第199話 戦争の幕引き
剣聖エンリコ・ヴァルトリオを倒したことで、城下町に轟くような歓声が起きた。
疲れ切っているはずの兵士たちだが、そんなもの吹き飛んでしまったかのように皆武器を掲げ喜びを噛みしめている。アルフォンテ王国軍も、共和国騎兵旅団も、虹の反乱軍も。
投降した憲兵団たちは縄で縛られたまま、涙を流していた。可哀そうではあるが、これが戦争というものだ。綺麗ごとばかり言っていては、国家間の争いなんていつまで経っても解決出来やしない。
修馬はエンリコの腹に刺さった王宮騎士団の剣を引き抜いた。体には何の反応も無い。すでに息絶えたようだ。
その剣をそっと地面に置くと、自然と大きなため息が出た。
後は皇帝に降伏させれば、戦争は終わり。これ以上、人間同士で殺し合う必要はないのだ。
「シューマ、行こうか」
「……わかった」
疲れ果てた修馬は、もうそのまま座り込んでしまいたかったが、ココに促され凱旋橋のたもとに移動する。そこには伊集院とマリアンナ、そしてアーシャたちが待っていた。
仲間たちは労うように背中にグーパンチを喰らわせてくる。最初に伊集院の奴がそれをやってくるから、結果的に全員がそういうものなのかとそれを真似て殴ってきたのだ。今は体中が痛過ぎて、殴られても何の感覚も無い。
そして振り返った修馬は、集まった兵士たちを前に姿勢を正す。
「『剣聖』は討ち取った。この戦いは俺たちの勝利……」
そう口にすると、再び周りから勝鬨が上がった。歓声の中に修馬を英雄だと呼ぶ声が響くと、皆次々と「英雄」という言葉を連呼しだした。
称賛の声が辺りに響き渡る。
誉められれば、当然誰だって嬉しいはず。だがそれに反し、修馬は大きな声を上げその声援を打ち消した。
「だから、聞いて欲しいんだっ!!!」
その時修馬は、自分でも気づかない内に涙を零していた。
東西ストリーク国とベルクルス公国、そしてグローディウス帝国。幾つもの国で戦争を体験してきた修馬だったが、争いが終わったここにきて、ようやくその恐ろしさや罪深さを肌で感じ取っていた。
あまり意識はしていないのだが、後から後から涙の粒があふれ出してくる。
そんな修馬の様子を見た兵士たちは、困惑したように言葉を失ってしまった。
「俺は戦争に勝ちたいわけでも、こんな結末を望んだわけじゃない。けど、どうしても勝たなければいけなかったんだ。それが俺たちの目的だったから……」
乾いた風の音だけが、破壊された町に小さく聞こえる。
修馬たちが帝国に来た本来の目的は、戦争を止めること。しかし国同士のいさかいを、個人レベルで防ぐことなど最初から無理があったのかもしれない。
「戦うことなんて簡単なんだ。本当に難しいのは平和を築き、それを維持すること。先陣で戦っていた俺がこんなこと言う権利なんてないのかもしれないけど、戦争で死んでしまった人たちのためにも、生き残った人たちでどうか新しい国を……、新しい世界を作って欲しい」
支離滅裂で、途中何を言って良いのかわからなくなってしまった修馬。
それを聞いていた兵士たちも、突然のことにどう反応すればいいのかわからない様子だったが、しばらくすると城門の中からパチパチと手を叩く音が聞こえてきた。
「……立派な演説だな。心が揺さぶられるようだ」
無感情な声でそう言って現れたのは、凍らずの港で出会った帝国近衛隊副長のリクドーと呼ばれた男だった。
「リクドーッ!? 性懲りもなく、また現れやがったのか!」
伊集院に言われるが、リクドーは振り返りもせずに凱旋橋を渡り、修馬の近くに歩み寄ってくる。
色めき出す兵士たち。
そう戦意を失っていた修馬は警戒しつつ待ち構えていたが、彼の口から発せられた言葉は意外なものだった。
「我らが隊長である『剣聖』を討ち倒すとは、大したものだな。……ついてこい。皇帝陛下のところへ連れて行ってやる」
上手く理解出来ずに、脳内でその言葉を何度も反芻する修馬。
「えっ? お前が案内してくれるのか?」
「そうだ。何か問題でもあるのか?」
「いや、意外だったから少し驚いただけだ。よろしく頼む」
それを聞くと、リクドーはすぐに振り返り城門に向かって歩いていった。
後についていく修馬。だが思うところあって、すぐに踵を返した。そしてシャンディの傍らに小走りで駆けていく。
「シャンディさん。皇帝のところへは、俺たちだけで行っても良いですか?」
そう質問したのだが、シャンディの顔は明るくない。修馬たちが皇帝と話をつけるのは、筋が違うというものだからだ。
「駄目だ、と言いたいところだが、別に構わぬ。シューマはこの世界の平和について、誰よりも真剣に考えてくれているようだからな。それに私が行くよりも角が立たなくて良いかもしれない。ミルフォード卿も、それでよろしいか?」
名を呼ばれたミルフォードの眉間に、深い皺が寄る。細い糸目が更に細くなった。
「一つ聞きたいが、お前たちはここにきて皇帝の首を取らないつもりだな?」
「ああ、戦争はもう終わったんだ。反乱軍やあんたらには悪いけど、皇帝の首を取るつもりは毛頭ない」
修馬の言葉を聞き、一瞬だけ目を開いたミルフォードだったが、「そうか……」と呟き、すぐにまたいつもの糸目に戻った。
「敵将の首を取らずに戦を終わらせるとは全く理解し難いが、あたしたちはシューマのことなら信じられる。お前の好きなようにやればいいさ」
ミルフォードの代わりにそう言ってきたのは、反乱軍のアーシャだった。
彼女がそう言って笑うと、ミルフォードはしばし俯き、そして真っすぐに顔を上げた。
「……マリアンナ副長。彼らのことを頼んだ」
「勿論です。ミルフォード団長」
マリアンナはかつての上官に深くお辞儀をし、修馬たちと顔を見合わせた。
これで彼らとの道義は通した。後は皇帝と話をつけるだけ。
若干苛ついた様子のリクドーが、歯ぎしりをして振り返る。
「陛下がお待ちになっている。さっさと行くぞ」
「わかった。すぐに行く」
修馬は伊集院、ココ、マリアンナを引き連れ、リクドーの後を追い大きな城門を潜った。