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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第33章―――
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第193話 大国の争い

 ココを抱え大広間から撤退した修馬は食堂を抜け、兵士宿舎らしき場所を走っていた。正門がこちらで合っているのかどうかは、正直よくわからない。


「シューマ、ありがとう。もう大丈夫だよ」

 腕の中のココが言う。


「お、正気が戻ったか?」

「えへへへへ。僕、どうかしてた。ごめんね。最近ちょっと調子が悪いんだ」


 一度立ち止まり修馬の腕から降りると、ココは気持ちを切り替えるように目を瞑り深く息をついた。ココにとってヴィンフリートは、家族の命を奪った仇。気持ちがどうかしてしまうのも、仕方がないことだろう。


「ココ。俺らの世界の格言に、怪物と戦う者はその過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない。っていうのがあるんだ」


 修馬も妖怪を退治していく中で、悪しき心に支配されそうになったことがあった。これはそんな時に伊織が教えてくれた、哲学者ニーチェの言葉だ。剣の道に重要なのは明鏡止水めいきょうしすい。相手を映す鏡にさざ波が立てば、本来見えるものも見えなくなってしまうのだという。深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ。


「僕自身が怪物か、成程……。よくわからないけど、肝に銘じるよ」

 小さく頷くと、ココは急ぎ足で前へと進んでいった。修馬も負けない速度でそれを追う。マリアンナが言うには、正門近くに暗黒魔導重機があり、それが戦場に投入されようとしているらしい。それだけは何としても止めなくてはならない。


 長く続く兵士宿舎を走っていると、どこからかガタガタガタガタと重々しい音が建物の壁に響いてきた。何の音かと思い耳を澄ますと、それと合わせて「離せっ!!」という女性の大きな声も聞こえてくる。


「……これはユーカの声か!?」

 辺りを確認する修馬。するとココは、右方向を指差した。

「こっちからみたいだ。行こう!」


 そしてその先にある兵士の詰所のようなところを通り抜け、またも広い空間に躍り出た。そこにいたのはオリーブグリーンの軍服を身に纏った帝国憲兵団が5人と、その1人に羽交い絞めにされているユーカだった。


「ユーカ!! 今、助けるぞっ!」

 修馬は素早く魔導銃を召喚すると、手前にいる憲兵団の1人を撃ち抜いた。この軍師アスコーが使用してた魔導銃。通常の拳銃よりもリコイルが少なくて、非常に狙いやすいものだった。


「な、何の武器だ、それは!?」

 大いに慌てる憲兵団員たち。だがこちらには、じゃれ合っている暇などなかった。乾いた銃声と共に、次々と撃ち倒していく。残すはユーカを抑え込んでいる奴のみだ。


「これはドゴール・ガーランドが作った最新の武器だ。命が惜しくば、大人しく両手を上げろ」

 銃を構え、狙いを定める修馬。しかし相手はユーカを羽交い絞めにしているので、簡単に引き金を引くことが出来ない。


「帝国の兵士は命乞いなどしない。お前こそ、この女が殺されたくなかったら、その武器をこちらに渡せ!」

 ユーカを盾にする憲兵団員は、そう脅してくる。この魔導銃、一般的な拳銃に比べれば遥かに撃ちやすいが、それでも人質と密着した状態では、敵だけを命中させる自信はない。そしてそれは、ココの魔法にしても同じことだろう。


 しばしの間、睨み合いが続く。

 ガタガタガタガタと響ていた音は、徐々に遠ざかっていった。これが暗黒魔導重機の音だとするならば、一刻も早く正門に行かなくてはならない。


 修馬は手を震わせつつも、引き金に指をかける。そしてゆっくり銃口の向きを微調整していると、不意にユーカが「おらぁっ!!」と叫び、憲兵団員の脇腹に肘鉄を喰らわせた。


「うえぇぇっ!!」

 たまらずに吐瀉物を吐き出す憲兵団員。

 拘束が解かれたユーカは身をひるがえし、鉤爪で喉笛を深く斬り裂いた。やられた憲兵団員は、声も無くその場に崩れ落ちる。


 見事な手さばきに見惚れていると、ユーカはこちらに鉤爪を向け、ぼろぼろと泣きながら抗議してきた。

「お前ら、助けに来るのが遅いっ!!」


「えー……」

 何だが申し訳ないことをした気持ちになる修馬。だがなんだかんだとりあえず無事で良かった。

「泣くなよ。お前は捕まった振りが上手いから、大丈夫だと思ってたんだ」


「本当に捕まることだってあるだろうが!」

「……じゃあ、ごめん」


 皆、情緒不安定で大変なようだ。ユーカは手の甲で一生懸命涙を拭っているが、次から次へと涙が溢れている。


「いや。こんなところで泣いてる場合じゃないんだ。早く暗黒魔導重機を止めなくては」

 肝心なことに気づいたユーカは、その瞬間、涙がぴたりと止まった。


「俺たちもその手伝いに来たんだ。案内してくれ。正門はどっちだ?」

「は!? 馬鹿かよ!」

 修馬の質問に対し、暴言を吐くユーカ。


 どういうことなのかと思い不服そうに鼻を鳴らすと、隣に立つココが斜め左方向を指差した。

「ああ。あの扉が正門なんだね」


 見ると、今いる場所の左斜め奥に、開け放たれてた巨大な扉があった。戦いに集中していて気づかなかったが、この広い空間が正門のエントランスだったようだ。


「今さっき、あの扉から暗黒魔導重機が出ていったんだ。追うぞ!」

 ユーカの言葉を受け、修馬たちは走り出す。扉の向こうからは、ガタガタと揺れるような音が聞こえてきた。


「ところでユーカは、『光の結晶』ってのを持っているのか?」

 走りながら修馬が尋ねる。それは暗黒魔導重機を停止することが出来るという、アルフォンテ王国の国宝になっている魔玉石。リクドーという男の話では、彼女がそれを所持しているということだったが、その真偽の確認は今までしていなかった。


「……ああ、持っている。これを動力炉だかにぶち込めばいいんだろ?」

 胸元から、細い鎖に繋がれた宝石を取り出すユーカ。その石は淡く発光し、ユーカの顔を優しく照らした。どことなく蜻蛉玉に似ている感じがする石。


「あのリクドーとかいう男の言うことが、本当だったならな……」

 そしてもう一つ、奴の言うことが本当だとすれば、共和国騎兵旅団がこの帝都に攻めてきているかもしれなかった。これ以上大きな戦争にするわけにはいかない。


 高さ10メートルはあろうかという、大きな扉を潜り外に出る。するとそこからは城下町を一望することが出来た。

 奥に見えるのはレイグラード港。城下町には人気ひとけが無かったが、その港には黒山の人だかりが出来ていた。全員軍人の様子。あれこそは共和国騎兵旅団だと思われる。


 リクドーの言う通り共和国騎兵旅団が来ていたわけだが、修馬の驚いたポイントはそこではなかった。城と城下町を隔てる堀に掛かる『凱旋橋がいせんばし』。そこに見たことも無いような巨大な乗り物が、ガタガタと音を立てて進んでいたのだ。


「まさか、あれが暗黒魔導重機なのか?」


 鋼の装甲に巨大な火砲を備えた戦車のような乗り物。ただ大きさが小さな一軒家くらいあり、現実世界の戦車に比べるとあまりにも大袈裟な造りだった。そしてその周りには、帝国憲兵団と帝国獣魔兵が、騎兵旅団を迎え撃つように配置されている。


「何あれ、でかくてかっこいい!! けど、随分禍々しい魔力を放っているね……」

 ココがそう言ったタイミングで、暗黒魔導重機は橋の上を渡り切り、起動輪を停止させた。


 動きは止まったが、戦場特有の麻薬のような高揚感は増幅し続けている。

 狂気と正気の狭間で、両軍の兵士たちが開戦の時を待ち構えていると、動きを止めた暗黒魔導重機の車体が鼓動を打つように大きく波打った。その姿は、まるで一頭の巨大な獣のように見えなくもない。


 そして獣とは、時として牙を剥くこともある。

 耳をつんざく爆音と共に、砲台の先端から白煙が上がった。火砲から放たれた真っ黒い砲弾は、レイグラード港に停泊する騎兵旅団の船に着弾し、大きな爆発音を上げる。


 それが呼び水となり、共和国騎兵旅団が攻めてきた。暗黒魔導重機は更に砲弾を放つ。狙われた騎兵旅団は数十名単位で吹き飛んだが、攻める勢いが止まることはなかった。堀の脇に待機していた帝国憲兵団と獣魔兵も、武器を掲げてそれに迎え撃つ。


 信じられないくらいの怒号が、城下町に鳴り響く。グローディウス帝国とユーレマイス共和国。恐れていた2つの大国の戦争が遂に始まってしまったのだ。

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