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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第34章―――
207/239

第206話 列車墓場

 伊集院に抱えられた修馬は、新幹線の高架の上を滑空していく。追ってくる玉藻前たまものまえに対し修馬は流水の剣『白線』で迎撃を繰り返すが、亡霊のように瞬間的に姿を消す玉藻前にはどうして当たることが出来なかった。


「追いかけっこにも飽きましたので、この辺りで止めにしましょうか……」

 そう呟き、巨大な蝶を出現させる玉藻前。その蝶は変則的に上下しながら線路の上を飛んでいくと、ジリジリと音を立てながら修馬たちを追い越し、そして腹を赤く膨れ上がらせた。


 これは先ほど天之羽々斬あめのはばきりの先端を砕いた、爆発属性の召喚術。

 まずい。と思ったのは修馬だけではない。伊集院は進行を止め、すぐに前方に向かって魔法障壁を張った。修馬も闇夜の盾を召喚し、爆発に備える。


「『蝶々発破ちょうちょうはっぱ』!!」

 急激な耳鳴りがし、目の前が真っ赤に弾け飛ぶ。

 魔法障壁などのおかげで爆発の直撃は免れたものの、爆風に巻き込まれた修馬と伊集院は壁面を飛び越え、高架の下に投げ出されてしまった。


「伊集院! しっかりしろっ!!」

 修馬は落下しながら声を上げたが、伊集院からの返答はない。意識を失っているようだ。


 高架はかなりの高さがある。ここから地面に叩きつけられては、無事では済まないだろう。

 修馬は意識のない伊集院を片腕で抱えこむと、もう片方の手だけで涼風の双剣を召喚し風を吹かせどうにかゆっくりと着地した。


 助かったことによる気の緩みと疲労で、軽く立ち眩みを起こす修馬。

「こ、ここは……?」


 ふらふらと頭を動かしながら辺りを見渡すと、だだっ広い敷地には何本もの線路が敷かれ、そこには明かりの消えた鉄道車両が何台も並んでいた。どうやら鉄道車両の基地のようなところに辿り着いたようだ。


「ようやく死に場所が決まりましたね」

 姿勢を真っすぐに上空から降臨してくる玉藻前。思わず緊張の糸が途切れてしまっていたが、状況は何一つとして改善されていない。


「おいっ、起きろ!! 殺されるぞ!!」

 大きく揺さぶっても、伊集院は一向に目を覚まさなかった。困った修馬は玩具の銃、『エアーブラスター』を召喚し伊集院の眉間に向けて引き金を引く。


「いってぇっ!!!」

 目が覚めると同時に殴り掛かってくる伊集院。修馬は咄嗟に屈みその攻撃を避けた。


「あぶねぇ!!」

「おお、修馬か。すまん」


「いや、違う。危ないのはお前だ!」

 殴り掛かってこられたから危ないと言ったのではない。しゃがんでいる修馬の目には、刀を掲げている玉藻前の姿が映っていたのだ。


「うおっ!?!?」

 伊集院も身を屈め、妖刀『迷わし』による初太刀を見事にかわす。続けてくる二の太刀は、修馬が王宮騎士団の剣を召喚し弾き返した。


「……中々死んでくれないのですね。平素温厚な私も、流石に苛立って参りました」

 玉藻前の怒りを表すように、彼女の持つ妖刀『迷わし』が赤き炎で包まれだした。眩い光で目がちかちかしてしまう。


 助走のない状態から飛び出し、一気に距離を詰めてくる玉藻前。修馬は同じ妖刀『迷わし』で攻撃をいなしながら後退しつつ、流水の剣『白線』を何度も放った。しかし振り子のように左右に揺れながら前進してくる玉藻前にはかすりもしない。


 その時突然、辺り一帯に濃い水蒸気のようなもので包まれ出した。これは水属性の魔法か?


「『大渦潮メイルシュトローム』!!」

 伊集院が腕をぐるりと天に向かって一周させると、その水蒸気は渦となって回転し、外側に向かって大きく膨らみやがて霞のように消えていった。


 ずぶ濡れになった玉藻前はその場で立ち止まり、伊集院を恨めしく睨んでいる。だが当の伊集院は、余裕を見せるように不敵な笑みを浮かべた。


「よく見たらここは『鉄道車両の墓場』じゃねぇか。ここなら思う存分戦えるぜ」

 伊集院の言葉に、修馬は首を傾げる。


「鉄道車両の墓場?」

「ああ、知らないのか? ここは解体予定の廃車両が集まる長野総合車両センター。通称鉄道車両の墓場と呼ばれる場所だよ」

「ただの車両基地じゃないのか……」


 どちらにせよ、見たところ人の気配はなく広さも充分にある。伊集院の言う通り、戦うにはうってつけの場所だ。


「墓場? わざわざ墓場を自分たちの死に場所に選ぶとは、入らぬ手間が省けそうですね」

 玉藻前は「ことことこと」と嘲笑う。


「馬鹿がっ!! ここはテメェの墓場なんだよ! 喰らえ、『液状の槍リキッドパルチザン』ッ!!」

 水で出来た槍状のものが伊集院の背後に幾つも浮かび上がり、そして勢いよく前に飛んでいく。


「消し飛びなさい……『狐炎こえん』」

 迎え撃つ玉藻前が体を横に一回転させると、燃える尻尾が大きく弧を描き巨大な炎の壁を発生させた。ぶつかった伊集院の水術は、それに呑まれ全てが焼けるように溶けてしまう。


 続けて修馬も妖刀『迷わし』で攻撃を仕掛ける。片手で刀を操る玉藻前は舞うように2人の攻撃を弾き、そして反撃を繰り返した。一撃でも入れば優位に戦いを運べるのだが、この相手には一太刀すらも与えることが出来ない。


「ことことことっ。『黒狐炎こっこえん』!」

 先程の火術に似た技を放つ玉藻前。ただその炎はどす黒く、闇属性特有の不快な気配が感じられた。修馬と伊集院はその場から跳び退き、その術をかわす。


 否が応でも夏の日差しが降り注ぐこの場所は、玉藻前の炎術による熱も加わりかなりの高温に包まれた。額から流れる大量の汗を手で拭うと、不意にどこからともなくタケミナカタがその姿を現した。


「小僧よ、中々苦戦している様子じゃな」

「ああ、ご覧の通りだよ。どうすればいいと思う?」


 期待はしてないが、念のため助言を求める修馬。タケミナカタは唸りながら腕を組み、伊集院の方に顔を動かす。合わせて修馬も視線を向けると、彼の背後にもオモイノカネが現れていた。オモイノカネは空を仰ぎ、虚ろげにため息を漏らす。


「うむ。闇や光の類は、我ら神でも厄介な術。……しかし、良い風も吹いておるぞ」


 良い風……?

 それは何の比喩かと思ったが、次の瞬間、突如修馬と玉藻前の間に強い風が吹き抜けた。


「……届け、『天津風あまつかぜ』っ!!」


 清らかで勢いのある強風が斜め上空から吹き注ぐ。そしてそれを受けた玉藻前は、表情を歪めその場から跳び退いた。

「な、何者だっ!?」


「これ以上の狼藉は許しません!」

 その疾風と共に颯爽と現れたのは、市役所に行っていたはずの守屋珠緒だった。

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