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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第34章―――
209/239

第208話 茜の真価

 玉藻前たまものまえを追い、長野市の市街地から戸隠山へと飛翔魔法で飛んでいく伊集院。そしてその彼に両脇を抱えられ運ばれる修馬は、静かに守屋家の住人の安否を祈っていた。どうか無事でいてくれと。


 一刻も早く辿り着きたいが、戸隠まではまだ10km以上はあるだろう。空を飛ぶことが出来ない修馬に、焦る気持ちだけが募っていく。


「倒せそうかよ? あの化け狐に」

 前方から吹く強い風を受けながら、伊集院が聞いてくる。


「わからない。ただ思ってたよりも全然強かった。それこそ、あの四枷よつかせと呼ばれる天魔族たちよりも」


 修馬は正直に答えた。玉藻前は自慢の妖刀だけでなく、不可思議な召喚術のようなものまで使ってくる。更に今は妖怪としての本来の姿に戻ったことで、その力が増している可能性もありそうだ。あれを倒すのは容易ではない。


「……確かにな。けど放っておいたら、俺たちの街がなくなっちまうかもしれないからな。絶対に逃がさねぇぞ!」

「ああ。あいつに勝てなくちゃ、禍蛇まがへびにだって当然勝てない。玉藻前は何が何でも俺たちの手で討ち倒す!!」


 そうやってしばらく飛んでいくと、遠くの方に守屋家の屋敷に続く山道の入り口が見えてきた。そこにある大きな鳥居の前に、赤く蠢く何かが確認出来る。


「ちょっと待て! あそこだ、伊集院!!」

「えっ! どこ!?」


 地上に目をやるが、それを発見出来ない様子の伊集院。しびれを切らした修馬は、彼の腕を振りほどき、地上100mの上空から勝手に飛び降りた。そして召喚した涼風の双剣を使い、そこから緩やかに滑空していく。


 朽ちかけた鳥居がはっきりと見えてくる。そこにいるのは妖狐と化した玉藻前。そしてその傍らには、葵と茜の姉妹もいる。茜が水術で応戦しているものの、明らかに分は悪そうだ。早く加勢しなくては。


「葵、茜、下がれ!! 出でよ、『イングラムM10』!」

 地面に着地するや、サブマシンガンを乱射する修馬。銃弾は狐化した玉藻前の体を捕らえているが、炎のように燃える体にはいまいち手応えが無く暖簾に腕押しだった。


「馬鹿か、修馬!! テッポーが通用する相手じゃねぇ! ここは茜の水術に任せろ。『真鯉まごい流し』っ!!」

 茜が小さな体を屈ませると、その足元から巨大な川魚をかたどった水流が巻き上がり、鳥居の真下にいる玉藻前に襲い掛かった。


「まこと恐ろしき、幼子おさなご……」

 しかし玉藻前が爪を立てた前足を一振りすると、その水の魚は一瞬でぶつ切りにされ、ただの水となって落下し地面に染みていった。


「私の術も喰らいなさい! 『速颪はやおろし』!!」

 続けて風に乗った葵が高速で駆けていく。


「風術ですか……。そんなものがこの私に通用するとでも?」

 尻を上げ、襲い掛かる体勢を取る玉藻前。しかし葵はそれも構わずに突っ込んでいった。


「これはあなたに近づくために移動技。私の本命はこっちです! 『鳴神なるかみことば』っ!!」


 跳び出した玉藻前の牙が葵に肩をえぐろうとするその瞬間、突如晴れている空から雷が落ち、戸隠山に爆音が鳴り響いた。


「ぐっ!!!」

 落雷の直撃を受けた玉藻前は、頭をふらつかせながら二歩三歩と後ずさる。あれは天魔族のヘリオス・ガリア・ブルッケンを倒した強力な技だが、致命傷には至らなかったようだ。


「水術だけでなく、私の雷術も少しは効いているみたいですね」

 手を下し様子を伺う葵。体勢を立て直した玉藻前は、鋭い牙を強くかみ合わせ釣り上がった目を赤く光らせた。


「調子に乗るなよ、人間如きがっ!!」

 後ろ足で地面を蹴り、強襲してくる玉藻前。対する葵は素早く両手で印を結び、念じるように両目を閉じた。


「……『神解かみとき』っ!!」

 葵の目の前で雷光がほとばしる。しかし玉藻前は『貧口どんこう』を呼ばれていた亡者の顔を目の前に召喚すると、葵の術を全て吸い込んでしまった。


「雷術など二度と喰らいたくありません。そろそろお子様には退場していただきましょう。喰らいなさい。『罰蟲ばっこ』!!」

 そう口にすると、玉藻前の前に全長1メートル程のカブトムシのような甲虫がぼんやりと出現した。


 腹部からギュウ、ギュウと不気味な音を立てる巨大な甲虫は、宙を蹴るようにして飛び掛かると葵の胸に角を突きつけ、そのままその小さな体を勢いよく吹き飛ばした。

 数メートル程飛ばされ地面に横たわる葵。彼女は意識を失ったのか、うつ伏せのまま動かない。


「あ、葵っ!!!」

 いつも以上に甲高い声で、茜が悲痛な叫びを上げる。


「刺さりはしませんでしたか。咄嗟に防護術を使用したようですね……。しかし次は確実に串刺しにしますよ」

 玉藻前は長い舌で前足をペロリと舐めると、今一度巨大な甲虫を召喚した。


「ふざけんなよっ!! 串刺しになるのはテメーのほうだ!!」


 茜の背後に無数の水の槍が出現する。玉藻前は「ことことこと」と笑い、燃えさかる尾を大きく膨らませた。

「そんなものは一瞬で蒸発させてあげますよ。『狐炎こえん』!!」


 玉藻前が体を回転させることにより、灼熱の炎が辺りに広がる。茜の放った水の槍は巨大な甲虫の体は貫いたものの、そのほとんどが赤い炎に阻まれ、水蒸気と化してしまった。


 玉藻前が人型の時にも同じ技を見たが、その時とは比べ物にならない程の熱量であった。やはり狐化した玉藻前は、妖力が格段に上がっているらしい。


「まずいぞ、茜!! 今のあいつには水術も効かないかもしれない!」

 修馬が声を上げるも、茜は玉藻前と向き合い一歩も引かない。強大な妖怪を前にして、恐ろしい精神力を持った子供だ。


「水術が火術に負けるわけないだろっ!!」


 通常であれば水術と火術がぶつかれば、水術の方に分がある。そんな道理に反することがあってはならないという気持ちが、茜の中にあったのだと思う。だから彼女は、再び水の槍を出現させた。


「無茶だっ!!」

 茜のことを止めようと、前のめりになる修馬。しかし横にいた伊集院が、すぐにそれを遮った。


「いやよく見ろ! あれはさっきと同じ水魔法じゃない。氷魔法だ」

「氷魔法!?」


 茜の背後に浮かぶ無数の槍。ドライアイスのように白い煙を上げるその槍は、水ではなく氷で形成されているようだった。


「氷術を使おうと同じことです。人間が私の妖力を上回ることは出来ない。滅せよ、『赫狐炎かくこえん』!!」

「黙れ、クソ狐!! 打たれろ、『白雨はくうの刃』!!」


 茜の放った氷の槍と玉藻前の火術が衝突し、大きな爆発が巻き起こる。

 異常な熱気と白煙が上がり玉藻前の姿が隠れてしまったが、茜は攻撃の手を休ませずに次々と氷術を放ち続けた。


「氷に埋もれろ!! ウラァァァァァッ!!!」


 玉藻前のいた場所から真っ白な煙が立ち昇る。夏の暑さはどこかに消え去り、冬山のような凍てつく空気が辺りを覆いつくした。


「ふーっ……。かしこみ……、かしこみもうす」

 術を止めた茜の口からも、白い吐息が漏れる。その小さな体からは、想像も出来ないほど強力な術だった。彼女は体を震わせながら、何度も深呼吸を続ける。


 やがて白煙が晴れていくと、巨大な氷塊が姿を現した。そしてなんと、その氷塊の中には玉藻前が人間の姿で氷漬けになっている。


「……これは、倒したのか?」

 修馬が呟くも、伊集院は眉をひそめ小首を傾げた。


「いや、まだ魔力を感じる。だけど封じることは出来たかもな……」

 伊集院が氷塊に近づいて行くので修馬もその後に続くと、震えていた茜がそれを呼び止めた。


「少し離れた方が良い」

「何でだ?」

「何だか嫌な感じがする」


 茜がそう口にすると、突然どこからともなく掠れるような声が聞こえだした。


「ことことことこと。またしても人間に封じられることになるとは思いませんでしたよ」


 それは玉藻前の声。鼓膜の奥に直接語りかけるような不思議な声であった。そして声はこう続ける。


「あの禍蛇まがへびを制御することが出来るのは私だけでした。タガの外れた禍蛇は人間を根絶やしにし、この世を破滅させるであろう。私を封じたことを心の底から後悔するがいい……」


 それだけ言うと玉藻前の声は聞こえなくなった。妖気が薄れ、張りつめていた空気が温かい風と共に入れ替わっていく。


 そして我に返った茜は、かなり疲労しているにもかかわらずその場から一目散に駆けだした。勿論、倒れている葵の元に向かうためだ。


「おい、しっかりしろ葵!!」

 茜がそう声をかけると、葵は顔を強張らせながら倒れる体をゆっくりと反転させ仰向けになった。


「……玉藻前を倒すところは、一部始終見てましたよ。流石茜ね、潜在的な能力は私以上。我が妹ながら誇り高いわ」

「うるさい! こんな時に褒められても嬉しくない! 葵、死ぬなっ!!」


 大粒の涙を零しながらそう訴える茜。それを見た葵は、脂汗を流しながらも優しく微笑んだ。


「馬鹿ね。茜を残して私が死ぬわけないじゃない。けどちょっとあばら骨が折れてるみたい。修馬さん、申し訳ないですが救急車かお父様を呼んで頂けますか?」


 こくりと頷き、スマートフォンを操作する修馬。市内でも爆発事故があったので、出払っている可能性がある緊急車両を呼ぶよりも。戸隠にいる伊織に連絡した方が良いだろう。


 その後、葵は伊織の運転する車で市内の救急病院に運ばれていった。残った修馬と伊集院は、氷漬けになった玉藻前の前でぼんやりと佇む。


「なあ、伊集院。この氷、溶けたりしないのか?」

「さあな。さっき茜から聞いた話だと、放っておけばそのまま石化するらしいけど、心配か?」


「いや……」

 修馬は首を小さく横に振り、後頭部を手で押さえた。まだ先程受けた闇術あんじゅつの影響で、頭の中が暗い幕で覆われているような感覚が残っている。それも石化すれば解消されるだろうか?


「折角玉藻前を倒したのに、今一つ気持ちが晴れなくてな……」


「それはそうだろ。これで困難が去ったわけではないからな。むしろ戦いが始まるのはこれからだ」

 夕刻の空を見上げる伊集院。赤く染まる空には、渦状の雲が朝方見た時よりもさらに大きく広がっていた。


  ―――第35章に続く。

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