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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第32章―――
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第181話 奪われたもの

「サッシャ!!」


 最早、虫の息とも思えたサッシャにそう呼びかけると、彼は苦しそうに目を開き、そしてすぐにその目を細めた。


「シューマですか……、お久しぶりです。まさか、このような形で再開するとは思いませんでしたね」


 身動きも取れない程の大怪我を負っているサッシャ。翼を持っているはずの彼が、斜面から転げ落ちたとは考えにくい。恐らく何者かと争い、この状態になったのであろう。


「サッシャ……、そいつが四枷よつかせのサッシャって奴か」

 眉をひそめた伊集院が言う。彼は天魔族四枷よつかせの1人、ヴィンフリートの弟子であったが、サッシャとはこれが初対面のようだ。


「ああ、そうだ。天魔族ではあるけど手は出さないでくれ。サッシャは俺の恩人でもあるんだ」

「恩人ねぇ……。しかし天魔族ともあろうものが、随分なやられっぷりだな」


 言い方は悪いが確かに伊集院の言う通り、今のサッシャは見るに堪えない程の怪我を負っている。腹が裂かれているため体の下には大量の血だまり、足は折れてあらぬ方向に曲がっており、右腕に関しては肘から先が無くなってしまっていた。


「これだけの重症なのに息があるようなので驚いていましたが、天魔族の方でしたか。一体、どなた様にここまでやられたのですか?」

 アイルがそう尋ねると、サッシャは焦点の合わぬ目で空を見上げた。そこには密度の濃い霧が雲の中のように対流している。


「まさか、飛竜にやられたのか?」

 修馬の脳裏に、先ほど見た飛竜の影がちらついた。もしかすると、それがサッシャをここまでの状態にしたのではないだろうか?


「飛竜……ですか? 龍神オミノスのことなら違います。私がやられたのは、竜ではなく獣臭がする人型の魔物でした」

 虚空を見つめサッシャが言う。獣の臭いがする人型の魔物。それはつまり……。


 修馬とアイルが顔を見合わせる。どうやら同じ結論に至ったみたいだ。

「成程。玉藻前たまものまえの仕業か……」


「たまものまえ……、確かにそう名乗っていましたね。油断していたわけでは無いですが、まさか黄昏の世界に、あれほどの魔力を持つ生命体が存在するとは思いませんでした」


 やはりサッシャをここまで追い込んだのは玉藻前の仕業のようだ。ということは、まだこの近くに奴がいるかもしれないということ。


「ほう。こっちの世界の妖怪如きにやられるとは、四枷よつかせが聞いて呆れるな」

 体を反転させ背中を向けると、伊集院は他人事のようにそう呟いた。おおよそ大怪我人に対して言う言葉ではないが、彼が天魔族を嫌っているので、悪態をつくのも仕方がない。


「……あなたは話に聞いていたタスクですね。あの魔物は気をつけなければいけません。いくら天稟てんぴんの魔道士と呼ばれるあなたでも、真っ向から戦って勝てる相手ではありません」


 サッシャのその言葉に対し、伊集院は瞬時に振り返る。

「俺はその通り名が嫌いなんだ。二度と口にするな。それより、天魔族のお前が何でここにいる? こっちの世界に来た目的は何だ?」


 冷えた水蒸気の塊が顔の前を過ぎっていく。

 動揺のあまり肝心なことに気づいていなかった。サッシャがわざわざこちらの世界に来た理由は何だろう?


 サッシャは痛々しい体のまま、ゆっくりと立ち上がる。彼の顎から滴る血が、血だまりに落ちて小さな波紋を広げた。

「目的ですか? それは簡単です。黄昏の世界にある『アメノハバキリ』を頂戴しに来ました」


「ふん! 所詮こいつも天魔族ってことか。やっぱりここで、息の根を止めておいた方が良さそうだな」

 構えるような体勢をとる伊集院。それを横目で見たサッシャは、全身を大きく脈打たせ「はぁーっ」と重々しい声を上げた。


 周辺に漂う水蒸気が洗濯機の中のように渦巻きだし、そしてサッシャの体に吸収されていく。すると彼の傷はみるみる回復していき、辺りの霧は一気に晴れていった。不可思議な現象。


 そして今一度重い声を上げ、息を吐き出すサッシャ。謎の術により瀕死の状態からは回復したように見えるが、彼の右腕は今も肘から先が無くなったままだった。


「何だ! やんのかテメーッ!!」

 チンピラのように絡む伊集院。だがサッシャは、そんな安い挑発には乗らない。


「やりません。利き腕を奪われてしまいましたからね。……ところでシューマ、ご相談なのですが、あの玉藻前とやらを倒すため一時手を組みませんか?」


「ふっざけんな!! 俺を生贄にしようとしたお前らと、仲間になんてなれるわけないだろっ! 大体、天之羽々斬あめのはばきりを奪うって宣言しておいてよくそんなことが言えるな!」


 あくまで煽り続ける伊集院。天之羽々斬あめのはばきり禍蛇まがへび討伐に必要な武器なので、彼の言うことは間違いなく正論なのだが、玉藻前という大妖怪を倒すには仲間がいくらいても困るということはない。サッシャほどの戦力なら尚更だ。


 個人的にも恩のあるサッシャの言葉に、修馬は困ったように黙り込んでしまう。そこで助け船を出してくれたのは、心配そうに見守っていたアイルだった。


「恐らくですが私の『星巡り』の経験上、剣程の大きさのものは星巡りでは転送出来ないのではないかと思います。こちらに来られたサッシャさんも経験を通じて、それを感じているのではないですか?」


 しばし沈黙が落ちる。霧の晴れた空からは、暑い真夏の日差しが降り注いできた。


「……玉藻前は龍神オミノスを蘇らせ、黄昏の世界を支配しようとしているようです。あの魔物を討伐することは、私たち天魔族にとってもこの世界にとっても利益があることだと思いますよ」


 サッシャはアイルの質問には答えず、そう言ってきた。結果的に無視されてしまったアイルだが、別に怒ることもなく、ただサッシャの横顔を注視している。


「私も薄々は感じてました。玉藻前という妖怪が、人に化けながらも微かに邪悪な気を放っていることに……。しかしこちらの天魔族の方は、邪悪な気が微塵も感じられません。あるいは、人間よりも純粋な感情を持たれているのかもしれないです」


「それは買いかぶり過ぎです。私だって怒ることもありますし、目的のためなら国を滅ぼすことだって辞さないでしょう」

 サッシャはそう言うと、「くっくっくっくっく」と怪しく笑った。否、これは笑い声ではなく彼特有のしゃっくりなのだ。トリッキーなしゃっくりを聞き、伊集院は若干引いてしまっている。無理もないだろう。


「くっくっくっ、玉藻前……。私の腕を奪っていったことは、必ず後悔して貰いますよ」


 そう言ってサッシャは、不気味に口角を上げた。それを傍で見ていた修馬は自然と肩がびくりと上がり、まるで冬山の冷気でも浴びたかのように全身に鳥肌が立った。

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