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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第33章―――
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第187話 帝国へ

 修馬たちを乗せた虹の反乱軍の船リーナ・サネッティ号は、針路を帝国に向け進んでいた。航海は先程、巨大な海蛇に襲われた以外は特に問題はなく順調なものだった。


「陸地が見えてきたぞーっ!!」

 帆柱の上にある見張り台からカンッカンッカンッという鐘の音と共に、マール・アンジェロの大きな声が聞こえてきた。船べりの手すりにしっかりつかまった修馬は、身を乗り出して海岸線を眺める。修馬の目にはまだ島影すらも映らなかったが、もうすぐ帝国に到着するようだ。


「無事に辿り着きそうで何よりだ」

 背後から近づいてきたアーシャにそう言われ、返事をしようかと思ったが、修馬より先に何者かが「無事なもんかよ……」とか細い声を上げた。


 首を捻りつつ辺りを見回すと、修馬の横に置かれた樽にぐったりと寄りかかって座る伊集院の姿があった。彼は先程の海蛇の戦いで精神的に大きなダメージを受けているのだ。


「何だ? あの程度の海蛇を恐れていては、良い船魔道士にはなれないぞ。イジュ」

 小言のようにアーシャは言う。あの程度と言われた海蛇だが、幅が1メートル、長さは恐らく10メートル以上ありそうな化け物だった。だがアーシャはそれを一太刀で斬り伏せたので、小言くらいは言う権利があるのかもしれない。


「俺は蛇が大の苦手なんだよ。見ろ、今も腰が抜けてここから立ち上がれない……」

 そう言うと伊集院は、寄りかかっていた樽から転がり、甲板の上にうつぶせに倒れた。完全なる無気力状態だ。


 呆れたような顔をしたアーシャは、片手に持った発泡性の葡萄酒の瓶に口をつけると、修馬のいる手すりの横に腕をかけた。


「しかし本当に大丈夫か?」

「放っておけばいいよ。帝国に着くころには元気になるだろうから」

「違う。あたしが大丈夫かと聞いているのは、行き先の港のことさ」

「港?」


 修馬が振り向くと、アーシャは酒瓶を渡してきた。酒を飲むような気分ではなかったが、付き合いということで、仕方なく酒瓶に口をつけ一口飲み込む。昨日も飲んだ酒だが、ぬるくなっているのでいまいち爽快さに欠ける気がする。


「何度も説明したと思うが、これから向かう『凍らずの港』はこの時期、湾に入るための水門が閉鎖されているはずだからな」

「ああ。それは、知っているよ」


 帝都レイグラードの近くには港が通常2つある。1つは帝都レイグラードの中心部に隣接したところにある『レイグラード港』。ここは、修馬も客船セント・ルルージュ号に乗った時に使用したことがある港だ。客船以外にも、商船、貨物船など停泊する帝国最大の港である。

 もう1つは、帝都から少し北に離れたところにある『銀の港』という漁港。だがこの銀の港は、冬場海が凍りついてしまうため閉鎖されてしまうのだ。

 そしてその代わりとして冬場使用されるのが、銀の港の西側の湾にある『凍らずの港』。漁場までの利便性が悪いので普段は使用されていないが、海流の影響で湾の外側が凍結しないため、冬季に限り漁港として使用されている。


 通常の船旅であればレイグラード港を使用するところだが、今回のような状況では、当然望ましくない。北にある銀の港から潜入し、陸路で帝都の中心部を目指した方が都合が良いのだが、修馬は夏場閉鎖されているはずの凍らずの港にいくことを主張した。理由は勿論ある。


「良いんだ。凍らずの港に行けば、俺の知り合いがいるはず。閉鎖されているとしても、きっと開けてくれる」

 そう言って修馬が酒瓶を返すと、アーシャは帝国の方角を見つめ、そして酒瓶を傾けた。


「知り合いか。それは、信用が出来る友達なんだろうな?」

「友達……」


 信用が出来る友なのかと問われ、すぐに言葉が出てこない修馬。

 しばし考えた後、言葉を振り絞ろうとすると、突然頭と肩に大きな衝撃があり、そのまま体が甲板の上に崩れてしまった。何が起きたのか?


「おお! すまん、シューマ。例の黒鳥の武器を使って空を飛んでいたんだが、着地が未だに上手くならなくてな」

 そう言って、頭をかきながら適当に謝罪するのはアルフォンテ王国の間者、ユーカ・スレイブル。彼女は黒鳥から奪った風属性魔法が備わった鉤爪を使って空を飛んでいたようだ。


「中々使いこなすのが難しそうな武器だが、上達したかね?」

 アーシャは酒を飲みつつ、倒れるユーカに片手を差し伸べる。


「元々器用な方だ。次の戦場ではきっと役に立つし、何なら今、役に立った」

「今?」


 それはどういうことなのかと首を掲げながら、甲板に倒れていた修馬も起き上がる。

「何かわかったのか?」


「ああ。目標の港を偵察してきたんだ。良い知らせと、悪い知らせがあるがどっちから聞きたい?」


 非常にうっとおしい聞き方をしてくるユーカ。とりあえず良い知らせから聞くと、修馬の考え通り、湾に入るための水門は開かれていたということだ。


「じゃあ、悪い知らせは?」

「港は翼を持った魔物で埋め尽くされていた。我々の到着を待ち構えているようだぞ。どうする?」


 煽るように言ってくるユーカ。甲板の上が緊張で静まり返る。船底に当たる波の音だけが、辺りに響いた。


「問題ない。このまま凍らずの港に向かう。針路はそのままだ」

 船首に向かって指を差す修馬。それを見たアーシャは呆れたように口を開いた。


「今は、なるべく無駄な戦闘は避けたいところだぞ。それとも、その知り合いとやらとは、絶対に戦闘にはならないという確証でもあるのか?」

 アーシャは中身の入った酒瓶を投げ渡してくる。そいつを飲んで少し冷静になれと、言っているようだ。


 受け取った発砲性の葡萄酒を口に含む修馬。のど越しは良くないが、鼻から抜ける芳醇な香りは昨日飲んだ時より強く感じることが出来た。本来であれば冷やして飲む酒であろうが、こうして飲んでみるのも悪くはないのかもしれない。


「いや。港にいるのは天魔族、四枷よつかせのハイン。彼とは恐らく戦うことにはなると思う」

 凍らずの港にいるという知り合いが天魔族だということは言ってなかったので、アーシャは腕を腰に当てたまま呆然としている。それも当然の反応か。


「知り合いって、よりによって天魔族か……。戦闘になるとわかって突っ込んでいくとは、正気の沙汰じゃないな」

「そうかもしれない。けど大丈夫」

 修馬は酒瓶をアーシャに投げ返した。投げ方が悪かったのか、受け取り方が悪かったのか、瓶からは泡が溢れてくる。アーシャはそれを口で受け止めると、酒が床に零れるのを最小限に抑えた。


「……わからないな。一体、何が大丈夫だというのか?」

「俺とハインは、酒を酌み交わした仲なんだ」


 ハインとは帝国の国境にあるエフィンの村の酒場で出会い、そこで共に小麦麦酒を飲んだ。こうして言うと大した関係性ではないが、あの時の自分にとっては、それがとてつもなく重要なことだったのだ。


 その時、酒瓶を持ったアーシャが大きな声で笑い出した。鐘の音を受け甲板に上がって来た隊員たちも、こちらの様子を気にし視線を向けてくる。


「どうした? アーシャ。またシューマの与太話でも聞かされているのか?」

 そう言ってきたのは船大工のベックだ。彼は己の武器である『荒法師の槌』を抱え、にやにやと嫌らしい笑みを浮かべている。


「そうだな。とんでもなく酔狂な与太話だ。全く、黄昏の世界の人間はどうかしている」

 葡萄酒を飲み干したアーシャは、空になった瓶を海に向かって放り投げた。放物線を描く空瓶は回転しながら海面に落ちると、白波によってその姿が見えなくなった。


「すまない」

 船に乗せて貰っている立場なので、頭を下げることしか出来ない修馬。しかしハインとは、ここでどうしても決着をつけておきたい気がするのだ。


「謝ることはないさ。あたしたちは虹の反乱軍。どちらにせよ、戦う覚悟は出来ている」


 アーシャは腕で大きく合図を送ると、甲板の上にいる隊員に「聞けっ!!!」と甲高い声を上げた。


「お前たち、着港の準備をしろ!! 戦闘の準備もだ。もうすぐ帝国、凍らずの港に到着するぞ!」

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