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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第33章―――
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第197話 剣聖と呼ばれる男

 熱をもった肺の内部を冷やすかのように、マリアンナは深く息を吸い、そして大きく吐き出す。


 橋の上に立つ彼女は、王宮騎士団の剣を鞘の中に納め、そこから戦場と化した町の様子を眺めた。凱旋橋の直線上の大通りには、あの暗黒魔導重機が煙を上げて留まっている。


「天魔族の男は倒したぞ! こっちの方はどうなった?」


 マリアンナと伊集院にした約束は、ヴィンフリートは彼女たち2人が倒すから、暗黒魔導重機はこちらでどうにかするということ。

 しかしそれに関しては、もう解決済みだ。修馬の放ったRPG-7アールピージーセブンで、攻撃力も機動力も共に奪うことが出来たのだ。


 宙を舞うように移動していた伊集院が、暗黒魔導重機のハッチの上に足をつこうとする。だがそのタイミングで、何故か上開きの扉が開き、足を踏み外した伊集院はそこから見事に転げ落ちた。


「暗黒魔導重機は停止させたぞ! これで思う存分戦えっ……て、あれ?」

 ハッチから上半身を出したユーカが、辺りを伺い首を捻る。空いた隙間からはココも頭を出し、「ぷはぁー!」と息をついた。


 ユーカとココに手により、暗黒魔導重機の動力炉は停止したようだ。そして帝国獣魔兵はそのほとんどを打ち倒し、残った帝国憲兵団も両手を上げ投降を始めている。


「戦いはもう終わっちゃったかな? まあ、それならそれで良いんだけどね」

 ハッチから這い出てきたココが言う。彼の言う通り、この争いは終わりへと向かっているのだ。


「倒すべき天魔族も倒し、市街地の戦いも終結した。これで我々の勝利ですよ。武器を納めたらいかがですか? お二人とも」

 戦っていたアーシャとミルフォードの間に入ったマリアンナが、その2人を制す。アーシャは武器を下したが、ミルフォードは難しい表情のまま剣を正眼に構えている。


「争いは終わってなどいない。まだ皇帝の首を取ってないのだからな……」


 城下町を落とした時点で、この争いの勝敗は決しているように思えるが、明確に戦争を終了させるなら、敵将を討つか、降伏させる必要がある。この戦いでの敵将は勿論、皇帝ベルラード三世だ。


「物騒なことを話しているな。何を味方同士で揉めているというのか?」


 その声は、城の中から聞こえてきた。低音で渋みのある男性の声だ。


 そして城門から、銀色の鎧を着た大柄の騎士が現れると、周りにいた兵士たちの間からどよめきが起こった。

 修馬は横にいるシャンディの顔色を伺う。状況的にこちらの勝利は確定しているようなものなのに、彼女の顔は血の気が引いており、こめかみからは大粒の冷や汗が流れていた。


 皆が恐れるこの男。一体、どれだけ強い騎士なのだろうか? それこそ『鋼鉄の武人』と呼ばれる、マウル・ギルドルースくらいの強さがあるのかもしれない。


「シャンディさん、あいつは何者ですか?」

「……あれは『剣聖』だ。帝国が誇る世界最強の騎士、『剣聖』エンリコ・ヴァルトリオとは、あの男のこと」

「エンリコ・ヴァルトリオ……?」


 どこか聞き覚えのあるような名前。世界最強を謳うのであれば、どこかでその名を耳にしていたのかもしれない。

 遠くからその姿を伺う修馬。エンリコは白金の兜を被っていたが、その隙間から覗く鋭い眼光が恐ろしい程の威圧感を放っていた。


 静かに息を飲みこむ修馬の目に、エンリコの強烈な視線がぶつかる。心臓が大きく脈打った修馬は、まるで時間が止まってしまうような感覚に陥った。すると徐々に意識が薄れ、目の前の景色がまたも暗転し白昼夢の中に引き込まれてしまう。


 そして現れる、ここではないどこか別の情景。

 どういうわけか視界が狭い。そのためよくわからないが、そこは地下のような薄暗い場所にある牢屋のようなところだった。


「エンリコ、戦争は止めて!」

 鉄格子の内側から声を上げるアッカ。修馬はまたもアッカの視覚を通して、不思議な映像を体験していた。


 しかし彼女は帝国の王女だというのに、何故、鉄格子の中に閉じ込められているというのか? だがすぐに彼女の感情を通じ、この場所がそれほど居心地が悪いわけではないということに気づいた。アッカは側室の子で、国民には公にされずに育てられてきた。哀しいかな閉じ込められるのは慣れているのだ。


「アッカ様、何度言ったらわかるのですか? 私は団長ではありません。名をリクドーと申します」

「リクドー? ああ、そうだったわね。新顔なのに、入団後すぐに副団長になった優秀な人間だと聞いているわ」


 アッカは目を細め、鉄格子の向こう側にいる男の顔をまじまじと見つめた。今は顔の火傷を隠す仮面を着けているため、視界が著しく狭くなっているのだ。


 知った顔であるエンリコではなかったので、気が沈みしゃがみ込むアッカ。しかし修馬にとっては、エンリコよりもリクドーという男の顔の方がよく知っていた。彼は『凍らずの港』でハインの頭を踏み潰し、止めを刺した謎の男だ。奴の人となりには少し興味がある。


「エンリコはどこにいるの?」

「団長が来ることはありません。アッカ様のここでの生活は、お目付け役のリクドーが面倒を見ますので、何なりとお申し付けください」


 リクドーはそう言うが、アッカはあからさまに不服そうな顔をした。ただ仮面を着けているので、その表情をリクドーに悟られることはない。


「リクドー。どうして大人たちは、すぐに戦争をしたがるのかしら?」

「……と言いますと?」

「白々しいことは言わないで! また隣国を攻めようとしているのでしょ」


「戦争をしたがっているというのは、アッカ様の誤解ですよ。団長もクジョウ様も、争いは望んでいないのです。しかし隣国アルフォンテ王国に対抗するには、国を大きくしていかなくければなりません。それこそ、大国ユーレマイス共和国にも劣らない程に」

 リクドーはそう言って口を尖らせる。


「前にエンリコも言っていたわ。戦争は必要悪なんだと……」

「その通りです。ならず者国家が攻めてきた時、どうやって民を守ればいいのですか? 権力を暴走させた暴君が支配する国があったとして、どうやってその国を悪政から開放してやればいいのですか?」


「でも、結局戦争で死んでしまったわ。お父様もお母様も、そしてお兄様も……」


 アッカの切ない心模様が、修馬にもありありと伝わってくる。

 前の内乱で、父親も母親は死んでしまったらしい。そしてクーデターの首謀者と言われていたアッカの兄も。国を破壊し民が死んでいく戦争が、一体何を生むというのだろう?


「アッカ様。残念ですが、人間がいる以上、この世から戦争が無くなることはありません」


 リクドーの無慈悲な言葉に、アッカの瞳から涙がほろりと零れ落ちる。

 そして前のめりになって鉄格子を握ると、外側にいるリクドーが不器用にその手を握ってくれた。


「ですが、安心してください。クジョウ様の計画が終了し、アッカ様が王位に戻るころには、天下泰平の世の中になっていることでしょう」


 そして視界が狭くなっていき、意識が引き戻されていく。

 修馬は熱い目頭を押さえつつ目を開けると、城門の前にいたエンリコがこちらに向かって歩いてきていた。


「我輩を倒さずに、城の中に入ることは出来ぬであろう」

 多くの敵に囲まれていても、エンリコは堂々とした様子で歩を進める。たった1人の騎士の歩みを、周りにいる兵士たちは誰も止めることが出来ない。


 立ち上がるのにシャンディが手を差し出してくれたが、修馬はそれを辞し、1人で立ち上がった。強力な武器召喚でオドを使い果たしていたが、何故か今はすんなりと起き上がることが出来た。よくわからないが、意識を失っている間に体力が回復してくれたようだ。


 修馬の目の前で立ち止まる、エンリコ。

 遠くからでもかなり大柄な男に見えたが、近くで見るとそれ以上の迫力がある。


「貴殿は黒鉄くろがねの古戦場で『鋼鉄の武人』を討ち倒した者だな。我輩は帝国近衛団団長、エンリコ・ヴァルトリオである。貴殿とは、是非とも手合わせ願いたい」


 エンリコは修馬のことを認識しているようだ。そしてそんな世界最強の騎士に直接指名されたのでは、戦わないわけにはいかないだろう。


 修馬は眼の奥底の力を強め、剣聖と呼ばれるエンリコの白金の兜を真っすぐに睨め付けた。

「……上等だ。お前の世界最強の称号は、今日より俺のものにするっ!!」

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