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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第1章―――
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第1話 まどろみの草原

 眠りに落ちた瞬間、間髪入れずに脳が覚醒した。感覚的にはそんな感じ。実際にそうなったのかどうかは良くわからないが、俺、広瀬修馬は確かにそう感じていた。


 だが目が覚めてしまったことは問題じゃないんだ。俺は、深夜1時に間違いなく自宅のベッドの上で眠りにつき、そしてすぐに目が覚めた。とりあえずここまではいい。しかし、困ったのはここからだ。まぶたが開いた瞬間、何故か俺は陽だまりの匂いがする草むらの中に横たわっていたのだ。


「えっ?」

 思わず声が漏れる。はっきりと目が覚めたので、これが夢ではないことは理解できたが、あまりにも非現実的な状況で夢と考えた方がむしろ自然に思えた。


 突然の瞬間移動?

 恐る恐る上半身を起こす。草原の中に吹く緩やかな風が、髪の毛をさらさらと揺らした。朝の公園のような爽やかな空気。


 ここは何処なんだ? しかも時間がおかしい。いきなり、夜が明けたとでも言うのだろうか?

 眩しい日の光に目を細め、修馬はゆっくりと辺りを見回した。だがそこには手つかずの自然が広がっているだけで、文明の欠片も見つけることができない。俺の住んでるところはまあまあの田舎だが、ここまで色気のない土地では断じてない。俺の身に一体何が起きているのか? ここは正に、試される大地。


 誰もいない草原の中、不安な気持ちを抑え修馬はおずおずと立ち上がった。

 何か心もとない。ふと己の体に目をやったその時、ようやく自分が何も身に着けていないということに気付いた。


「うおっ! 生まれたての格好っ!?」

 修馬は慌てて前を手で隠した。着ていた下着と寝巻はどこへいってしまったのか?


 涼やかな風が素肌を撫でていく。前屈みの状態で、修馬は左右を確認した。しかしここはやはり誰もいない大自然の中。陰部を隠したところで、どんな意味があるのだろう?


 修馬は前を隠していた手をどかし、背筋を真っすぐに伸ばしてみた。ここは禁断の果実が食べられる以前のエデンの園。もしかすると俺は、たった今、新しい世界に産み落とされたのではないだろうか? この世界の常識が裸なら、俺はそれに順応するとしよう。グッバイ、今までの常識。ウェルカム、新しい自分。


 裸で外を歩くのって、何だか気持ちいいかも。陰茎を揺らしながら野人の如く裸足で草むらを歩く修馬。空は晴れ渡り、何処からか小鳥のさえずりが聞こえてきた。こんなにも清々しい朝は本当に久しぶりだ。


 しかし一体何の鳥だろう? 鳴き声で種類が判別できるほど鳥の知識に精通していない修馬だったが、のどかな雰囲気に誘われ何となく耳を澄ましてみた。


 ピピピピピッとか、チッチッチッチッチッとか、うまく表現できないような鳴き声とか、色んな鳥の声が聞こえる中、それに紛れて微かに人の声のようなものが何処からか聞こえてきた。これは第1村人発見イベントか?


 右方向に目をやるとそこには林が広がっていて、人の声はどうもその奥から聞こえてくるようだ。修馬は己が裸だということも忘れて、獣のようにその林に近づいて行った。


 声は徐々に近くなる。これは若い女の声だ。木々の隙間から、そっと奥を覗き込んでみる。


 空気感が変わった。

 涼やかな風が流れるその場所は、とても森閑しんかんとした空間だった。青く透き通る小さな泉。振り降りてくる透明な木漏れ日は、水面に映り込みきらきらと輝いている。絵葉書を切り取ったかのような幻想的な景色。

 その美しい風景に息を飲んだその時、泉のほとりに若い女が立っているのを確認した。しかも全裸で。


 慌てて目を反らす修馬。しかし待て、よくよく考えたら自分自身も全裸ではないか。そうだ、ここは地上の楽園。やはり全裸こそが正義なのだ。怒れる下半身を抑えつつ、修馬は勇気を振り絞って林の中に足を踏み入れた。これは1人の人間にとっては小さな1歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である。という初めて月面に降り立った宇宙飛行士の言葉を思い出しながら。


 栗色の髪、大きな丸い目。キョトンとしたタヌキ顔。近づいてからようやく気付いたのだが、その女はかなりレベルの高い美少女であることが判明した。この世界の神様、マジ感謝。


 タヌキ顔の美少女は腕で胸を隠し背中を向けると、泉の中に片足をつけた。中に入るようだ。


 若い女が泉で水浴び? まさかこんなところで入水自殺とかじゃないよな?

 こちらの存在が気付かれていないのを良いことに、修馬は息を殺してそれを見守った。こんな幸運を手放すわけにはいかないんだ。

 すると、腰の下まで水に浸かったタヌキ顔の美少女が「やっぱり。マナが枯渇こかつしてる……」と呟いた。


 枯渇? それは水が枯れてしまっていることを指す言葉だ。美しく湛えられたこの泉の、どこが枯渇しているというのだろう。そんな疑問を浮かべていると、不意に頭上からバタバタバタッという大きな音が鳴り響いた。


 慌てて頭を押さえる修馬。見ると、大きな鳥が泉の上を羽ばたいていくところだった。

 何だ鳥か。焦らせやがって……。そう思い視線を戻す修馬。するとあろうことか、泉の中立つタヌキ顔の美少女が、口を半開きにしてこちらを凝視していた。ぶつかり合う緊張の視線。震える空気。


 逃げ出したい気分でいっぱいだったが、ここは裸が正装の世界。俺がアダムで、彼女がイブ。意を決した修馬は、紳士的な下半身を見せつけるように林の中に颯爽と躍り出た。


「やあ、水浴びかい?」

 そう聞いたのだが、返事はない。タヌキ顔の美少女は呆気に取られた表情で、視線を左に動かす。対面にいた修馬もそれに合わせて視線を右に動かしたのだが、何とそこには1頭の白馬と、金色の髪を持つモデル体型の女が立っていた。


 驚いた修馬が1歩後ずさる。

「何だ、その格好は!?」

 モデル体型の女は露出度の高い女性用の甲冑のようなものを身に着けている。女戦士のコスプレ? 裸の世界じゃないのか?


「人の格好をとやかく言えるのか貴様は!?」

 モデル体型の女戦士は腰に帯びていた剣を抜くと、有無も言わさず修馬に襲いかかって来た。


「う、嘘でしょっ!!」

 思わず目を瞑った瞬間、辺りに金属音が響いた。痛みは感じないが、腕には骨に響くような痺れがある。腕を斬られたのではないだろうか?

 ためらいがちに瞼を開くと、修馬はいつの間にか大きな剣を手にしていて、その白い刀身で女戦士の剣撃を見事受けとめていた。


「ちょっと待って、マリアンナ! 彼も沐浴もくよくに来ただけなのかもしれないわ」泉の中からタヌキ顔の美少女が助け船を出す。


「お言葉ですがユリナ様、この泉の周辺は神事を取り行うヴィヴィアンティーヌ家の聖域。このような賊を放置しておくわけにはいきません。それにこの男の持っている剣は……」

 刃が接触した状態で競り合いながら、マリアンナと呼ばれた女戦士は不快に顔をしかめた。


「あら、それは『王宮騎士団の剣』? 何故あなたがマリアンナと同じ剣を持っているのかしら?」

 ユリナと呼ばれたタヌキ顔の美少女は泉から出ると、側に置いてある服に袖を通した。やはり全裸が正装の世界と言うのは、誤った認識だったようだ。地上の楽園なんてこの世にはない。急に恥ずかしくなったが、今はそれどころではなかった。


「ビビアンティーヌ? 王宮騎士団? ここは一体何処なんだよっ!!」

 溜まりに溜まった理不尽な気持ちを一気に爆発させたが、対する女戦士は力尽くで剣を弾いてきた。修馬は尻を丸出しにしてひっくり返ると、そのままうつぶせになって地面に倒れた。


「丸腰に見えたが、いつ剣を抜いたのか?」

 女戦士は倒れる修馬を押さえつけながら傍らに腰を下ろし、剣をまじまじと見つめた。

「ふむ。柄頭の部分にヴィヴィアンティーヌ家の紋章が刻まれている。やはりこれは王宮騎士団の剣で間違いない」


 女戦士は修馬の持つ剣を取りあげた。するとどうだろう? その剣は泡のように消えてなくなってしまった。もう何が何だかわからない。


「貴様、剣を何処に隠した?」

 女戦士は得体のしれないおぞましいものを見るような目で修馬を見下し、そして首元に剣を突きつけた。我が命、もはやこれまでか?


「マリアンナ、およしなさい。ここは聖域ですよ。それにヴィヴィアンティーヌ家の紋章が入った剣を持った者を打ち首にはできないでしょう」

 タヌキ顔の美少女にそう言われると、女戦士は剣を下げそのまま鞘の中に納めた。

「確かに、ユリナ様のおっしゃる通り。しかしは何故この者が、王宮騎士団の剣を持っていたのか? 近年、剣が盗まれたなどという話は、私は聞いたことがありません」


 ターコイズブルーの民族衣装の上に白いカーディガンを羽織ったタヌキ顔の美少女は、困った表情で首を傾げた。

「よくわかりませんが、もしかすると追手が近づいているのかもしれませんねぇ」


「私も同じことを考えていました。少し移動することにしましょう」

 女戦士は大人しく待っていた白馬を泉のほとりに連れてくる。タヌキ顔の美少女は慣れた様子でその白馬に跨ると、栗色の長い髪を左手でかき上げた。

「あなた、名前は?」


 そう聞かれた修馬は、安堵したように息をついた。どうやら生命の危機は脱したようだ。

「俺の名は広瀬修馬、17歳。趣味は……」

「ちょっと待って、あなたもしかして日本人?」

 タヌキ顔の美少女は話を遮るように、思いがけない台詞を言ってきた。単純に異世界にでも迷い込んでしまったのかと思っていたが、そうではないのか?


「そうだ、俺は日本から来た。お前らは日本を知ってるのか?」

 そう聞いたのだが、タヌキ顔の美少女は顎のあたりに手を当てたまま表情が固まり何も答えない。

「なあ、聞いてんのかよ! 知ってるなら教えてくれ。どうやったら日本に帰れるんだ!」


「ニホンなどという地名は聞いたことがないな。まあ、情報を得たいのなら南にある城下町にでも行くといい。ただし、ここで我らに会ったことは絶対に口外してくれるなよ」

 女戦士は白馬に跨りタヌキ顔の美少女の後ろに乗ると、南と思われる方向を指差した。


「城があるのか? ここは何て国なんだ?」

 修馬がそう質問すると、馬上の女戦士は大きな布切れを投げつけてきた。

「ここはヴィヴィアンティーヌ家が治める『アルフォンテ王国』。如何なる理由があろうとそのような格好で歩いている者は、王宮騎士団に首をはねられるだろう。努々ゆめゆめ忘れるなっ!」


 女戦士が鞭を入れると2人を乗せた白馬は勢いよく地面を蹴り、北の方角へ駆けて行ってしまった。

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