第177話 鬼の慟哭
「くそっ!! 油断した!!」
雷鳥の放つ雷術を受け倒れていたユーカが、右肩を押さえながらも足の反動を使って跳ね起きる。
どうやら一命は取り留めたようだが、危機的状況なのは変わりない。雷鳥は電気のほとばしる槍を構え、こちらに睨みを効かせている。万事休す。
縛られ身動きがとれない修馬は、青褪めた顔で静かに息をつく。
見ると雷鳥の持つ槍の穂先には、直径1メートル程の球雷が出来上がっていた。恐怖心を煽るバチバチという音が、否が応でも耳の奥に届いてくる。
雷鳥が槍を振り被り、いよいよ攻撃が飛んでくるというその時、隣のジーグラスが何かを叫んだ。
「蒼穹の障壁!!」
修馬同様に後ろ手を縛られている状態のジーグラスだったが、呪文を唱えると彼の頭上高い位置から半球体の巨大な魔法障壁が出現し修馬たち3人を大きく囲みこんだ。
雷鳥の放った攻撃は障壁に衝突し、激しい火花を散らす。だがジーグラスの魔法障壁を持ってしても、雷術は完全に防げないらしく、修馬たちの体に衝撃が駆け巡った。
「あああああっ!!!」
必死に耐える3人。しかしその雷撃は、意外にも早いタイミングで唐突に治まった。
ふらふらする視界で、敵の位置を見定める。修馬は視線の先に雷鳥を見つけたのだが、どういうわけか地面に倒れ大きな炎に包まれていた。
「ん? 何で修馬がここにいるんだ?」
そう言って上空から舞台の上に舞い降りてきたのは、他でもない伊集院。彼の火術が雷鳥を火達磨にしたようだ。
「伊集院、助けてくれ! 捕まってるんだ!!」
「よくわからないが、そうみたいだな。マリアンナが今すぐにでも城に乗り込みたいって懇願するから、お前らとの合流前に攻めてきたってのに、全く妙な状況だ」
小言のようにぶつぶつと言いながら、腰を落としジーグラスの縄を解く伊集院。そうしていると今度は、アスコーが突然狂ったように高笑いを始めた。
「はぁーっ、はっはっはっ!! たった数十人の小隊でガーランドの城を落とそうというのか? 我が軍隊も舐められたものだな!」
ジーグラスの縄を解いた伊集院は、立ち上がり笑うアスコーを睨みつける。
「もしかしてお前が、軍師アスコー・ガーランドか? 随分弱そうな男だな。降伏するか?」
「降伏? 馬鹿なことを言うな。ガーランド家は戦争屋。長い歴史上、争いにおいて我ら一族が敗北したことなどただの一度もない!」
アスコーはそう宣言すると胸元に手を入れ、土色の魔導銃を取り出した。彼はもう一丁、銃を隠し持っていたようだ。
勝ち誇った顔で銃を構えるアスコー。しかしそれより僅かに早くリボルバーを召喚した修馬は、構えながら撃鉄を起こし、そして腕が真っすぐに伸びきったと同時に素早く引き金を引いた。
煙を上げ銃口から放たれたマグナム弾が、アスコーの持つ魔導銃を吹き飛ばし、そしてそのまま腹部に着弾する。
召喚した拳銃は『コルトSAA』。修馬は再びコルトSAAの撃鉄を起こすと、膝をついているアスコーの傍らに近づき、頭部に銃口を近づけた。
「あのマウル・ギルドルースでさえも死んだ。ガーランド家はこれでもう終わりなんだよ」
「マウル……? 鋼鉄の武人が倒されたという情報は聞いていたが、まさか……お前がやったというのか?」
焦点の合わぬ目で聞いてくるアスコー。修馬が頷くと、彼は肩と下あごをわなわなと震わせた。
「最後に言い残すことでもあれば聞いてやるよ」
修馬はアスコーの額に拳銃を押し当てる。まだ熱を持ったコルトSAAの銃口で皮膚が焼け、嫌な臭いが立ち昇った。
アスコーは瞳孔の開ききった目で大きく息を吸い込むと、額に突きつけられているコルトSAAに両手を伸ばし、修馬の手ごと強く握りこんだ。
「……き、聞け、母なる聖戦たちよっ!! 戦争の失敗は己の死を恐れること! 愚かな侵入者たちに、無慈悲で残酷な死をくれてやるのだ!!」
ひと際大きな声でそう鼓舞するアスコー。すると彼は、自らの指でコルトSAAの引き金を引いた。
パンッ!!!
甲高い音と共に、赤い血が弾ける。
修馬の目の前で、アスコーは反りかえるように卒倒してしまった。彼は以外にも自分の手で頭部を撃ち抜き、その命を絶ったのだ。
「……軍師が死んだか」
そう呟いて、客席に目をやるジーグラス。戦場と化した客席は、反乱軍側が大きく押していたようだが、先程のアスコーの言葉により母なる聖戦側の士気が上がり、徐々に接戦になってきている。
これがアスコー・ガーランドの持つ声の力のようだ。魔法ではないので、術者が死んでもその効果は失われない。
「くそっ! マリアンナ様が戦っておられる。私たちも行くぞ!」
肩を負傷しているユーカだったが、鉤爪で風を起こし戦場に向かって滑空していった。
修馬もすぐに後に続こうとしたのだが、母なる聖戦の兵士たちが不穏な様子を醸し出していることに気づき、その足を止めた。兵士たちの動きが完全に停止してしまっている。
何事かと思い集中すると、どこからかブオォォォォォ、ブオォォォォォと不気味な音が鳴り響いていた。
「これは、『鬼の慟哭』か……?」
それが聞こえたということは、どこからか『異形』と呼ばれる木偶人形が這い出てくるはず。注意深く辺りを見回す修馬。だが異形はいつまで経っても現れない。
しかしながら、胸騒ぎは治まらない修馬。更に警戒するように戦場を見守っていると、横にいるジーグラスが崩れるようにその場に尻もちをついた。
「どうした? ジーグラス!」
「シューマ、あ、あれを見てみろ……」
恐れおののく様子のジーグラスが、城の方角を指差す。目を向けると、ガーランドの城の向こう側にその城よりも大きな人影が現れ「ブオォォォォォッ!!」と声をあげた。
「何だ……、あれは?」
「この土地に伝わる、伝説の大鬼だ」
争いを起こす者は鬼に喰われる。それがこの辺りに伝わる伝承だが、まさかそれが本当のことだったとでもいうのか?
大鬼は牛蛙のような鳴き声で叫ぶと、ガーランドの城に近づき素手で城を砕き始めた。一部の兵士たちはそれに気づき、戦場から離脱していく。
「ちょっと待て。あれはローゼンドールの造る『動く死体』じゃないのか?」
伊集院にそう言われ、修馬は「あっ!」と声をあげた。その大鬼は、以前西ストリーク国の廃灯台に現れた動く死体と呼ばれる魔法生物に酷似しているのだ。
「そうか。じゃあやっぱり、異形も大鬼もローゼンドールが生み出したってことか……」
しかしどういう目的でこんなことをするというのか? 伝承を信じ込ませ、争いを止めさせるためか。それとも単純に、ガーランド家の城を破壊するためか?
戦場を渦巻いていた只ならぬ狂気が、微かに薄れていく。目の前の敵を倒すということに意識しすぎ、視野が狭くなっていた兵士たちにも大鬼の存在が伝わっていき、皆蜘蛛の子を散らすように円形広場から逃げ始めた。流石にアスコーの洗脳より、大鬼への恐怖心の方が上回ったようだ。
すると人のいなくなった客席に、恰幅のよい男がどこからともなく姿を現した。酔っぱらいのようによたよたと歩きながら、城の方に近づいていく。それはガーランド家当主の、ドゴール・ガーランドだった。
「な、何だ、あの化け物は……? 何故、私の城を破壊しているっ!?」
しかし、いくらドゴールが叫んだところで大鬼の破壊活動は止まらない。むしろ激化していく一方だ。
「何をしているのだ貴様たち! 城が壊されているだろうがっ! 黒鳥、雷鳥、あの化け物を始末しろ! 倒したものには好きなだけ褒美を与えるぞ!!」
しかしそんなドゴールの横を、兵たちは見向きもせずに駆け抜けていく。戦場からの離脱は止まらない。あのような化け物が相手では仕方がない話だ。
「暗黒魔導重機が! 私には世界に1つの大型兵器、暗黒魔導重機があるんだ。今は帝国に売り払ってしまったが、あれを買い戻せば恐れるものなど何もないはず……。戦え、戦うんだ! どうした? 金なら幾らでもくれてやる! はははははっ!」
戦場から兵士がいなくなり、気が触れたように全身が震え出すドゴール。そんな彼の前に唯一現れたのは、血を帯びた大剣を持つアーシャだった。
「……お、お、お前は、反乱軍か?」
「ああ、そうだ。あたしは虹の反乱軍隊長、アーシャ・サネッティ」
「最早反乱軍でも構わぬ。助けてくれ、決して悪いようにはしない……。私は三豪家、ガーランド家の当主だ。お前たちの故郷が独立出来るように帝国に便宜を図ることだって私には出来るし、金だって使いきれないほどくれてやる」
敵を目の前に、嬉々として交渉を始めるドゴール。だがアーシャは、感情の無いロボットのように冷たい目をしていた。
「ドゴール・ガーランド大公、お前はあたしたちのことを何も理解していないようだな。母なる聖戦の連中は金で動いたのかもしれないが、あたしたちは違う……」
「嘘をつけ。金で動かないというのなら、一体何で動くというのか? 金以外にも、今なら爵位だって思いのままだぞ!」
首を振りながら、そう説き伏せてくるドゴール。自分の価値観以外は、信じることが出来ないといった様子だ。眉をしかめたアーシャは、右手で持った大剣『跳ね馬』を左側に構える。
「まだわからないというのか……。あたしたちは金や名誉では動かない。なぜなら虹の反乱軍は、信念で集まった仲間だからな!」
身の丈ほどある大剣を、アーシャは逆袈裟に振り上げた。
赤い鮮血が、扇状に舞い散る。
ドゴールは胸から上が吹き飛び、一瞬の内に絶命した。残された胸から下も、死んだことに気づかぬまま膝をつき、そして地面に倒れた。