第175話 舞台の上
「へっへっへっ、捕まった時……、いや捕まった振りをした時に短剣は奪われたけど、返って良い武器を手に入れたわ。黒鳥さんの鉤爪は風魔法が備わってるらしいからねぇ」
黒鳥の亡骸から、嬉々として装備品を奪うユーカ。さっきまで単独任務が怖くてびーびー泣いてたくせに、死体に対して全く容赦がない。よくわからない女だ。
「アルフォンテ王国の間者は、追いはぎみたいなことするんだな」
ジーグラスが呆れたように言うと、ユーカは一瞬表情を歪めたがすぐに真顔に戻した。
「戦いに勝利したのだから当然のこと。口髭の兄さんも盾しか持ってないってことは、どうせ黒鳥さんに武器を奪われたんでしょ? 折角だから、兄さんも1つどう?」
自分用の物とは別にもう1組の鉤爪を差し出すユーカ。しかしジーグラスは手のひらを突き出すように前に出し、それを固辞した。
「俺は二枚盾のジーグラス。守りの専門家で武器は持たない主義なのさ、お嬢さん」
「は? ジーグラス? 知りもしない名前ね。しかし敵陣の中枢に潜り込んどいて武器を持たないとか正気とは思えない。守りだけでどうやって黒鳥さんや雷鳥さんと戦うつもり?」
「そう、俺たちは戦うために首都にやってきた。だが人には役割ってものがある。攻撃をするのは俺じゃなく彼の役目なのさ」
そう言って、修馬に視線を送るジーグラス。ユーカもそれに釣られて振り返ると、再び顔を歪めた。
「ああ、お前か……。そう言えば名前は?」
「修馬だよ」
修馬は素直に名乗る。
「は? シューマ? ふざけた名前ね。そういえばお前は使う術もふざけていたな。見たこともない強力な術だが、もしやあれを使えばあの雷鳥さんだって簡単に倒せるかもしれない……ってことか」
勝手に納得するユーカを尻目に、修馬は雷鳥との戦いを思い出していた。あの時はこちらが何をすることも出来ずに一方的にやられてしまった。だが次に戦うときはそうはいかない。強力な銃器で迎え撃ってやる。
「だがあれだぞ。本当に気をつけなくちゃいけないのは、ドゴールの側近である軍師アスコーの方だ。黒鳥にしろ雷鳥にしろ、所詮、奴の駒に過ぎないからな」
そう言って口髭を丁寧に整えるジーグラス。
軍師アスコー・ガーランド。神経質そうな顔をしていたが、華奢な体をしていてそれほど強そうには見えなかった。奴は魔法使いの類だろうか?
「ジーグラスは軍師アスコーのこと詳しく知っているのか?」
「そこまでは知らない。だが聞くところによるとアスコーは声に妙な魔力を持っているらしく、奴が一度鼓舞すると士気が高まり、軍力がとてつもなく上昇するという話だ」
声の魔力……。それは人望があって指揮力が高いってこととは違うのだろうか?
「声の魔力ってのは、魔法とは違うのかい?」
「さてな。魔法かどうかはわからないが、奴の扇動する力は、洗脳や催眠術に近い能力だという話だ」
「ふーん、成程」
確かに先ほど見たアスコーの顔は、失礼ながら人望があるタイプの人間には見えなかった。どちらかというと、詐欺師やペテン師近い感じの胡散臭い顔立ち。
そんなことを話しながら更に通路を突き進んでいくと、やがて修馬たちは何もない行き止まりに辿り着いた。
「……おかしいな? 俺が見た地図の記憶だど、確か突き当りに階段があったはずだが……」
ジーグラスが言うので周りを確認する修馬。だが四方見渡すもそんなものは存在しない。来た道以外の三方は全て壁で塞がれている見事な袋小路。
「じゃあ、結局最初の丁字路まで戻って市街地に出るかぁ。折角ここまで来たってのに……」
そう言ってうな垂れるように正面に壁に両手をつく修馬。すると左の手のひらで触れていた四角い石が奥に押され、同時にゴゴゴゴゴッという重低音が鳴り響きだした。
「何だこの音は? お前、一体何をした!?」
ユーカに睨まれ、慌てて左手を離す修馬。
「何って、壁を触っただけだけど……」
何らかの罠でも発動したのかと警戒する3人。だが重低音が徐々に大きくなっていくと、目の前の壁の一部が下方にスライドし、そこに1メートル四方の小さな入口が出現した。
「ほほう、これはからくり扉か……。階段はこの先にありそうだな」
罠ではないと認識したのか、体の小さいユーカが我先にとその中に入っていく。だがすぐに彼女の「あーっ!!」という鈍い声が中から聞こえてきた。首を傾げつつも修馬とジーグラスは身を屈め、その小さな入口を潜る。
入ってみるとそこは小さな部屋のようになっていたのだが、天井が吹き抜けになっており、まるで大きな煙突の中のようだった。3人は首を上げたまま暫し呆然と立ち尽くす。
「ここが階段?」
「どうも違うようだな」
修馬とジーグラスがそう呟くと、ユーカは苛立つように地面を強く踏みつけた。
「違うに決まってるだろっ! これはどうなってるんだ? この壁をよじ登れとでも言うのっ……!!」
ユーカが怒っている途中で、またもゴゴゴッという重低音が部屋の中に響きだす。すると入口の扉が塞がれ、どこからか水の流れるような音が聞こえてきた。
「何だ!? 何が起きたっ!?」
大きく慌てる3人。すると今度は床がガタガタと揺れ、ゆっくりと上昇をし始めた。
「これは……、まさか昇降機か?」
揺れる床に手を置き、真っ暗な天井を見上げる修馬。
ライゼンたちの住む蜃気楼の塔こと、マルディック孤児院にも『からくり昇降機』というエレベーター的なものがあった。恐らくこれも、その類のものではなかろうか。
「昇降機!? 階段の代わりにこれで地上に出るっていうのか?」
ユーカが質問すると、しゃがんでいたジーグラスがバランスを保ちながらゆっくりと立ち上がった。
「これは運河の閘門のような仕組みのようだな。この通路の横には水路があるのだが、その水位を変えることによって床を上昇させているのだろう」
「よくわからないが大した仕掛けじゃないか。面白い」
ついさっきまで取り乱していたユーカは、得意気に笑みを浮かべ上を眺めている。合わせて修馬も視線を上に向けると、その先に小さな明かりが見えてきた。ここから外に繋がっているのは間違いないようだ。
一先ず安心したが、気も引き締めなくてはならない。ここから円形広場の近くに出るということは、敵陣であるガーランドの城の真ん前に出るということでもあるのだから。
身構える3人。だがその時、己の身に起きている異変に段々と気づき始めてきた。この稼働する床の速度が、徐々に速くなっているのだ。
「おい、何か速くないか?」
「いや、こういうものなんじゃ……」
「そんなわけないだろ! ふ、吹き飛ばされるぞっ!!」
高速でせり上がる稼働床。天井の光が大きくなっていくと修馬たちは真っ白な光に飲まれ、そして空中に派手に飛び上がった!!
「痛っ!!!」
勢いよく硬い床に叩きつけられる3人。
打ち付けた尻を押さえながらゆっくり瞼を開けていくと、光に慣れた瞳に真っ白い装束を着た奇妙な戦士たちの姿が映った。それは雷鳥。修馬たちはその時、こちらに槍を突き立てた8人の雷鳥に取り囲まれてしまっていた。
「……何だ、この状況?」
男たちの歓声が四方から響いている。周囲にあるのは段々になった客席。そして修馬たちがいるのは、円形の舞台の上。
確かに円形広場に出るとは聞いていたが、まさかその中央にある舞台の上とは思わなかった。しかも今は処刑場として使われていると言ってたので、すなわちここが処刑台なのだろう。
「くそっ、まさか昇降機が舞台の上に繋がっているとはな……」
そう言うとジーグラスは、諦めたように諸手を上げた。
「降参だ……」