第173話 分岐点
抜け穴を利用し、牢獄から脱出した修馬とジーグラス。
薄暗い空間で目を凝らすと、この通路がトンネルのように掘られて作られていることがわかる。ここは山に掘られた洞窟か、それともどこかの地下なのか?
「しかし何であのわけわからん化け物は、俺たちのことを助けてくれたんだろうな?」
水滴の滴る道を歩きながら、ジーグラスは呟いた。
ローゼンドールの去り際に現れた、『異形』と呼ばれる木偶人形のような化け物。しかし異形は修馬たちを襲うことはなく、むしろ抜け穴を掘り、結果的に軟禁状態から救出してくれた。これの意味するところは、一体何なんだろうか?
「あの異形って化け物なんだけど、多分あれはローゼンドールが生み出した魔法生物なんだと思う」
己の見解を伝える修馬。あの異形は、彼女が死者の体で魔法生物を造っていた技術と同じで、恐らく木偶人形を魔法生物化させていたののではなかろうか。
「奇人ローゼンドールの造りだした魔法生物か……。しかしあの女は、俺たちのことを助けてはくれないんじゃなかったのか? 大体ガーランド家の血筋のローゼンドールの生んだ魔法生物が、同じくガーランド家の兵である黒鳥と戦っているという構図もあまり腑に落ちねぇな」
ジーグラスは、当然の疑問を口にして大きく首を捻る。確かにその通りなのだが、ローゼンドールという女は思想が本当によくわからない人物なのだ。しかしガーランド家のことを嫌っているというのはかなり本気で言っていたので、当主であるドゴール・ガーランドと一緒にいるのは何か裏があってのことかもしれない。
「奇人の考えることなんて、常人がわかるわけないよ。何かの気まぐれで助けてくれただけかもしれないし、別に感謝する必要もない。とりあえず今は、ここから脱出することだけ考えよう」
「……それもそうだな」
そしてそのままひんやりした空気が漂う通路を道なりに歩いていく。しばらく進んで行くと、やがて2人は左右に分かれた丁字路にぶつかった。さて、どちらに行くべきか?
「多分、ここから左に進むと円形広場、右に進むと市街地の外れにある港に続く水路に出ることが出来るはずだが、どうする?」
何やらこの通路のことを知っているかのように説明しだすジーグラス。聞けば彼は、代々アズベルト家に伝わる旧アズベルト城、つまり現ガーランド家の城の地図を見たことがあり、現在いる場所は牢獄を兼ねた地下水路なのだという。
「そういうことなら、とりあえず今は伊集院たちと合流する市街地に行った方が良いけど、もう一つの円形広場っていうのは何だ? 市街地とは別の場所にあるのか?」
「円形広場は城の前にあるでっかい舞台の名称だ。アズベルト家に伝わる文献によると当時は野外劇場として使われてきたみたいだが、今は処刑場になっているらしい。つまり、俺たちが明日死ぬかもしれなかった場所ってことだな。うん」
左の方向を睨み、ため息を吐くジーグラス。当然修馬も、そんなところに好んで行きたいとは思わない。
「……成程、それは嫌な場所だな。だったらとりあえず港に向かおう。そこで仲間たちと合流。その後のことは、その後に考えよう」
「わかった」
同意したジーグラスは、すぐにその道を右方向に進み、更にこう続けた。
「そういえばローゼンドールは、今日も処刑があるって言ってたな。執行されるのは確か、アルフォンテ王国の間者だったか?」
アルフォンテ王国の間者……。その言葉を聞き、修馬の足がぴたりと止まった。確かにローゼンドールはそう言っていたのだが、もしもその処刑が大々的に行われるのなら、それを阻止しに元アルフォンテ王国王宮騎士団のマリアンナが現れる可能性があるのではなかろうか。
「しかしアルフォンテ王国の人間が、何故ベルクルス公国で諜報活動をしてるんだ?」
「ガーランド家は世界中に武器を売っている関係で、どの国に対しても中立の立場を謳ってはいるが、実際は帝国と蜜月関係だからな。この国にアルフォンテ王国や、共和国の間者がいるのは不思議なことじゃない」
「……そういうものか」
前を行くジーグラスを追いながら、修馬は考え込む。
これから処刑されるであろうアルフォンテ王国の間者を助けるため円形広場とやらに行った方がいいだろうか? しかし伊集院たちと合流する前にガーランドの城の中で目立つ行動と取ることは、自分だけでなく皆の命取りになるかもしれない。
「ドゴールの奴は俺たちの処刑を最新武器の実験台にすると言っていたが、恐らく今日の処刑もそうなるのかもしれないなぁ」
ジーグラスは顎を上げて、そう言葉を漏らす。そのふと口にしたであろう台詞を受けて、修馬の歩みはそこで再び止まってしまった。
「……最新武器、それってどんな武器だ?」
「そりゃあ最新武器と言ったら、帝国と共同開発した『暗黒魔導重機』のことじゃないか?」
ジーグラスの言うその暗黒魔導重機とは、詳しくはわからないが核兵器に似た特性を持つと思われる闇の兵器だ。果たしてそんなものを処刑に使うつもりなのだろうか?
「ちょっと待ってくれ、ジーグラス!」
「どうした?」
歩みを止め、ジーグラスは振り返る。修馬は決意を込めるように息を飲みこんだ。
「その処刑、止めないとまずいことになるかもしれない。とりあえず俺は円形広場に向かうから、ジーグラスはそのまま街に行って仲間たちと合流してくれないか」
修馬が言うと、ジーグラスはしかめっ面で小さく唸り、己の口髭を指で何度も撫でた。
「行くのか、円形広場に……。ならば俺も付き合おう。よそ者ばかりに、良い格好はさせられないからな」
「いや、危険なんだ。俺は殺されても死なないからいいが、あんたは違うだろ」
そう諭すも、ジーグラスは頑として引かなかった。
「わかってねぇな。俺は鉄壁の傭兵、『二枚盾のジーグラス』だ。俺を連れて行かなかったら、後で後悔することになるぞ」
こちらに戻って来たジーグラスは、ポンポンと修馬の肩を軽く叩くと、円形広場に続くと思われる反対の道へと進んで行った。