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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第32章―――
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第184話 木面の呪縛

 辺りにもくもくと放たれていく、玉藻前たまものまえの怪しげな妖力。その闇の毒気にやられた修馬たちは、次々とその場にひざまずいていった。


「玉藻前……。あなたは禍蛇まがへびを蘇らせて、どうするつもりですか?」

 苦しみに耐えつつも、葵は雷撃を放つ。しかしそれは玉藻前の闇に呑まれ、跡形もなく消えてしまった。


「ことことこと。私は油虫のように増殖する人間を間引きし、適正な数字になるまで減らしてしまいたいだけです。こんなにも弱く愚かな生物が、この世界の支配者のように振舞っているのは滑稽でしかありませんからね」


 玉藻前が左手を上げると、闇の中から雷撃がカウンターのように葵に返っていった。一瞬ひやりとしたが、その攻撃は茜の六芒星の防御術で完全に防がれた。肩をなで下す修馬。


「くそっ、闇の力か……。俺の『闇堕ちの杖』があれば、吸い取ってやるんだがな」

 そんな中、伊集院は足元が闇で覆われながらも、気分を崩すことなく平然と立っている。そういえば奴は、闇魔法が効かない特異体質だったのだ。


「お前のあの杖は、闇を吸い取ることも出来るのか?」

「まあ、多少ならな。召喚してみるか?」


 伊集院に言われるも、修馬は素直に頷けない。あの杖は一度召喚して酷い目にあったことがあるのだ。まともな精神では使いこなせない禍々しい武器。


「あの闇堕ちの杖を使いこなすのは、中々難しいであろうな」

 修馬の横でそう呟いたのは、仏頂面のタケミナカタだった。折角出てきてくれたのに申し訳ないが、そんなことはわかり切っていることだ。


「じゃあ、どの武器を召喚すればいいんだ?」

「そうじゃなぁ。光属性であるなら、『黄昏の十字剣』が良いかもしれぬな」

「黄昏の十字剣か……」


 天之羽々斬あめのはばきりの複製である黄昏の十字剣。確かにあれは微かな光魔法を宿していたが、この大妖怪が相手ではいささか荷が重いような気がする。


「醜くわめくよりも、今は震えて眠りなさい……、『闇凍やみこごえ』」


 玉藻前は闇と共に凍てつく冷気を放ってきた。修馬は咄嗟に召喚した物でその攻撃を防いだのだが、それは黄昏の十字剣ではなかった。それどころか武器と呼べる品物でもない。修馬が手にしているのは、五角形の黒い盾。これはベルクルス公国の傭兵、ジーグラス・アズベルトが持っていた二枚盾の内の一枚だ。


「何でだ? 何で、ジーグラスの盾が召喚出来る?」

 瞳孔を広げて、その盾を注視する修馬。横にいるタケミナカタも、側頭部をかきながらその盾を見つめた。


「それはその所有者にとって、武器のようなものだからだろう」

「は?」


 どうもタケミナカタの話だと、ジーグラスにとって二枚盾は武器のようなものだから召喚出来たということらしい。あまり釈然としないし、いい加減な理由だ。


「その黒いのは『闇夜の盾』。闇系の攻撃を防ぐことが出来る。もう1つの白いのは、『陽光の盾』。そっちは光系を防げるから、何かと役に立つ盾じゃぞ」

 タケミナカタはそれだけ言うと、その場から姿を消してしまった。とりあえずはありがたいけど、やはり攻撃出来なければ意味がないような気がする。


 黄昏の十字剣を召喚した修馬は、闇夜の盾で玉藻前の攻撃を防ぎつつ応戦する。しかし、彼女の妖刀『迷わし』の奇妙な二段攻撃が攻略出来ず、苦戦を強いられてしまう。


「この『迷わし』、一度振るだけで二度斬りつけることが出来る摩訶不思議な妖刀。妖力は勿論、剣術でも人間が私に勝てる道理はない」


 そして玉藻前の言葉通り、一対複数で戦っているにも関わらず、優位に戦うことが出来ない修馬たち。やはり黄昏の十字剣では力不足で、代わりに銃器の類も召喚してみたが、それでも玉藻前に大きなダメージを与えることは出来なかった。


「これ以上茶番劇を続けても退屈ですね。そろそろ終幕にしましょうか」

 玉藻前が腕を広げると、胸の前に大きな黒い球体が出来膨れ上がっていく。


 何か強力な攻撃を仕掛けてきそうなので、盾を持って警戒する修馬。緊迫した空気が一瞬だけ広がったのだが、何だか様子がおかしい。玉藻前は漆黒の球体を抱えたまま、ぴたりと身動きを止めてしまったのだ。


 それならばこちらからと、腕を振り被る修馬。だがその時、後ろにいたアイルが「皆さん、待ってください!」と大きく声を上げてきた。


「今、星魔法の秘術を使って、玉藻前さんの周りの時間を止めさせていただきました。後数分はこのまま動くことが出来ないはずです。離れていてください」


「……時間を止めた!?」

 それは想像を絶する凄い魔法。だが、離れなくてはいけない理由は何だろう? 止まっている状態で打ちのめすのは駄目なのだろうか?


「はい。しかしながら、対象者に近づけばその方の時間も止まってしまいます。なのでその間は、あの方に近づくことが出来ません」


 かなりの魔力を消費したのか、アイルは幾分しんどそうに呼吸を荒げる。

 こちらから攻撃が出来ないのであれば、時を止めることにあまり意味が無いように思えるが、一体何故アイルはそこまで大変な思いをして時間を止めたのだろうか?


「時間が止まっている間に何をすれば……」

 そう尋ねる修馬に、アイルは胸に手を当てて深く息をついた。


「今の内にユリナさんを呼びましょう。黒髪の巫女である彼女なら、光術が使用出来ますよね?」


 目から鱗の大情報。自分で倒さなければいけないという気持ちが先走り過ぎて、光術が使える友理那の存在を完全に忘れていた。彼女も天之羽々斬あめのはばきりの祈祷をするために、大欅のほこらの中にいるはず。


「確かにそうだ。だけど何でこんな騒ぎになってるのに、友理那は気づいてないんだ?」

「それは恐らく、玉藻前の作り出す『闇の領域』のせいです」

「闇の領域?」


 詳しくはわからないがアイルの説明によると、闇の領域は別次元になっていて、外部からの情報が一切断絶されてしまっているとのことだ。


「友理那ちゃんならお堂の中に……、すぐに呼びに行く!!」


 茜が踵を返して走り出したその瞬間、辺りに闇魔法特有の嫌な寒気がぶり返してきた。

 鳥肌を立てた修馬は、恐れながら振り返る。視線の先にいる玉藻前は、着ている平安装束が揺れ動き、胸の前にある漆黒の球体もますますその大きさを増していた。


 青白い顔で絶句するアイル。修馬の背中には尋常でない汗が流れた。


「はて? 何か妙な術をかけたようですね」

 木面の奥から玉藻前が言う。かけてから1分も経っていないはずだが、術は完全に解けてしまったようだ。


「まあ、いいでしょう。前座はこれで終わりです……。喰らいなさい『奈落の闇』!」


 膨れ上がる球状の大きな漆黒。それが天に向かってゆっくりと浮かび上がると、重力に引かれるように修馬たちの頭上に落ちてきた。


 皆が魔法障壁や六芒星の結界を張り、その身を守る。修馬も闇夜の盾と陽光の盾を召喚しようと両手を前に構えるが、それと同時に背後から暗闇を溶かす程の眩い光が放たれた。


「届けっ、『光芒こうぼうの矢』!!」


 その光の線は巨大な漆黒の玉を貫いてかき消すと、そのまま玉藻前の腹部に命中し八方に広がり霧散した。


「あっ、ぐはっ!!」

 薔薇の花びらでも散らしたかのように、口から赤い血を吐き出す玉藻前。ここで初めて、彼女は苦し気な表情を見せた。


「すみません。闇の結界の中に侵入するのに、少し時間がかかりました」

 修馬の背後から光術を放ったのは友理那だった。彼女は円形の鏡を両手で持ち、堂々とした佇まいで玉藻前を睨んでいる。


「おおおおおおおおおっ……」

 何かを吐き出すかのように、前屈みになり嗚咽を漏らす玉藻前。


 今であれば、光属性以外の攻撃も通用するかもしれないと思った修馬は、手の中に銃身が黒光りする美しい拳銃を召喚した。精巧な作りから、リボルバーのロールスロイスの称されるアメリカ製の回転式拳銃『コルト・パイソン』だ。


 拳銃を両手で握った修馬は、確実に狙いを定め、強く引き金を引いた。銃口から火を吹き、真っすぐに飛び出す.357マグナム弾。


 甲高く鳴る銃声と共に、玉藻前の被る白狐の木面が真っ二つに割れる。見事、顔面に命中したようだ。割れた木面は地面に落下し、玉藻前の素顔が白日の下に晒された。


 白く透き通る頬に、切れ長のしとやかな目。そして額から垂れる、柘榴ざくろの実のような大粒の血。浮世絵の美人画のようなその顔は、鼻を伝う血でさえもどこか芸術的に感じられた。


「……ことことことこと。木面の呪縛を解いてくれるとは、何と感謝すればいいか」

 口角を上げて、玉藻前は呟く。


「呪縛だと?」

「ええ……」

 目を細めて頷くと、玉藻前の腰の下から2本の白い尻尾のようなものが出現した。文字通り尻尾を現したということか。


「この白狐の木面は、古の時代、私の『ほむらの力』を封じ込めるために造られた忌々しき術具。これから解放された今、最早私に勝てる者など……」


 そう口にすると、玉藻前の2本の尻尾が炎で包まれ大きく膨れ上がった。メラメラと燃え上がる怒りのような炎。2本の尻尾が炎に包まれるその姿は、まるで無数の尾があるようにも見ることが出来た。 


「懐かしき焔の力……。しかしうまく制御出来ないらしい。今、あなたたちとやりあえば、この戸隠連峰を全焼させてしまうかもしれませんね」


 玉藻前は敬礼でもするように腰を曲げると、至極嬉しそうに「ことことこと」と笑った。


「残念ですが、この続きはまた後日。それでは失礼……」

 そこから去ろうとする玉藻前。だがそれを絶対に許さない者も当然いる。


「待てっ!!」

 そう叫んで、前に駆けだしたのはサッシャだった。右腕の無い彼は左手だけでその首根っこを掴もうとしたが、玉藻前は燃える尻尾をくるりと回転させると、黒い煤だけを残し、そこから綺麗に姿を消してしまった。


「逃げられましたか……。しかし、私の利き腕は置いていってくれたようですね」


 その場に身を屈めるサッシャ。玉藻前の去ったその跡には、白い腕が1本残されていた。

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