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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第32章―――
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第179話 山霧の朝

玉藻前たまものまえ

 日本三大妖怪で、九尾の狐の人間の姿。3つの国で悪行を繰り返していたが、最後は討伐軍に追われ、現在の栃木県那須郡で息絶える。死後は巨大な毒石に変化し、近づく人間や動物の生命を奪った。


 茶の間のテーブルの前に1人座る修馬は、茜から借りた妖怪大辞典という本で、先日遭遇した玉藻前について調べていた。詳しくはわからないが日本三大妖怪に選ばれているくらいだから、間違いなくやばい妖怪なのだろう。それに九尾の狐という妖怪も、名前くらいは聞いたことがある。


「狐かぁ……」

 確かにその妖怪は、顔に白狐の木面を着けていた。やはり本に書いてある通り、あれは狐の妖怪が人間に化けた姿に間違いないのだろう。


 一度顔を上げた修馬は、開け放たれた障子戸から広い庭に目を向けた。軒先の向こうは朝特有の深い霧が立ち込めている。戸隠山ではよくある天候だ。


 今日はこの後、山奥に籠って神事を行っている伊織たちの迎えに行かなくてはいけないので、天候は崩れてほしくないのだが、如何なものだろうか? 正直、山の天気は読みづらい。


 引き続き、今度は九尾の狐について調べようと妖怪大辞典のページをめくる修馬。するとその時、廊下から誰かがやってくる足音が聞こえてきた。


「おーい、修馬。お前昨日、渡邉たちに会った?」

 開いている障子戸から姿を現したのは伊集院だった。いつものことではあるが、どこか不機嫌そうに表情を曇らせている。


「わたなべ……。それ、誰だっけ?」

「何でだよ、クラスメイトの渡邉だよ。佐藤と齋藤も一緒にいただろ」


 そう言われてようやく思い出す修馬。それは昨日会ったイケてるグループ3人組のことだ。恐らく。


「ああ、渡邉くんたちね。会ったよ。それがどうかしたの?」

「どうしたのかは、こっちの台詞だ。さっき渡邉からスマホにメッセージが入ってて、何か修馬を含めた皆でハイキングに行くからお前が企画してくれっていう意味の分からない丸投げの連絡が来てて困ってんだよ」


「へぇ……、しかし、何でまたハイキングなの?」

「だから、こっちが聞きたいって言ってんだろ。お前がハイキング行く約束したんじゃないのか?」

「えぇ……?」


 あの3人組と一緒に遊びに行く約束は確かにしたが、ハイキングというのは聞いていない。そもそもあれは社交辞令的なものだと思っていたので、困惑の大きさもひと際だ。


「何でハイキングなんか行かなきゃいけないんだ!? 今日もこれから山登りしなくちゃいけないってのにっ!!」

「そんな大袈裟に言うなよ。山登りって言っても、小学生でも登れる奥社参道だろ」


 奥社参道は文字通り、奥社に続く参道のことだ。杉の巨木が立ち並ぶ圧巻の古道。多少距離はあるものの、登山と言うほど大げさなものではない。そういえば、以前奥社参道を歩いた時も、こんな感じで霧が広がっていた。


「奥社参道? 何言ってんだ、お前?」

 伊集院がちょっと馬鹿にするように言ってくる。


「何が? これから奥社か九頭竜社に行くんじゃないの?」

 修馬がそう言うと、廊下の方からカラカラカラッという鈴の音が聞こえてきた。


「違いますよ。これから向かうのは、『大欅おおけやきほこら』だそうです」

 そう言って小さな鈴を鳴らしながら茶の間に現れたのは、アイル・ラッフルズ。彼女の装いは、アームカバーとレギンスで肌の露出を抑えた山ガールスタイル。登山する気満々だ。


「大欅? どこそれ?」

「さあ? 何でも、完成した天之羽々斬あめのはばきりに最後の祈祷をする場所だと聞いていましたが……」

 そう言ってアイルが伊集院に視線を向けると、彼は何となく偉そうに咳払いをし、その説明をしだした。


「その大欅の祠ってのは、この屋敷の裏手にある守屋家しか知らない登山道を登った先にあるお堂のことだ。古くは修験者が行場として使っていたところで、かなり険しい山道を越えないといけないから、来るときは充分注意しろって伊織さんが言ってたよ」


「そうでしたね。私も危険だからと、この鈴を渡されました」

 アイルは先程からカラカラと鳴っている鈴を手に持って掲げた。銀色の鈴が2つ、紐に繋がれてさくらんぼのような形状をしている。


「何これ? 魔除けの鈴?」

「いえ。これは熊除けの鈴だそうです」

「熊っ!?」


 そういえば戸隠山の登山口近くには、熊出没注意の看板を目にすることが多かった。人がよく通る奥社参道ならまだしも、守屋家しか知らない秘密の登山道では獣と遭遇する確率はかなり高いかもしれない。

 

「魔物と熊、どっちが嫌だろうなぁ」

 頭をかきながらどうでもよさそうな雰囲気で言ってくる伊集院。


「魔物なら倒さなければなりませんが、無害な獣なら極力接触しないようにしたいですねぇ」


 アイルにそう言われ、修馬は「ああ、そうだね」と生返事をする。玉藻前との戦闘はいずれにしても避けられない気がしているが、それに加えて野生動物にも注意しなくてはいけないとは何とも気が重い。


 修馬は読んでいた本を閉じると、肺の中の空気を全て押し出すように深いため息をついた。


 結論。魔物も熊もどっちも会いたくない。

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