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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第34章―――
206/239

第205話 炎上する車両

 回転する赤色灯と共に、あちこちから響いてくる不安を煽るようなサイレンの音。飛翔魔法で空に浮かぶ伊集院と彼に抱えられる修馬は、強い風を受けながら長野の市街地を見下ろしていた。


「……とりあえずは大丈夫みたいだな」

 伊集院のその言葉に修馬は無言で頷いた。2人の視界の先には、長野市役所の白い庁舎が見えている。長野県庁からは黒煙が上がり炎上していたが、こちらは今のところ被害が及んでいる様子はない。


「けど玉藻前たまものまえの奴、どこに行ったんだ? 確かにこっちの方角に飛んでいったよな」

 長野県庁から東南東に向かって飛んでいった玉藻前を追い長野市役所上空までやって来たのだが、目の届く範囲にその姿は見当たらない。


「仕方ない。一旦、地上に下りてみるか」

 伊集院がそう提案すると、突然どこからか大きな炸裂音が鳴り響いた。驚いて身をすくめる2人。


 何が起きたのかと、修馬は空の上から市役所を見下ろす。だがそこでは何も起きていない。


「違う! あっちだ!!」

 伊集院が声を上げる。それに合わせて修馬も視線を移すと、背後にある新幹線の高架から白い煙が上がっていた。


「う、嘘だろ? 新幹線が!?」

 しかも煙が上がっているどころの話ではない。高架の壁面が大きく崩れ、そこから脱線したであろう新幹線の先頭車両がはみ出してしまっていた。これは重大な鉄道事故。


「これもあいつの仕業かっ!! 行くぞ、修馬!」

「ああ!」


 風を切り空を滑空する伊集院。やがて近づいてきた高架の上には、ジグザクに折れ曲がり横転や上下がひっくり返っている新幹線の車両があった。そしてその車両の上には、赤々と燃える尾を持った玉藻前が刀を片手に立ち尽くしている。


「待っていました、禍蛇まがへびに仇なすものたちよ。この私を止めに来たのでしょうが、少し遅かったようですね」

 そう言って、「ことことこと」と笑う玉藻前。新幹線の1両目と2両目の連結部からは白煙が上がり、千切れた架線からはバチバチと火花が散っている。これだけの重量のものをどうやって脱線させたのかはわからないが、玉藻前の持つ妖力は正直計り知れない。


 高架の上、ひしゃげた線路の脇に下り立つ修馬と伊集院。

 強い風が吹く中しばし睨み合うと、風が止んだ瞬間、伊集院は地面を蹴り高く飛び上がった。


「輪廻の如く流れ、天地を潤す水の精霊よ、その無尽蔵に溢れる湧水で全てを浄化し給え! 『水の刃アクアブレードッ』!!」

 両腕を後ろから前に振る伊集院。するとそこから2本の魔法の刃が飛び出し、玉藻前に襲い掛かった。


「……呑み込みなさい、『貪口どんこう』」

 しかし対する玉藻前がそう呟くと、彼女の目の前に大きく口を開いた巨大な亡者の顔が出現し、伊集院の魔法攻撃をゴクリと飲み込んでしまった。


 今のを見る限り、魔法よりも直接攻撃の方が分があるのかもしれない。

 出遅れた修馬も涼風すずかぜの双剣を召喚し、新幹線の上に飛び上がる。車両の端と端の距離で対峙すると、巨大な亡者の顔が冷酷な視線をこちらに浴びせてきたが、修馬は怯むことなく車両の上を駆けた。


 左の短剣で亡者の巨大な顔を斬り裂きつつ、右の短剣で玉藻前の斬り上げる。亡者は呻き声を上げ消えていったが、玉藻前への攻撃は彼女の持つ妖刀『迷わし』によって防がれてしまった。


「玉藻前……。お前は人間を適正な数まで減らすとか言っていたな?」

 鍔迫り合いをしながら修馬が問う。


「それは私の目的だけではありませんよ。禍蛇がこの世に現れるということは、そうなる宿命なのだということです。つまりこれは、この世の理。まあ、己のことしか考えることが出来ない人間たちには、到底理解出来ませんでしょうが」


「ふざけるなっ!!」

 修馬は涼風の双剣を投げ捨てると、すぐに天之羽々斬(あめのはばきり)を召喚し全力で突きを放った。


 ゾッと音が鳴る。修馬の放ったその攻撃は、玉藻前の腹部に刺さり背中まで貫通していた。玉藻前は血の滲む腹部を見つめ痛みを耐えるように「ぐぅ……」と唸る。


「これが天之羽々斬(あめのはばきり)ですか……。果たしてこのような武具で禍蛇を討つことが出来るのか懐疑的ではありますが、不安の種は念のため消しておきましょうか」


 不穏な空気を醸し出しながら、両手に力を込める玉藻前。すると剣の突き刺さった腹の前に、美しい羽を持つ大きな蝶が出現した。そして蝶はジリジリと音を立てながら、天之羽々斬(あめのはばきり)の剣身にぴたりととまる。


「滅せよ、『蝶々発破ちょうちょうはっぱ』!」


 玉藻前が声を上げると蝶の腹が赤く膨れ上がり、爆音を起こしてその場で弾け飛んだ。

 強い衝撃が剣を伝い腕に響いてくる。修馬の体に影響はなかったが、慌てて己の武器である天之羽々斬(あめのはばきり)に目をやると、少しだけ先端部分が折れてしまっていた。


「ことことこと。並みの剣ならば粉々に消し飛んでいるところですが、素晴らしい強度。天之羽々斬(あめのはばきり)の名は伊達じゃないのですね」

 嘲る玉藻前。修馬は折れた切先を前に向け、強く前を睨みつけた。


「当たり前だ、伊織さんが鍛造した剣だぞ!」

「でも、折れた剣では戦えないでしょうに」

 玉藻前はそう言って笑った。彼女は知らないのだ。修馬の武器召喚術について。


「……そうでもないさ」

 折れてしまった天之羽々斬(あめのはばきり)を投げ捨てる修馬。玉藻前がそれに目を取られている隙に、今一度天之羽々斬(あめのはばきり)を召喚した。この術は改めて召喚し直せば、新しいものへと変化するのだ。


「その妖術は一体?」

 眉をひそめる玉藻前。


「妖術じゃねぇよ!!」

 天之羽々斬(あめのはばきり)を構え逆袈裟に斬り上げる修馬。不意をついた攻撃だったが、玉藻前は風に乗ってひらりと回転すると華麗にそれを避けた。


 だがそれに続けて伊集院も攻撃を仕掛ける。先程同様2本の水で出来た刃が襲い掛かるが、それは彼女の持つ妖刀『迷わし』の一振りで共にかき消された。


「小賢しい猿共め。妖刀の錆にしてくれる!」

 修馬の目の前で玉藻前は姿を消した。


 しかしそれに慌てることなく集中力を高める修馬。そう遠くには行かないはずだ。鼻から息を吸い込むと、焦げ臭い臭気と共に微かに獣の臭いが漂っている。


「そこかっ!!」

 修馬は天之羽々斬(あめのはばきり)を強く振り払った。するとその先に隠れていたであろう玉藻前が出現し、刀で修馬の攻撃を防いだ。ガキーンという甲高い音が鳴り響く。


 そして忘れてはいけないのが、玉藻前の持つ妖刀『迷わし』の剣撃は常に二段構えだということ。攻撃を防いだ後の彼女の二の太刀は、修馬の右手首を僅かに斬り裂いた。鮮血が宙にほとばしる。


 目を爛々と光らせる玉藻前はそのまま刀を縦に振り被ると、力強く振り下ろした。それを修馬は、剣の腹でどうにか受け止める。

 かなりの剛腕のため初太刀を防ぐので精一杯だったが、二の太刀は伊集院が水で出来た魔法の刃で弾き返した。


わりい!!」

「油断するな! 追撃がくるぞ!!」


 妖刀『迷わし』を片手で振るいながら攻め続ける玉藻前。修馬と伊集院は2人いながらもその攻撃を防ぐことが精一杯で、ただ一方的に押されていた。


「だったら、目には目をだ……。出でよ、妖刀『迷わし』!!」

 天之羽々斬(あめのはばきり)を手放し、玉藻前の武器を召喚する修馬。そして玉藻前の二段攻撃を、同じ刀で次々と弾き返す。


「これはどういうことでしょうか……? 妖刀『迷わし』は、この現世うつしよにただ一振り。全く持って忌々しい術を使う人間ですね」


 玉藻前は少しだけ表情を歪めると、虚ろげに吐息を漏らし瞼を閉じた。


 するとどうだろう。玉藻前を中心に足元に黒い影のようなものが広がっていき、脱線する新幹線と線路を闇の膜で覆ってしまった。これは玉藻前の放つ闇の領域。


 修馬は闇の毒気に触れ、堪らずに跪いた。

「くそっ!! 鬱陶しい技だな……」


「ことことことこと。闇術あんじゅつがお嫌いのようですね。ならばこれでも喰らいなさい。『闇凍やみこごえ』」

 闇と共に強力な冷気を放ってくる玉藻前。


 虫唾が走る程の嫌な寒気を感じ身をすくめたが、その妖術は修馬のところまでは届かなかった。伊集院が魔法障壁を張り術から守ってくれていたからだ。


「大妖怪と呼ばれている割に、ちゃちな魔法を使ってくるんだな」

 玉藻前の闇術を防いだ伊集院は、魔法障壁を閉じるとそう言って煽った。魔法の力では自分の方が格上だとでも言わんばかりに。


「……ならば刀の相手でもして貰いましょう。妖刀『迷わし』よ、目の前のお猿さんをずたずたに切り刻みなさい!」


 片手で持った妖刀『迷わし』振り被る玉藻前。強気な態度だった伊集院だが、その攻撃を避けるとそのまま飛翔魔法で後方に飛んだ。そして途中で修馬を抱え、更にそこから身を退く。


「逃げるつもりか? 伊集院」

 抱えられたまま修馬が尋ねると、伊集院は「一旦場所を移動させよう。まだ新幹線の中に生存者が大勢いるはず。ここで闇を広げるのは得策じゃない」と小声で伝えてきた。


 伊集院は修馬を抱えたまま、新幹線の高架を北長野方面に滑空する。細い釣り目を光らせる玉藻前も、喜色を浮かべながらその後を追ってきた。


「ことことこと。逃がしはせぬ……」

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