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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第5章―――
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第18話 いざ帝国へ

 朝靄なのか、はたまた火山性のガスなのか? 修馬と大魔導師ココ・モンティクレールを背中に乗せたイシュタルと呼ばれる白い獣は、謎の霞みの中を砂を巻き上げながら全速力で駆けている。体感速度は時速100km以上。まあ、そんなに速いわけがないのだろうが、修馬はとりあえず振り落とされないことだけに集中していた。


「ああああああああっ……」

 意識を失いかけそうになっている丁度その時、イシュタルの走る速度が少しだけ緩やかになってきた。未だに腐敗した卵のような臭いが漂ってはいるが、恐らく危険な場所は通り過ぎたのだろう。


「御苦労さま、イシュタル。後はゆっくりでいいからね」

 前に乗るココがぴんと立った耳に向かってそう伝えると、イシュタルは徐々にスピードを落とし「にゃーっ!」と声を上げた。

 山頂の屋敷を出た修馬たちは、魔霞まがすみ山を下りグローディウス帝国との国境を目指している。昨日山頂まで登った時は一気に駆け上がっていったものだが、さすがに2人も乗せた状態ではしんどいのかもしれない。後ろに乗る修馬も労うようにイシュタルの腰をそっと撫でた。


 走っている時は目を開けることもままならぬ状況であったが、今は乗馬体験くらいの速度でのんびり歩いている。緊迫感から解放された修馬は、瞼に溜まっていた涙を手で拭った。


「ねぇ、ココ」

「んー?」

「イシュタルって、本当は喋れるんでしょ?」

 修馬がそう言うと、ココは極めてゆっくりとしたタイミングでこちらに振り返った。


「黄昏の世界では獅子が言葉を話したりするの?」

 信じられないといった表情のココ。修馬自身も首を捻る。

「いや話さないけど、魔法とか使う世界だったらそんなこともありえるのかなぁって思っただけ」

 トカゲが喋ったりする例は一応現実世界で体験しているのだが、あまりにも特殊すぎるのでここで言うのはふさわしくないだろう。


「シューマは魔法に幻想を抱いてるんだよ。動物の気持ちまでわかるようになったら、確かに便利だけどね」

「そうなのか。残念だなぁ」

 修馬の抱いていた幻想は、どうやら間違った認識だったようだ。イシュタルは鼻歌でも歌うみたいに「にゃー」と鳴いた。


「ちなみに聞きたいんだけど、魔法っていうのはどういう原理で使うことができるの?」

「原理?」

 ココは裏返った声でそう聞き返すと、進行方向を向いたまま首を傾げ「さあ」と呟いた。あんたは大魔導師なんじゃないのか?


「魔法の原理はよくわかんないけど、9割方の魔法はプラズマによって説明できるって、ひい婆ちゃんが言ってた」

「プラズマッ!?」

 驚きをあらわにする修馬。異世界に来ても、まさかのプラズマ万能説。この世に起こる不可解な現象は、全てプラズマによって解決することができるのだ。


 しかしよくよく考えると、プラズマというものがよくわからない。わからないながらも、雷みたいなのが放電しているイメージが頭に浮かぶ。プラズマ、イナズマ、みたいな。


「プラズマっていうのは、気体を構成する分子が陽イオンと電子にわかれて運動している状態のことだよ」

 プラズマについて説明を始めるココ。ありがたいけど、全くわからない。科学の世界から来た俺の立場は一体……?


 その後も延々、ココによるプラズマの説明が続くのだが、修馬は急に言葉がわからなくなってしまったの如く理解できなくなった。この不可思議な現象はプラズマをもってしても、説明することはできないだろう。


 片頭痛にでもなりそうな難しい話を聞いているうちに、ようやく国境である赤壁が見えてきた。魔霞み山を囲っているあれだ。

「帝国が見えてきたね」

 首を伸ばし遠くを眺めるココ。山の麓には町のようなものが見える。緩やかな谷に造られた小さな集落。


「あそこはバンフォンの町?」

「ううん。ここから見えるのは、エフィンっていう村。バンフォンはそこから西の方角にあるよ」

 ココが西と思われる方角と指し示すので、修馬も西と思われる方角に首を向ける。


「西か。歩いてどのくらいの距離?」

「普通に歩いたら3、4時間くらいかな」

「結構遠い……」

 友梨那はバンフォンで3日だけ待つと言っていたので、まあそれまでには充分間に合うだろう。最悪、今日中に着かなくても、明日起きたら現実世界で彼女にそのことを伝えれば良いだけだから全く問題はない。


 そして辿り着く、国境の赤い壁。修馬とココは、イシュタルの背中から順に飛び降りた。目の前には赤壁と同化している錆ついた扉がある。アルフォンテ王国側にあったものと同じ楼門。


 ココが錆びた扉に手をかざすと、滅多に動いていないであろう蝶つがいが悲鳴のような音を上げ、そして扉が開かれた。これで魔霞み山ともお別れ。ここから、また新たな旅立ちだ。


 ココは藤色のポンチョの内側をごそごそと探り何かを取りだすと、扉を潜ろうとする修馬にそれを手渡してきた。硬くて冷たい感触。見るとそれは、薄毛のおじさんの横顔が刻まれた3枚の銀貨だった。

「シューマはどうせ、帝国のお金持ってないんでしょ。美味しいお菓子を御馳走になったお礼にこれをあげるよ。


「いいの!?」

 とりあえず喜ぶ修馬。しかしその価値は、全くもってわからない。


「それで300ベリカあるから、贅沢しなければ数日分の旅費にはなるはずだよ」

「ベリカ?」

 ココの言うベリカとは、グローディウス帝国の通貨単位らしい。何だか、地下深くにある強制労働所みたいなところで流通しているゴミのような貨幣を連想してしまう。もしかしてグローディウス帝国って、そういう帝国なのではないだろうか?


「グローディウス帝国って、どんな国なの?」

 そう聞くと、ココは真顔で修馬の顔を見上げてきた。

「グローディウス帝国は、世界で一番危険な国だと言われているよ」


「やっぱりか……」

 嫌な予感は的中。しかしアルフォンテ王国に戻ったとしても、結局王宮騎士団に追われる身の修馬。退路はないので前進あるのみだ。

 修馬はへその下に力を込め、大きく深呼吸した。バンフォンに行けば友梨那がいるはず。覚悟を決めよう。


「ここから先は、魔物が沢山生息しているから気をつけてね」

 ココにそう言われ、折角の決意が再び揺らぐ。魔物かぁ……。


「いや、大丈夫! ココ、イシュタル、送ってくれてありがとう!」

「うん。シューマも元気でね!」

 ココの言葉に同意するようにイシュタルも「にゃー!」と鳴く。


 楼門と呼ばれる錆びた扉のところで別れ、1人なだらかな傾斜を下っていく修馬。背中越しに、錆びた扉の閉まる音が痛々しくも哀しげに響いてきた。

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