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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第33章―――
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第194話 争いの情景

「戦争が始まっちまった……」


 唖然とした様子で、修馬は戦場と化した城下町を見つめる。響き渡る爆音と怒声。

 一刻も早くこの場から走り出さなければと思う感情と、どこかで諦めてしまっている気持ちがせめぎ合っている。


 この戦争を止めるべくここまで奔走してきたのだが、僅かに間に合うことが出来なかった。時を戻すことなど出来やしないが、未来にも進むことも出来ずに、修馬の足はその場で立ちすくんでしまう。


 しかし駄目だ。ここで立ち止まっていても、友理那のことを救えはしない。

 己を鼓舞し、視線の先にある暗黒魔導重機を睨みつける。力を込める瞳の中で、どういうわけか視界が微かに歪んだ。それと同時に押し寄せる、陽炎のような眩暈。この感覚は、先ほど丘の上で体験したものに似ている。


 こんな状況で意識を失うわけにはいかない。だがそんな想いとは裏腹に、修馬の視界は暗転し意識がどこかに飛んでしまった。


 そして真っ暗な闇の中に、今いる場所とは全く違う映像が目の前に映し出される。

 自分がいるのは、品のある調度品に囲まれた豪華な寝室。しかし窓の外は真っ赤な炎と、黒い煙で埋め尽くされていた。爆音と怒声は、先程と変わらずに今も鳴り続けている。


 修馬は何故か悟った。今見ているのは、先程とは別の戦争の様子。修馬とは違う別の人間の視覚を通じ、それを体験しているのだ。己の感情と共に、その者の感情も僅かに理解することが出来る。


 恐らくこの視覚の主は、この国の王女。彼女のいるこの城は、反乱軍が起こした暴動によって、焼き討ちにあっているのだ。

 火の手はいずれここにも到達するだろう。逃げなくてはいけないと思うのだが、体が震えてどうしてもいうことを聞いてくれない。


 その時、突然部屋の扉が乱暴に開け放たれた。


「アッカ様、まだこちらに居られたのですか!? ここはもう、安全ではありません!!」

 部屋に入って来た褐色の女官が声を上げる。


「クリスッ!!」

 絶望的な状況だったが、彼女の姿を見たことで気持ちが少しだけ和らぎ、自然と涙が溢れてきた。


 女官に呼ばれたアッカという名前。それは、前回見た幻の中に現れた仮面の少女の名である。


 窓に薄く映る自分の姿、つまりアッカの姿は、以前見た時より少し小さく、仮面も着けていなかった。身長に比べて端正な顔立ちをしているが、泣いている姿は子供そのものだ。


「一緒に逃げましょう。ついてきてください、アッカ様」

 褐色の女官はアッカの手を握り、部屋の外へと連れ出す。


 そして修馬は、このクリスという名の女官にも見覚えがあった。彼女は天魔族、四枷よつかせのクリスタ・コルベ・フィッシャーマンに違いなかった。一体どういうことなのだろう?


 そんなクリスの手を握り、アッカは廊下を駆けていく。窓ガラスは割れ火の粉が降り注ぎ、時折石の欠片なども入り込んでくる。命を失うかもしれない恐ろしい状況であったが、クリスの強く握ってくれる手が心強く、どうにかその細足を動かすことが出来た。死にたくない。絶対にここから逃げなくては……。


「クリス、お父様……、それとお母様は?」

 幼いアッカは、当然恐れている。王である父親、そして王妃である母親が無事なのかと。


「お二人には、クジョウがついているので大丈夫です。上手く逃げおおせるはず……」

 クジョウというのは、アッカの記憶によるとクリスと同じ女官の1人のようだ。彼女は特殊な術を使うことが出来るので、逃走するにはうってつけなのである。


 少しだけ心を落ち着かせるアッカ。しかしアッカにとって、王妃は実の母親ではない。

 側室の子として生まれたアッカは、その存在すらも国民には公にされなかった。だが継母である王妃は、そんなアッカを我が子のように育て教育し愛情を注いだ。それこそ、アッカの兄にあたるリアム王子と同様に扱い育てたのかもしれない。アッカにとってリアムは一回り齢が離れていたので共に遊ぶようなことはなかったが、聡明で武術にも長け尊敬する兄であった。それこそ、昨日までは……。


「この暴動を指揮しているのが、お兄様だというのは本当の話なのですか?」

 アッカが問うと、クリスの足が鈍く止まった。


「アッカ様……」

 背中を向けたままクリスは小さく呟く。


 するとその時、大きな爆発音が鳴り、天井が崩れてきた。悲鳴と共に身を屈めるアッカ。


「あ、熱いっ!? 熱いわ、クリスッ!!」

 右の額から頬にかけて、鋭い痛みが熱をもって広がる。落ちてきた焼けた瓦礫で、顔に火傷を負ってしまったようだ。


「お聞きください! リアム王子は国家を裏切り、反乱軍と共に革命を起こすおつもりなのです。急がなければ手遅れになります。アッカ様は、何としてもここから逃げ延びてください!」


 クリスは泣き叫ぶアッカの手を強引に引き、再び廊下を走り出した。


 修馬の意識はそこで元に戻った。

 流れる涙を手で拭おうとしたが、顔半分が未だにヒリヒリと痛むため、強くは触れられない。


 今の映像は恐らく、この帝国の城で起きた過去の出来事。

 アッカの意識の中で情報が共有出来たのでわかったことだが、父親である王の名は、ベルラード・グローディウス二世。現在の皇帝はベルラード三世なので、今見た映像は一つ前の世代の話。ということは、現在皇帝の座に就いているのは、息子であるリアム。いや、今の皇帝は女性だと誰かが言っていたので、アッカがベルラード三世なのだろう。


 図らずも帝国の過去の出来事を知ることになったが、今は正直それどころではなかった。


 目の前の市街地で繰り広げられていた戦闘は、意識を失う前より更に激化している。建物は潰れ、街路樹は燃える。市中には騎兵旅団のものとも、帝国軍のものともわからぬ死体の山が築かれ、その上を暗黒魔導重機が踏み潰しながら走行していた。地獄のような景色だ。


 隣にいたはずのココとユーカは、すでにいなくなっている。もうどこかで敵と戦っているのだろう。

 全体に視線を巡らせると、どこかに息を潜めていたのか虹の反乱軍のメンバーも戦闘に参加していることに気づいた。気を失っている間に、最早乱戦状態だ。


 ざっと見た限りでは、戦局は帝国が押している。やはり暗黒魔導重機による砲弾攻撃が強力なようだ。まずはアレを止めなければいけない。

 修馬はひりつく顔をそっと手で擦り、戦場へと駆けだした。

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