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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第32章―――
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第180話 飛竜の影

 激しく息を切らす修馬は、霧のかかる登山道で呆然と天を仰いでいた。


「何だ、この断崖絶壁は……?」


 修馬、伊集院、アイルの3人は『大欅おおけやきほこら』に向かうため、植物の生い茂る険しい山道をここまで登って来たのだが、その道の先にあるのは険しいを通り越したほぼ壁に近い斜面。そして崖の上からは1本の太い鎖がぶらりと垂らされている。これを掴み岩場に足をかけて登れということらしい。


「祠に行くのに、こんながっつり登山しなきゃいけないのか……」

 愕然とする修馬を尻目に、伊集院はどういうわけか余裕の笑みを湛えている。


「だから、修験道の修行に使われた山道だって言っただろ。まあ俺レベルになれば、こんな斜面もちょちょいのちょいだけどな」

 そう言って両手を広げた伊集院は、飛翔魔法を使って宙に浮き、その断崖を軽々と跳び越えていった。あいつ最悪だ。糞チート野郎め。


 崖の下で立ち止まった修馬は、しばしの間崖の上を見上げる。するとその時、上空を覆っている霧の中に翼を持った生き物のような大きな影が音も無く移動する様が目に映った。


「えっ!!」


 腰を落とし一歩後ずさる修馬。だがその謎の影は、瞬きした瞬間、初めから何も無かったかのようにどこかに消えてしまった。

 困惑し振り返ると、落ち着いた様子のアイルが不思議そうに首を捻っている。


「どうかしましたか?」

「いや……、今、空にでっかい飛竜みたいなの飛んでなかった?」

「飛竜? 飛行機ではなくて、飛竜ですか?」


 アイルの質問にこくりと頷く修馬。だが彼女は、少し困ったような表情で首を横に振った。


「シューマさん、少しお疲れなのではないですか? でも、とりあえず崖登りは安心してください。飛翔魔法なら私も使うことが出来ますから、一緒に行きましょう」

 そう言うとアイルは、背後から修馬の両脇を優しく抱きかかえ、ゆっくりと天に向かって上昇した。


「おお、これは……」

 修馬の背中にアイルの胸の膨らみががっつり密着している。これは棚から牡丹餅。いや、背中に鏡餅。


 そして一気に崖の上まで飛んでいくと、案の定というか何というか、上で待っていた伊集院が国会での野党の如く猛烈に抗議してきた。


「お前、見損なったぞ! そんな汚いやり方で登って、恥ずかしくないのかよ! 大体この山は守屋家が管理する神域でもあるのに、そんな邪な心で登るとか全く持って考えられん! 深く反省しろ、この下衆野郎!!」


 ピーチクパーチク、色々言ってきてはいるが、おおよそ的外れな批判なので、これはもう無視でいいだろう。


「まあ、そんなことより伊集院、今、空に飛竜みたいな生き物飛んでなかった?」

「そんなことって何だ!? 勝手に話反らしてんじゃねぇよ! つーか、そんなもんこっちの世界にいるわけないだろ!!」


 そう言うと伊集院は、溜まった怒りを吐き出すように声を上げつつ熱い息を吐いた。やはり彼も、飛竜の姿は見ていたようだ。あれは何かの見間違いだったのだろうか。


 そこからは雰囲気が悪くなったということもあるが、更に疲れていたこともあり、3人とも黙々と山道を歩いていった。登っていくにつれ、霧はどんどん深くなっていく。


 そして草をかきわけ進んでいくと、またも目の前に鎖の垂れた絶壁が現れた。しかも先程の倍くらいの高さがある。


「アイルさん! 次は俺が修馬のこと上まで運びますから、先に行って大丈夫ですよ」

 何やら気を効かしたように言ってくる伊集院。だがその本心は、男の見苦しい怨念が渦巻いている。


「そうですか。それではお任せしますね」

 素直に好意を受け取ったアイルは、縁石にでも登るように軽く跳び上がると、そのまま崖の上まで飛翔していった。その様子を残念そうに見守る修馬。


 だがアイルは崖の上に着地すると、何かに怯えたように「えっ!!」と声を上げた。異変が起きたことを敏感に察知する男2人。


「だ、大丈夫ですか!? アイルさーんっ!!」

 勢いよく飛び上がる伊集院。まずい、置いていかれてしまった。


 慌てて辺りを確認する修馬。短い距離であれば涼風の双剣で飛翔することも可能だが、あれは真っすぐに飛ぶことが難しいので、足場が悪く木々が鬱蒼と生えるこの場所での使用はかなり危険を伴うだろう。


 一か八かの賭けを挑むより堅実に足で登ることを選んだ修馬は、目の前のごつい鎖を両手で握りしめた。

 途中で止まろうものならそこから身動きがとれなくなりそうな気がしたので、残された体力をフルに使い一気によじ登っていく。

 そしてどうにかこうにか上まで到達すると、そこにはアイルと伊集院が背中を向けて呆然と立ち尽くしていた。


 息を切らしながら、ゆっくりと立ち上がる修馬。すると彼らの足元に血まみれの男が倒れていることに気づいた。


 崖登りで荒くなっていた呼吸が、高鳴る心臓のせいで更に乱れていく。

 前屈みになりながら2人の元に近づいていくと、修馬はそこに倒れている男の姿を凝視した。銀髪でどこか浮世離れした雰囲気の日本人らしからぬ男性。


「サ、サッシャ……か?」


 青褪める修馬。岩場の上で血を流し倒れていたのは天魔族、四枷よつかせのサッシャ・ウィケッド・フォルスターだった。

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