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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第32章―――
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第183話 玉藻前

 男性である修馬から見ても、サッシャはいわゆるイケメンの部類に入る見た目なのだが、茜はばっさり「キモイ」と斬り捨てる。天魔族に対する嫌悪感もあるのかもしれない。


 しかし当のサッシャは、そんなことを気にする様子もない。ただ茜の能力に心底惚れこんでいるようで、嫌がる彼女に近づいては無理やりちょっかいを出している。まるで男子小学生のように。あれではイケメンが台無しだ。


 逃げ回る茜と、追うサッシャ。

 そんなことをお堂の前で繰り広げていると、突然どこからか生臭い異臭が漂ってきた。その場の全員が感じ取ったようで皆動きが止まり、辺りを警戒しだす。


「……血の臭い」

 鼻をひくつさせた葵が言うと、サッシャはお堂の屋根瓦に目を向けた。

「獣の臭いもします。建物の裏からのようですね」


 その時点で修馬たちは、何者が来ているのか理解していた。あの、玉藻前たまものまえが現れたのだ。


「遂にここまで来やがったか。守屋家の神域で好き勝手させられるかよ!」

 そう言って走り出す茜と、それを追う葵。


「危険です! あなた方は強い術者ですが、あの者には敵いませんよ!」


 サッシャが制止させようとするが、彼女たちの足は止まらない。修馬もあまり思考が追いつかないまま、2人の後を追った。


 草を蹴散らし、気を引き締めながら御神木の裏手に回り込むと、木立の奥にある草むらに巨大な黒い獣が二本足で立っているのが見えた。胸に白い半月模様があるツキノワグマだ。


 しかしそのツキノワグマは見た目がおかしかった。始めは首をすくめているのかと思ったが、よく見るとその熊は、首から上が無くなっていたのだ。


 そう気づいた時、ツキノワグマは仁王立ちの状態で、前のめりにどすっと倒れた。黒ずんだ首の断面から、生々しい血がだらだらと流れ地面に染みる。強くなる血の臭いに、修馬は思わず顔をしかめた。


「ことことことこと……」

 丁度その時、怪しげな声が山の木々に反響する。


 倒れる熊に目を奪われてしまっていたが、よく見ると、その背後に白狐の木面を被った平安装束の女がいた。やはり玉藻前だ。彼女は倒れた熊の物と思われる大きな頭部を片手で掴んでいる。


「不快な獣がいたので、殺めました。首はあなたたちに差し上げますよ」

 熊の頭部を下から放り投げる玉藻前。それは地面をごろごろと転がり、修馬の前で舌を出して動きを止めた。


「な、何をしに神域に現れた? 玉藻前」

 震える声を抑えつつ、修馬はそう尋ねる。玉藻前はその場にいる全員の顔を一瞥すると、また静かに「ことことこと」と笑った。


「あなたがたが2つの世界を行き来してくれているおかげで、世界間を結ぶえにしが、強固なものになりました。感謝してますが、もう御用はありません」


 木面の奥の目を光らせる玉藻前。動く気配はしなかったが、異常なまでの殺気を感じ、修馬は反射的に王宮騎士団の剣を召喚した。


 斬り上げて、すぐに横に薙ぐ。

 見えはしなかったが、玉藻前が放ったと思われる何らかの攻撃を、剣で二度弾いた。


「私の攻撃を、初見で見切りましたか。お見事……」

 玉藻前の手には、いつの間にか日本刀が握られていた。少し短めの刀だが、よくわからない不気味なオーラを纏わせている。


「日本刀使いか……、いつの間に?」

「これは妖刀『迷わし』。あなたたちはこの刀で裂かれ、死んでいくのです」


 玉藻前がそう言うと、刀を覆っていた黒いオーラが体全体を包み込んだ。そして辺りは、夏だというのに底知れぬ寒気が広がっていく。先程サッシャの放った寒さとは、また別次元の寒気。この魔力は一体……?


 足も動かさず宙を浮くようにゆっくりと移動する玉藻前。しかしの動きとは対照的に素早い剣撃が、周りに飛び交った。修馬たちはその攻撃を防ぎつつ、各々反撃を仕掛けていく。


「恐ろしや、人間の霊力。しかし私の妖力とは比べものにならぬ」

 修馬は王宮騎士団の剣、サッシャは流水の剣でそれぞれ攻撃しているが、目にも止まらぬ剣撃で全て弾かれてしまう。伊集院と茜、葵も魔法や術で応戦しているが、今のところ効いている様子はない。


 一度距離を取った修馬は、鳥肌の立つ腕を強めに摩った。この薄気味悪い寒気は、一体何だというのか?

「これは例の氷術の類か?」


 同じく玉藻前から離れたサッシャが、眉をひそめ大きく息をつく。

「いえ、この体の芯から冷えてくる冷気は闇魔法特有のもの。つまりこの者は闇属性の魔物なのですが……」

「ですが?」


 その時、サッシャは流水の剣を下から大きく振るった。いつの間にか距離を詰めていた玉藻前が、妖刀『迷わし』を振り下ろしている。

 その攻撃は完全に防いだかと思えたが、サッシャは苦し気に声を上げた。見ると、左肩から血が噴き出している。


「サッシャ!!」

「大丈夫です……。流水の剣『白線』!!」

 サッシャの手から放たれる、5本の水流。それぞれが緩やかに弧を描き進んでいくと、玉藻前の胸に命中し貫いていった。


「……ことことこと、恐ろしや、恐ろしや」

 胸に風穴が空いた玉藻前だったが、特にダメージを受けている様子は感じられない。だがその穴を回復させるように動きを止め、その場で怪しげな闇を放出している。


「いいですか、シューマ。通常魔物の類はあなた方人間と違い、体の構成も属性に依存しているものです。火属性の魔物なら水属性魔法が有効ですし、水属性の魔物なら地属性魔法が有効」

 と、サッシャは言う。ならば玉藻前には光属性の攻撃が有効だということだが、続くサッシャの言葉はそれを否定するものだった。


「なのですが、恐らくこの者には光属性がそこまで有効ではありません。それは闇以外に、もう1つの属性を兼ね備えているからです」

「属性が、闇の他にもう1つ?」

 疑問符を浮かべる修馬は、自律防御を備えた王宮騎士団の剣で、玉藻前の攻撃を2度弾く。素早く不規則な攻撃に、剣を持つ腕が大きく痺れた。


「……隠された『ほむらの力』に気づくとは、驚かされてしまいます」

 どこか誉めるような口調で玉藻前が言うも、サッシャは目を細めたまま強く睨み続ける。


「やはりそうですか……。あなたは闇と火の二重属性を持つ魔物なのですね」

「如何にも。しかし心配は無用。私の中の焔の力は、まだ蘇っておらぬ」


 玉藻前は「ことこと」と笑うと、更に体から闇を放出しだした。黒煙のような闇は、地面を伝い修馬たちの足元にまで及んでくる。骨まで染みるような冷気と共に、悪寒による吐き気も催してきた。気分が悪くなるのは、闇魔法の大きな特徴。


「だが、闇の妖力だけでも充分。禍蛇まがへびの復活までは幾らか時間があります。あなたたちには、それまでの遊び相手になって貰いますよ」

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