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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第34章―――
208/239

第207話 妖狐

「大丈夫ですか? 広瀬くん、伊集院くん」

 風に乗ってやってきた珠緒は、凛とした佇まいで玉藻前たまものまえと向き合う。


「うん、どうにかね。守屋さんも無事で良かった。ところで友理那は?」

 修馬が尋ねると、珠緒は前を見据えたまま小さく頷いた。


「勿論、友理那さんも来ていますが、玉藻前を倒す強力な光術を使うため、今は隠れて霊力を溜めています。暫しの間、私たちだけで引きつけておかなければなりません」

「時間稼ぎか……。それぐらいなら、どうにかなるかもな」


 気配を探るようにゆっくりと辺りを見渡し、そして玉藻前を睨みつける修馬。あまりにも一方的だった戦局の風向きが、少しだけこちらに傾いたようだ。


「何をごちゃごちゃとお話しているのですか? お猿さんが1匹増えたところで何も変わりはしませんよ。……蔓延せよ、『奈落の闇』!」

 地面に手を添える玉藻前。するとそこから真っ黒な闇が円状に地面を伝っていく。


 足元が闇に浸かってしまい特異体質の伊集院以外は、修馬も珠緒も顔を歪め真っすぐに立てなくなった。闇の毒気は通常の人間にとって非常に不快なのだ。


「ことことこと。闇の領域で遊戯などはいかがでしょう?」

 玉藻前がそう言うと、周りからガシャン、ガシャンと鈍い金属音が鳴り出した。見ると、静かに解体の時を待っていた沢山の廃列車が、明かりも点けずに独りでに動き出している。


「哀れではありますが、自分たちで造り出した文明にすり潰されなさい……」


 亡霊を乗せる列車のように、薄汚れた廃列車が線路の上をゆっくりと走り出す。これが玉藻前の妖力。これだけの質量のものを同時に何台も動かせるとは想像を絶する力だ。


「どうする……?」

 四方に視線を動かす修馬。廃列車はゆっくりとした速度で進んでいるが、嫌な予感が脳裏から離れない。


「どうするもこうするもねえ。こんなもん術者本体を倒せば、それでおしまいだっ!」

 闇に対して耐性がある伊集院は全力で駆けだし、玉藻前とぶつかり合った。


 今は時間稼ぎをすればいいだけなのだが、そんな作戦はお構いなしのようだ。


 しかし闇の毒気に苦しむ修馬には、当然そんな元気があるはずもない。

 よたよたと酔っぱらいのように線路上を移動していると、ゆっくりと走っていた廃列車が、徐々にその速度を増し、修馬と珠緒に襲い掛かってきた。


 横から突っ込んでくる青とベージュの客車両。

 上手く足が動かず立ち尽くしていると、不意に珠緒に首根っこを掴まれ横に押し倒された。ぎりぎりで衝突を免れる修馬。だがすぐに今度は先頭に『あずさ』と書かれた列車が突っ込んできた。


「『旋疾風つむじはやて』っ!!」

 修馬を抱きかかえる珠緒は、螺旋状に体を回転させながら、風の力で飛ぶように車両を避ける。かなりの速度で走っていたあずさは逆方向から来た別の廃車両と正面からぶつかり、爆音を鳴り響かせた。


「あ、ありがとう! 守屋さん」

 一度足をついた修馬と珠緒だったが、廃車両はまたすぐにやってくる。


 今度はこちらが守る番とばかりの修馬は脳内に覆う闇の毒気を振り払い、珠緒を抱えたまま涼風の双剣を召喚して車両センター内を滑空した。


 広大な敷地内で縦横無尽に張り巡らされた線路の上を、幾つもの廃列車が時速100kmはあろうかという速度で走り、そして次々と衝突していく。


 力を振り絞りどうにか衝突を免れる修馬。最後に『はつかり』と先頭に書かれた列車が曲がったレールによって脱線すると、全ての廃列車が動かない状態になった。辺りは文字通り鉄道車両の墓場の様相を呈している。


「どうにかやり過ごせたか……」

 涼風の双剣の風を緩め、珠緒を抱えたまま地面にへたり込む修馬。頬を赤く染めた珠緒は密着した状態で天を仰ぐ。2人の頭上では、伊集院と玉藻前が空中戦を繰り広げていた。


 加勢しなくてはと思い腰を上げるも、上手く立ち上がることが出来ない。疲労と未だに広がる闇の領域のせいで体が言うことを聞かないのだ。


「そろそろ時は満ちたようじゃな……」

「尊き光よ、悪しき闇を燦然と照らさん」


 近くにいたタケミナカタとオモイノカネが、祈るようにかしこまり共に背筋を伸ばす。

 すると車両センター内にある大きな車庫の屋根の上から、眩い光が溢れた。そこには円形の鏡を持った友理那が立っている。


「闇を剥ぎ取れ、『貴神むちのかみの閃光』!!」


 友理那の持つ鏡から、周辺一帯を真っ白に染める閃光が放たれた。

 暖かな光が辺りを浄化する。車両センター内を覆いつくしていた闇の領域は、それを受けると溶けるように消えていった。空中で戦っていた玉藻前も、苦し気に顔を歪め地面に下りてくる。


 今が攻め時だ。

 闇の毒気から解放された修馬は、涼風の双剣で風を噴出しつつ線路上を駆け抜けた。横倒しになっている幾つもの廃車両を避けつつ玉藻前の元に接近すると、今度は天之羽々斬あめのはばきりを召喚し、走ってきた勢いそのままに袈裟懸けに斬り下した。


 体が真っ二つになる玉藻前。

 断末魔を上げることも無く、玉藻前は地面に崩れた。そして割れた体はどす黒い液状に変化すると、そのまま地面の中に吸い込まれていく。


「倒した……のか?」

 血振りをした修馬は、強張った顔のまま確認する。


「いえ、玉藻前の気配は死んでません。むしろその瘴気しょうきは……」

 珠緒がそう言いかけている途中で、車両センターの中央で大爆発が起きた。爆音と共に真っ赤な火球が発生し、周辺の廃車両はゴロリと反転する。


 咄嗟に出現させた闇夜の盾のおかげで、難を逃れることが出来た修馬。他の3人もどうにか爆発の直撃は受けずに済んだようだが、火球の出現した位置には大きな黒煙が上がっていた。爆発の大きさを物語る、きのこ型の巨大な黒煙。


「……全く面倒なことになりましたね」

 黒煙が晴れてくると、火球と思われていたものが赤く燃える巨大な狐だということがわかった。恐らくあれこそが玉藻前の真の姿。


「とうとう尻尾を現したな。そろそろ決着を着けてやる!」

 体を震わせながらも、天之羽々斬あめのはばきりの切っ先を正面に向け堂々と啖呵を切る修馬。


「……決着ですか? 私もそのつもりでしたが、これ以上は時間の無駄のようです」

 狐に変化した玉藻前は突き出た長い口を笑うように少し開くと、突然その場から天高く飛び上がった。修馬たちも合わせて空を見上げる。


「どういうことだっ!?」

「あなたたちを呼び寄せて天之羽々斬あめのはばきりを破壊するつもりでしたが、どうやらあなたが持っているのはその本体ではないということに気づきました。つまり天之羽々斬(あめのはばきり)は別の場所に存在する……」


 顔が青褪める修馬は、天に向かって大きく叫んだ。

「ちょっと待てっ!!!」


「ことことことことっ。図星だったようですね。……では、またいずれ」

 そう言うと、玉藻前は薄っすらとした黒い煙だけを残し、その場から綺麗に姿を消してしまった。辺りを支配していた瘴気も、徐々に薄れていく。


「テケテケテケッ。玉藻前は戸隠に向かったようですね。追いかけますよ」

 奇妙に笑うオモイノカネの言葉を受け、空を浮遊いていた伊集院が線路の上に下り立った。


「当たり前だ! 行くぞ、修馬!!」

「お、おう! けど、ちょっと待って!」


 修馬は惨憺さんたんたる状況の車両センターを見渡した。いつの間にか屋根の上から下りていた友理那が、力尽きたかのように座り込んでいる。光属性魔法は内なる魔力であるオドの消耗が激しいのだ。


「俺たち2人で玉藻前を追いかけるから、守屋さんは友理那のことを頼む!!」


 修馬は強い口調で言うと、伊集院に抱えられ天高く飛んでいった。

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