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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第31章―――
172/239

第171話 獄中の二人

 滴ってくる水滴が寝ている額に何度も当たる。等間隔で当たる水滴を不快に感じた修馬は、目を擦りながら体を起こした。


 ……ここはどこだろう?

 薄暗く、やたらと湿っぽい洞窟の中のような場所。ぼろぼろのむしろの上で横になっていたので、背中と後頭部に鈍い痛みがある。


「うおっ!?」


 驚く声がしたので振り返ると、薄闇の中に目を見開いている傭兵のジーグラスがいた。そういえば伊集院の話では、修馬が雷鳥に槍で刺された後、馬に乗ったジーグラスが助けてくれたということだった。


「ジーグラスか。おはよう」

「ああ、おはよう……。っていうか本当に死んでなかったんだな。お前の仲間の魔法使いのあんちゃんが、そいつは死なないからよろしく頼むとは言ってたけど、まさか……」


 ジーグラスは絶句しながら、修馬の腹を覗き込んだ。だが雷鳥に貫かれた腹の傷は、ご多分に漏れず完治している。あれは死ぬほど痛かった。というか、きっと死んでいたのだろう。


「迷惑かけたみたいで悪かったね」

「うむ、別に気にするな。……ところで一つ、俺たちにとって悪い知らせがあるんだが、何だがわかるか?」


 ジーグラスに問われ、首を捻る修馬。

 黒鳥、雷鳥との戦闘から撤退し、首都の方角に逃走したというのは聞いていたが、ここは何処で、どういう状況なのだろう。暗くてよく見えないが、目が闇に慣れてくると正面に鉄格子のようなものが確認出来る。


「もしかして、ここは牢屋の中? 俺たちは捕まったのか?」

「ご名答。実はあの後、結局黒鳥の連中に取っ捕まってご覧の有様なのさ」


 そう言ってジーグラスは得意げに笑う。笑ってる場合ではないのだが、修馬も釣られてなのか乾いた笑いが漏れてしまった。


「で、どうする?」

「どうしようもないさ。あんたらの仲間が助けに来るのを待つしかないだろ」

「……マジか?」


 立ち上がった修馬は、そのまま鉄格子に歩み寄った。試しに扉を揺さぶってみる。ガシャガシャと動きはするが、大きな錠前が付けられており、扉が開くことはなかった。


 無理だとわかりつつも、何度か押したり引いたりする修馬。だがどうしても開けることは出来ず、最終的には諦めてむしろの上に腰を下ろした。

 ジーグラスの言う通り、しばらくは牢屋の中で過ごさなければならないようだ。まあ、現実世界に戻ったタイミングで伊集院に頼めば、なるべく早く助けに来てくれるだろう。


「だけど、見張りとかはいないんだな」

 修馬の問いに、ジーグラスは大きく頷く。


「よくはわからんが、黒鳥の連中も忙しいらしい。『異形』とかいう化け物の討伐に四苦八苦しているみたいだ」

「異形……。俺たちが黒鳥と戦っている時に地面の下から出てきた気持ち悪いやつか。ジーグラスはあれが何か知っているのか?」


 その質問にジーグラスはゆっくりと首を横に振る。

「さあな。俺は生まれた時からこの国にいるが、あんな無機質な魔物を見たのは昨日が初めてだ」

「無機質……、確かになぁ」


 異形と呼ばれていた化け物は、人型をしていたものの目や鼻、口などが無く、まるで木偶人形のような姿だった。あれは本当に生命体なのだろうか?


「そういえば、牛蛙!」

 その時、ジーグラスが突然何かを思い出したかのように声を上げた。


「ウシガエル?」

「そう。あの異形が出てくる直前に、牛蛙の鳴き声みたいのが聞こえただろ? あれはやっぱり『鬼の慟哭どうこく』だと思うんだ」


 ジーグラスが言う鬼の慟哭。それはこの国に古くから伝わる言い伝えで、争いを起こすものは鬼に喰われるという言葉があり、その鬼が現れる前兆として鬼の慟哭なる怪音が聞こえてくるというものだ。


「また、言い伝えかぁ。鬼が出たら、眉に唾をつけると難を逃れられるんだっけ?」

「何だそれは、全然違う。鼻をつまんで地面に伏せるんだ。ちゃんと覚えておかないと、巨大な鬼に一口で食われちまうぞ」


 言い伝えでは、身の丈が小さい山ぐらいあるというその鬼。しかしあの時戦場で見た異形と呼ばれるものは、人間より一回り小さいサイズだった。争いが起こると現れるというのはあっているが、大きさに関しては、明らかに話が食い違っている。


「まあ、俺もあれが言い伝えの鬼だとは思っていない。だが、あの異形とやらに黒鳥どもが手を焼いていてくれれば、こちらも容易に逃げ……」


 話の途中で表情が固まるジーグラス。

 不審に思った修馬が声をかけようとすると、ジーグラスは修馬の口を押え「誰か来る」と耳元に告げてきた。


 それを受け耳を澄ますと、確かに遠くの方からコツコツという複数人と思われる足音が聞こえてくる。修馬は息を飲み、闇から現れる人物を待ち構えた。


 小さな橙色の明かりが、揺れながらこちらに近づいてくる。

 そして鉄格子の前に現れたのは、手提げランプを持った神経質そうな痩せた男と、パツパツながら品の良い服を着た恰幅の良い男だった。


「こいつですよ。アズベルト家の末裔は。奴の持つ盾の裏に、アズベルト家の紋章が刻まれていました。間違いありません」

 痩せた男が言うと、恰幅の良い男はジーグラスの顔を見て不気味に笑い声を上げた。


「ぶははははっ。まさか最新武器の実験台が、アズベルト家の人間になるとは思わなかった。笑いが止まらん。ぶははははははっ! それでこっちの坊やは、一体何者だ?」

「黒い髪をしておりますので、アルフォンテ王国の人間でしょう。本日処刑される間者の仲間に違いありません」


 この凸凹でこぼこコンビ、一体何を言っていることはわからないが、物騒なことを仄めかしているので間違いなく我々の敵なのであろう。修馬はいつでも拳銃が召喚出来るように、集中力を高めた。


「成程。確かにアルフォンテ王国には、黒髪の民が生まれると聞くな。ローズよ、こいつらが明日処刑になる罪人だ。亡骸を使って、お前の好きなように作品を作るが良い」

 恰幅の良い男がそう言って振り向くと、その背後からもう1人、ゴスロリ衣装の小柄な女が姿を現した。


 その人物を見た瞬間、修馬の胸は大きく高鳴った。そして乾いた口の中の僅かな唾液を、強引にゴクリと飲み込む。


 2人の男の間に立っている白い肌の小柄な女。それは奇人と呼ばれる異端の芸術家、ローゼンドール・ツァラだった。

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