂れていた。


 ここはウィルセント城内にある謁見えっけんの間。

 厳粛な空気が流れるその広間だが、国家元首の座る玉座の背後には色とりどりの花が飾られており、何とも優美な香りを漂わせていた。緊張する気持ちを僅かにほぐしてくれる。


 その花に囲まれた玉座に座るユーレマイス共和国の国家元首サリオール・ビスタプッチは、皺の刻まれた頬に手を当てるとそのまま伸びた顎髭をさすり、もう片方の手を肩の高さに上げた。それに合わせて修馬とその周りにいる仲間たちは顔を上げる。


「そなたがシューマだな。話はシャンディ准将から聞いている。帝国との戦いでは、我らが共和国騎兵旅団と共に良くぞ尽力してくれた。国の代表として礼を言わせて貰う」


 国家元首にそう言われ、恐縮するように今一度頭を下げる修馬。サリオールは小さく頷くと、そんな修馬を我が子を見るような慈愛に満ちた笑みで見つめた。


「シャンディに黄昏の世界から英雄がやってきたと聞かされた時は気でも触れてしまったかと思ったが、そなたの純朴そうな不思議な顔を見ていると、理由はわからないが妙に納得してしまうな……。この世界の人間には無い何かを持っている感じがする」


 サリオールは修馬のことを称えてくれるが、特別なものを持っているという自覚がない修馬は、緊張しているということもありただ静かに口を閉じていた。


 飾られた花の香りに誘われたのか、謁見の間には数匹の蝶がはらはらと飛んでいる。

 それに関心をしめたマリアンナは蝶を目で追いながら「この蝶はもしや『ショウリョウアゲハ』でしょうか?」と質問した。


 サファイアのように深く透き通る青い色の羽を持つその蝶は、艶やかに舞うとサリオールの肩にとまりその羽を休めた。


「ショウリョウアゲハはウィルセントにある『夢見鳥ゆめみどりの丘』だけ生息する夜に舞う蝶。見た目は似ているが、これは『精霊揚羽しょうりょうあげはもどき』という名の全く別の種類の蝶ですよ」

「左様でございましたか。見た目がとても美しい蝶だと伺っていたので、これがショウリョウアゲハなのかと勘違いしてしまいました」


 また一匹、部屋の脇に並ぶ大きな窓から精霊揚羽しょうりょうあげはもどきが舞い込んでくる。修馬はその蝶のことを知らなかったが、擬きとはいえ思わず目を奪われるような青く麗しい蝶であった。


「確かに精霊揚羽しょうりょうあげはもどきも美しい。しかし本物のショウリョウアゲハの美しさは、これの比ではありません。奇しくも明日は『星降りの大祭』。祭をご覧になれば、その美しさを存分に堪能することが出来ますよ」


 サリオールは言った。星降りの大祭とは、アイル・ラッフルズが執り行うこちらの世界の祭祀。現実世界で大蛇神楽おろちかぐらを観ている時にアイルは「星降りの大祭が行われる時は是非ウィルセントにお越しください」と言っていた。

 その祭が明日開催されるということは知らなかったが、図らずも彼女との約束が果たせそうで何よりである。


「星降りの大祭は明日だったのかぁ……。僕も初めて観ることになるから楽しみだな」

 大きく背中を伸ばしながら、両手を頭の後ろに回すココ。流石は大魔導師。国家元首の御前であるにも関わらず、へりくだる態度など微塵も見せない。


「おや? 皆さんがこのウィルセントに来たのは、星降りの大祭をご覧になるためではないのですか?」

 顎の髭をさすりながらそう聞いてくるサリオール。押し黙っていた修馬だが、話すなら今だと思い、意を決し己の主張をうちあけた。


「いえ。実は俺たちは、天魔族の城がある『竜のうつろ島』という所を目指すためにこの街にやって来ました。そこで国家元首にお聞きしたいのですが、その島があると言われている辺境の海域『ヴェストニア』、そこに着くための航路や情報など何かご存じではないでしょうか?」


 謁見の間に音も無く舞っていた数匹の精霊揚羽しょうりょうあげはもどき。

 しかし蝶たちは修馬の言葉の後に、皆隠れるようにどこかに消えてしまった。まるで竜のうつろ島やヴェストニアという言葉が、とても恐ろしいことだと言わんばかりに。


「天魔族の住む竜のうつろ島……。私も幼い頃に伝承や民話でそのような話を聞いたことはあるが、実際にその島を見たという人間には会ったことがないな。しかしながら、こうして黄昏の世界から来た英雄を目の前にしている以上、あり得ないなどとは言い切れないのも確か……」


 目を瞑り大きく息をつくサリオール。その後、彼の口からこの国に伝わる民話が語られた。


 ウィルセントの街のはるか南方にある、ランディールという名の漁港。

 かつてそこに住む漁師が東南東の沖合で漁をしていると、全く風の起きない不思議な海域に到達したのだという。薄っすらと霧も発生し方角が掴めなくなった漁師は、を使い来た方向に戻ろうとしたのだが、そこを抜け出て辿り着いたのは今度は真逆の大時化おおしけの海。

 こんな出鱈目な天候ランディール近郊ではあり得ないと思い再び凪の海に戻ろうとするも、その時にはもう遅く、小さな漁船は丸一日荒れた海の上を彷徨うことになった。


 気絶していたのか眠っていたのかはわからないが、狭い船内で目を覚ます漁師。

 船の揺れが収まっていたので甲板に出てみると、深いもやの向こうに山のような絶壁に囲まれた巨大な島があったのだという。


 漁師はどうにかしてその島に上陸しようと思ったようだが、高い断崖に囲まれどこからも立ち入ることが出来ない。しばらくして諦めかけたその時、島の上空から羽のある人間が漁師の乗る船の上に下り立った。


「……その後、漁師は再び意識を失い、気づいた時にはランディールの漁港で横たわっていた。記憶を思い返すとあれは全て幻だったのではないかとも思えたようだが、漁師の服の中には先程の羽のある人間のものと思われる大きな羽根が1枚残されていたのだそうだ」


 語り終えたサリオールは、ゴホンと一つ咳き込んだ。

 窓から入り込む日差しが少し傾き、広間の中央にいる修馬たちの体を眩しく照らした。爽やかで暖かい初夏のような日差し。


「その羽のある人間というのが、もしや天魔族のこと……?」

 尋ねる修馬。サリオールは目で頷きつつ、喉の調子を整えた。


「うむ。今ではそう捉えられているな。そして羽のある人間はその島のことを竜のうつろ島と呼んでいたそうだ」

「俺たちも竜のうつろ島の名は天魔族から聞きました。そこで魔王が待っているとも……」


 グローディウス帝国を去る前にサッシャから言われたその言葉。例え困難な航海でも、修馬たちはそこに向かわなければいけないのだ。


「そうですか。しかし戦争は終結し天魔族は帝国から手を引いた。今では魔物の数もすっかり減っているようだが、それでも危険を冒してまでその魔王とやらを倒さなければいけないのか?」


「戦うことになるのかはわかりません。ですが俺たちの仲間が魔王の城に捕らえられているので、それを助けに行かなくてはならないのです」


 竜のうつろ島に行き、魔王が持っているという『アグネアの槍』という武器を手に入れ、そして捕らわれているはずの友理那と助け出す。それが修馬たちの使命。しかし島が断崖に囲まているというのは新たな情報だ。ヴェストニアへの航路だけでなく、竜のうつろ島へ入島する方法も考える必要があるのかもしれない。


「仲間……、そうでしたか。しかしシューマ殿の強さはよく伺っている。私が心配しても仕方がないのであろう」


 サリオールは玉座から立ち上がると、後ろを振り返り背後に飾られた花々に目をやった。黄色く大きい花の中から、再び精霊揚羽しょうりょうあげはもどきが羽ばたき、サリオールの頭の周りをふわふわと飛び回る。日差しに照らされた蝶の薄い羽が青く煌めいた。果たしてこれ以上に美しいというショウリョウアゲハはどれほどの蝶なのだろうか?


 背中を向けていたサリオールがこちらに振り返る。光を受けて優雅に舞う精霊揚羽しょうりょうあげはもどきは、修馬たちの近くまで飛んでくると、その後高い天井目掛けて舞い上がり、そして姿が見えなくなった。


「辺境の海域についての詳しいことは、港にいる船乗りたちから話を聞いた方が良いかもしれない。しかし折角ウィルセントにいらしたのですから、まずは明日の星降りの大祭を楽しんでいってください。それはそれは美しい光景をご覧いただけることになりますよ」

 サリオールは静かに微笑みそう言うと、再び玉座に腰を下ろした。

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