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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第33章―――
193/239

第192話 魔が差す

 城内部に続くであろう石造りの廊下を、全速力で駆ける修馬。中は薄暗かったが、走っている内に徐々に目は慣れていった。だが先行しているはずのココの姿は、確認することが出来ない。


 しかしココが言っていたヴィンフリートが城の中に居るという情報は本当だろうか? 無駄な戦闘なら避けていきたいが、相手が天魔族なら確実に倒さなければならない。


「お、おい!! 侵入者か!? 止まれ!!」

 暗い廊下で、背後から何者かの怒声が聞こえてくる。どうやら帝国の兵士に見つかってしまったようだ。


 雑魚は無視して先に進もうとしたが、その声を聞きつけたであろう他の兵士たちも前からも現れ、挟み撃ちになってしまった。こうなったら戦うしかない。

 暗がりの中で修馬は目を凝らす。その者たちの身に纏うオリーブグリーンの軍服には、見覚えがあった。


「帝国憲兵団か……。悪いがお前たちと遊んでる暇はない。出でよ、『イングラムM10』!!」


 修馬は召喚したアメリカ製のサブマシンガン、イングラムM10をぶっ放すと、前方の敵も後方の敵も全てまとめて一気に薙ぎ倒した。引き金一つで死体の山を築く、恐ろしい武器。修馬はその後も、どこからともなく湧いてくる憲兵団に銃弾を浴びせ、前へ前へと進んでいった。


 廊下としてはかなりの距離を進んでいく。すると廊下の先に、小さな明かりのようなものが見えてきた。ようやくどこかに出ることが出来るようだ。重力を軽減出来るホッフェルの靴が小気味良い調子で地面を駆け、先行するココが倒したであろう憲兵団員の死体を大きく飛び越える。


 そして明かりが漏れる開け放たれた扉を潜ると、不意に前方から何者かが勢いよく吹っ飛んできた。重なるようにぶつかり、諸共背後に倒れてしまう。


「いってっ!!」

 ぶつかってきた何者かは、修馬と一緒にそう叫んだ。

 仰向けに倒れる修馬の上に、横たわる人物。それはなんと伊集院だった。捜してはいたものの、出会ってみるとあまり嬉しくはないものだ。


 下敷きにされている修馬は、伊集院を横に払い落としどうにか立ち上がった。

 廊下を辿って着いた先は、高く吹き抜けになった大広間。壁や柱には美しい装飾が施され、高い天井にはシャンデリアのような大きな燭台がぶら下がっている。舞踏会でも開けそうな絢爛豪華な空間。


 こんな場所にマシンガンを持ち込むのは無粋にも思えたが、戦闘はすでに行われていた。正面にある階段はバルコニーのように突き出た2階部分に続いているのだが、そこではマリアンナが茶色いローブを纏った人物と戦闘を繰り広げている。


「やっぱりいたか、ヴィンフリート」

 以前戦ったことがあるのでその姿はよく覚えている。ローブについたフードを深く被り、素顔を見ることが出来ない不気味な男。


「やっぱりって何だよ?」

 すると倒れていた伊集院も、痛そうな足を引きずりようやく起き上がってきた。


「ココが見たって言ってたんだ。ヴィンフリートのことを」

「ココ? そういえば、大魔導師はどこだ? 一緒じゃないのか」


「え? 先に来てるんじゃないの?」

「いや、見てないな。戦闘に気を取られていたから、見過ごしていたかもしれないが……」


 そう言うと伊集院は跳び上がり、ヴィンフリートに向かっていった。伊集院が放つ渦のような水魔法と、マリアンナが繰り出す閃光のような剣撃。ヴィンフリートは2人の攻撃を軽くいなしながら、火属性魔法を放ち応戦している。


 ココがどこに行ったのかも心配だが、今は目の前の敵を優先しなければならない。加勢するために修馬も広間を駆けた。2人の相手は可能でも、相手が3人ともなれば容易でないはず。


 広がる炎を受け伊集院とマリアンナが一度退いたのを確認すると、修馬は走りながらイングラムM10の引き金を引いた。

 バラララララララッと連続で発射される9㎜パラベラム弾が、ヴィンフリートの体を貫いていく。だがどういうわけか、痛手を負っている様子はまるでない。


「随分ぞろぞろと集まって来てくれたな……。『火球流星かきゅうりゅうせい』!」

 短い杖を振り上げるヴィンフリート。するとシャンデリアに付けられた蝋燭の火が激しく燃え上がり、そしてそこから大量の火の玉が降り注いできた。


 白獅子の盾を使い、火の玉から身を守る修馬。火は床に敷かれた絨毯に燃え移り、広間の壁が赤く染め上がった。早めに決着をつけないと、城が全て燃えてしまうかもしれない。


 しかし今の攻撃で全てを思い出した。こいつは体自体が炎で構成されているらしく、物理攻撃の効き目が低いのだ。厄介な敵ではあるが、それならばそれなりの攻撃をしてやればいい。


「……出でよ、流水の剣『白線』!!」

 修馬の手のひらより、真っすぐに放たれるビームのような水の線。だがヴィンフリートは、目の前に巨大な円形の溶岩石のようなものを出現させると、その攻撃をあっさりと防いだ。


「けけけけけっ。貴様がサッシャ・ウィケット・フォレスターの武器を使うことは、以前の戦闘で学習済みだ。二の轍を踏む我ではない」


「修馬の技が効かねぇなら、俺の新しい術でも喰らいやがれ! 斬り裂け、『液状の刃リキッドブレイド』!!」

 そう叫び、修馬の背後から伊集院が飛び込んでくる。彼は両手を頭上に掲げ、スイカでも叩き割るように上段から真っすぐに振り下ろした。


 放たれる水で出来た刃の波。それが弧を描いて飛んでいくと、ヴィンフリートの左胸から右脇腹にかけて見事命中した。ジュワッという音共に、苦しげな声が赤く燃える広間に響いていく。


「隙ありっ!!」

 怯んだところに、更に追い打ちをかけるのはマリアンナ。突っ込んでいった彼女が王宮騎士団の剣を振り上げると、ズバッと裂ける音が鳴り、そして被っていたフードが頭部から外れた。晒されるヴィンフリートの素顔。


 蝙蝠のような耳と牙に、額から生える鬼のような2本の角。そして最も特徴的だったのは、鼻が豚のように大きく潰れた形をしていたことだ。

 ヴィンフリートは醜い顔を歪め、宙を漂いながら「ぜぇ、ぜぇ……」と苦しんでいる。


「シューマ!! ここは私とイジュが何とかする。お前は、ユーカを追いかけてくれないか!?」

 2階に居るマリアンナが、そう声を上げた。


 そういえば一緒にいるはずのユーカが、この広間にはいなかった。しかし追いかけてくれと言うが、一体どこに行ったのだろう?


「行かせはせぬわ、青二才共!」

 浮遊するヴィンフリートは、横にした短い杖の先端に口を当て、怪しい音を奏でだした。焦燥感のある不気味な音色。そうだ。あの短い杖は、横笛のような機能も兼ね備えているのだ。


「聴くな、修馬!! 『龍笛りゅうてきの杖』の音色は魔が差すんだ!!」

 伊集院が叫ぶ。修馬はそれを受け、反射的に耳を塞いだ。本能的に感じる不快な旋律。室内の空気が突然重くなるような異質な感覚を覚る。


 しかし、魔が差すというのはどういうことだろう? 以前、ヴィンフリートはあの笛を吹くことで、伊集院を呼び出していたが、今回は仲間を呼び出すために、音を奏でているのではないということか?


「……闇を断つっ!!」

 その時、剣を握るマリアンナが、せり出た2階部分から大きく飛び上がった。


 そして浮揚するヴィンフリートに、光の如き斬撃を喰らわせる。すると不気味な音色はぴたりと止み、重くなっていた嫌な空気から開放された。伊集院が言っていたことは、よくわからないまま杞憂に終わったようだ。


 床の上に華麗に着地したマリアンナが、修馬に向かって再度声を上げる。

「暗黒魔導重機が稼働し、戦場に投入されるらしい。ユーカはそれを止めるため、1人、正門に向かったのだ。シューマ、ユーカの手助けをしてやってくれ!!」


 彼女の焦る気持ちを理解した修馬は、目を合わせ深く頷いた。

「そういうことか! わかった、すぐに追いかける。ここは任せた!!」


 正門の方向がどちらかわからないが、とりあえず来た道とは逆に向かって駆ける修馬。すると目の前の扉がいきなり開き、何者かが物凄い勢いで飛び出してきた。


「いっ!?」

 避けることが出来ずに、またも真正面から激突する修馬。ぶつかってきた何者かは、倒れる修馬の上に乗り上がると、獣のような雄たけびを上げた。


「ヴィンフリートッッッ!!!」

 修馬に馬乗りになってイキり倒しているのは、大魔導師ココだった。意味がわからない。


 腹を踏みつけ、ココが飛び上がる。彼は両方の手から魔法を放ち襲い掛かった。

「ここがお前の墓場だっ!!」


「けけけけけ、貴様はモンティクレール家の生き残りだな……。これも何かの縁。折角だから根絶やしにしてくれよう」

 ヴィンフリートは笑いながら火魔法で応戦する。


 そういえば千年都市ウィルセントの星屑堂で、アイル・ラッフルズは確かにこう言っていた。ココの家族の命を奪ったのは、ヴィンフリートという名の天魔族だと。


 互いに魔法を繰り出し、激しく戦う因縁のある2人。広い室内で強力な魔力がぶつかり合い、甲高い不協和音を響かせていた。


「シューマ! ココ様の様子、何やらおかしくはないだろうか?」

 燃える絨毯を踏みつけて消しつつ、マリアンナがこちらに近づいてくる。


「ココは自分の家族を、あのヴィンフリートに殺されたらしいんだ」

「……ということは、これは敵討ち。だからあんなにもお怒りなのか?」

 マリアンナはそう言ったものの、若干納得がいかないように眉をひそめる。


「いや。こいつは恐らく『魔が差した』状態みたいだ」

 伊集院はそう言うと、更にこう続けた。

「大魔導師がヴィンフリートの術に掛かっちまったってこと……。このままだと、魔人化しちまうぞ」


 先程、龍笛の杖を使って奏でた怪しげな音色。詳しくはわからないがココはその術に掛かり、そして魔人と化してしまうのだという。


「けけけ。強力な魔力を持つ魔道士程、魔人化しやすい。貴様の父親も魔人化で人間の心を失い、そして死んでいったのだ。親子で同じ運命を辿れ!」


 燃え盛る広間で、魔法による激しい空中戦を繰り広げるココとヴィンフリート。

 手出しすることが出来ない状態で、伊集院は跪き、呪文を唱えだした。


「古より大地に宿る地の精霊よ、その膨大なる力をここに解放し破壊の鳴動を響かせ給え。『ゴーレムハンド』!!」


 広間の床が大きく盛り上がる。すると絨毯を突き破り、床の下から巨人の腕を模した土の塊が出現した。そしてその巨人の腕は飛ぶココの体を捕まえると、ゆっくりと倒れ床の上で押さえつけた。


「よしっ! 捕まえた!」

 地属性魔法を使って、暴走するココを見事捕縛する伊集院。

 しかしこの後どうするのかと思ったら、彼が召喚した巨人の腕は、ココを握ったまま修馬の前にそれを差し出してきた。


「大魔導師は一旦修馬に預ける。こいつは俺とマリアンナで倒すから、修馬は暗黒魔導重機を何とかしてくれ!」

「わ、わかった!!」


 考えている暇はないと察した修馬は、巨人の手の中からココを受け取り、その小さな体を強く抱きかかえた。


「何する、シューマ!! 放せっ!!」

 じたばたと暴れるココを強引に押さえつけると、修馬はそこから逃げるように全速力で駆けだしていった。

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