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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第30章―――
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第170話 白狐面の女

「いい買い物が出来ましたねぇ」


 満足気な笑顔でそう言ってくるアイル。彼女と共に長野駅前周辺の幾つかの店を見て回ったのだが、結局お土産に購入したのは最初に行った雑貨店の蜻蛉玉とんぼだまだけだった。


 もっとこちらの世界ならではの品物を買っていって欲しい気もするが、当の本人があれで喜んでいるので、まあ良いとしよう。


「そろそろ向こうの世界に戻りそうな気がするので、今日はお土産が買えてよかったです」

 アイルは歩きながら、蜻蛉玉が入ったビニール袋を両手で抱えた。


「戻りそうな気がするって、自分の意志で戻れるんじゃないんですか?」

「そうですねぇ。来る時は自分の意志でしたが、帰る時期はだいたい5日前後で強制的に戻されるっていうのが精霊との契約でした」

「へー、よくわかんないけど、そうなんだ」


「もう少し、禍蛇まがへび封印のお手伝いが出来ればよかったのですが、こちらの世界にも優秀な神官の方がいらっしゃったので心配はしていないです。それに私は私で、『星降りの大祭』の準備をしなくてはならないので、あまり長居することも出来ません。あれは向こうの世界では非常に大切な行事なので」


 空を見上げるアイル。彼女は向こうの世界で祭祀を執り行う役割があると言っていた。しかし異世界は今、大きな戦争へと向かってしまっている。もしかするとこのままでは、その大きな祭も中止になってしまうのではないだろうか。

 

「あのぉ、友理那が心配するといけないから言ってなかったですけど、実は向こうの世界で、帝国がアルフォンテ王国に宣戦布告したんですよ」

 修馬が言うと、アイルは視線を下し、こちらをじっと見つめてきた。


「そうでしたか。私が黄昏の世界に来ている間に、そんなことに……」


 そして深く息をつくと、アイルはまた前へと歩き出した。そのまま無言で共に歩き続けたのだが、彼女は目的地がはっきりわかっているかのように道を進んでいる。


「……ところでアイルさん、今どこに行こうとしてるんですか?」

「ちょっと、こちらの方角から不思議な魔力を感じのです。行ってみましょう」


 アイルは前を指差すと、再び歩き出した。建物と建物の間の小さな路地を、どんどんとすり抜けていく。そして2人が辿り着いたのは、町中にあるさほど大きくもない中規模の公園だった。


 何の疑いもなく、その公園の入口になっているアーチ状のオブジェを潜るアイル。するとその先に、現代社会にはあまりにも似合わない奇妙な格好の人物が背中を向けて立っているのが見て取れた。


 そこに居るのは、女性物の平安装束を纏った人物。後ろ姿なので詳しくはわからないが、平安装束と言っても十二単のような豪華なものでなく、おそらく平時に着るよう白い衣装。だが本人の放つ謎の威圧感もあってか、その姿は恐ろしく気高く高貴なものに見えた。そして彼女の足元には、どういうわけか数名の若い男性が横たわっている。


「……な、何だ、あの人?」

 思わず口に出る修馬。それに対しアイルは「あれは、守屋家のお婆ちゃんが言っていた大妖怪です」とはっきり言い切った。


 背中にぞっとする寒気を感じると共に、修馬の手のひらには嫌な汗が滲んだ。あれが婆ちゃんの言っていた大妖怪?


「ア、アイルさんも婆ちゃんに大妖怪のこと聞いてたの?」

「ええ。長野駅前に現れるから、シューマさんと一緒に挨拶して来いと言われました」

「うそっ!?」


 どうやらアイルさんとの買い物は建前で、全ては婆ちゃんの差し金だったようだ。ハイリスク、ハイリターンなデート。


 やがて上空の風が強まり、流れてきた大きな積乱雲で辺りが一気に薄暗くなった。


「彼女は……」

 アイルがそう言いかけた時、平安装束の女がこちらに振り返った。だがその表情はわからない。何故なら顔に白狐の木面が付けられていたからだ。


「私はこちらの世界に来た時に、占い師を名乗る動物の仮面を付けた女性に戸隠神社へと誘って貰いました。あの仮面と独特の魔力は、その時の占い師に間違いありません」


 アイルの言葉に、修馬は深く息を飲み込む。確かにアイルは、こちらの世界に来た時にその占い師のことを言っていた。つまり婆ちゃんの言う大妖怪は、とっくの昔に現れていたのだ。


「ことことこと……、禍蛇を倒そうという愚かな小僧がいるらしいと聞いて、その顔を拝みに来た。どうやらお前がそのようだな?」

 白狐の面の奥から艶めかしい女の声が聞こえてくる。妖怪といえども、はっきりと人の言葉を理解しているようだ。


「それは丁度よかったですね。私たちもあなたに挨拶に来たのですよ。『玉藻前たまものまえ』さん」

 その名を呼ぶアイル。すると公園内に一陣の風が吹き抜け、空気が冷凍庫のように冷たくなった。


「この時代の者が、私の名を知っているとは……。礼にもならぬが、少し戯言に付き合って貰うとしよう」


 玉藻前がそう言うと、背後に倒れていた若い男たちが重力を無視するように上半身から起き上がった。肩で息をするように、前後に揺れる男たち。目は真っ黒に塗り潰され、虚空を見つめているかのようだ。


「おや……? 彼らはもしかして、シューマさんのクラスメイトでは?」


 アイルにそう言われ、修馬はそこで初めて気が付いた。亡霊のように佇むその3人の男たちは、雑貨店の前で見かけたイケてるグループの同級生たちだった。あまりにも容貌が変わっていたので、全くわからなかった。


「暫しの間、我が駒たちが手合わせの相手になろう」

 玉藻前が手で合図を送ると、同級生たちはゾンビのようにゆらゆらと近づいてきた。意識はなく、完全に操られてしまっているようだ。


「出でよ、木剣ぼっけん!」

 修馬は手の中に木製の剣を召喚させ、前に構えた。どういう状態かはわからないが、とりあえず死なない程度に叩きのめそう。


「お手伝いしましょうか? シューマさん」

「いや、大丈夫。ここは俺に任せて!」


 奇声を上げ襲い掛かってくる同級生。だが戦闘態勢に入った修馬は、それをひらりとかわすと、次々と背中の辺りに剣撃を浴びせていった。


 そして最後に跳びかかって来た1人の腹を打ち上げ気絶させると、敵化した同級生たちはあっという間に地面に伏してしまった。魔物相手に戦ってきた修馬にとって、同級生との戦闘は戯言にもならない。


 その一部始終を見て、「ことことこと……」と静かに笑う玉藻前。


「良い太刀筋。しかも全く本気は出していないと見える」

「当たり前だ。本気が見たいなら、次はお前が相手になるか?」

 木剣の切っ先を向け、挑発する修馬。だがその足は小さく震えていた。臆しているのか、武者震いなのかは本人にも理解出来ない。


「今はまだ戦わぬ……。だが、またいずれお会いしましょう」


 そう言い残すと玉藻前は、強い風に紛れるようにその場から跡形もなく消え去ってしまった。まるで幻でも見せられていた気分。


「消えてしまいましたねぇ」

 悠長に言うアイル。だが今は、そののんびりとした雰囲気に助けられる思いがした。小刻みに揺れていた膝も、少しは落ち着きを取り戻している。


「あの玉藻前とかいう大妖怪は、禍蛇を蘇らせるつもりかな?」

「そうですねぇ。先ほどの会話だけではわかりませんが、恐らくそういうことなのでしょう」


 どうやら、また倒さなければならない敵が増えてしまったようだ。これでは命が幾つあっても足りやしない。


「あっ! クラスメイトの方が、意識を戻したようですよ」


 アイルがそう声を上げるので振り返ると、同級生の1人が首を押さえながらゆっくりと体を起こしていた。意識はあり、真っ黒だった目も元に戻っている。

 修馬はそのことに、ひどく安堵した。ローゼンドール・ツァラが死体を操っていたように、玉藻前も同級生たちを殺した後に手駒として操っているのではないかという疑いがあったからだ。大して仲が良くもないクラスメイトだが、当然死んで欲しいと思っているわけではない。


「いってててて……、あれ? 広瀬じゃん。こんなことで何してんの?」

「な、何してるって……、散歩してたら君らが公園で倒れてたから、驚いて来たんだよ。そっちこそ、こんなとこに寝っ転がって何してたんだよ?」


「……うーん、確かに変だな。何でここで寝てたんだろ? 全然思い出せないぞ」

 首に手を当てたまま、空を見上げる同級生。空を覆っていた積乱雲は少しづつ西に移動し、若干の晴れ間が見えてきた。


「狐にでも化かされてたんじゃないの?」

「えっ、きつねっ!?」


 そう言われると何か思い出すことでもあるのか、同級生は何か考えたように視線を反らし、そのまま動きが止まってしまった。どうしても思い出せないようだ。


 修馬はその間に、残った同級生の頬を軽く叩き目を覚まさせた。若干意識は混濁しているようだが、2人とも体を起こし痛むであろう部位を丁寧にさすっている。


「あー、何だかわかんないけど、ありがとな広瀬」


 状況がわからないながらも礼を言ってくる同級生たち。これまでは会話一つしたことがない連中だったが、感謝されれば悪い気はしない。


「君らが無事なら別にいいよ。ああそれと、こういう時は眉に唾をつけると良いって話だよ」

 修馬が言うと、同級生たちは目を丸くして顔を見合わせた。


「何、その日本昔話?」

「前に伊集院が言ってたんだよ。狐に騙されそうな時は眉に唾をつけるといいって」

「あいつが? へぇー」


 納得したのか、していないのかはわからないが、とりあえず同級生たちが眉に唾をつけることはなかった。今の話は完全に蛇足だったなと思い、体を横に向ける修馬。視線の先にある公園の時計は15時半を差している。そろそろ帰りに乗る予定のバスが、到着する時刻だ。


「とりあえず大丈夫みたいだし、俺は行くよ」


「おう。ほんと、サンキューな」


 そして公園入口のアーチを潜ろうとしたその時、同級生の1人が呼び止めるようにこう言ってきた。

「そういえば広瀬って、最近伊集院とよくつるんでるよな!」


 少し間を置き、首だけ振り向く修馬。

「……まあ、そうだね。一応、幼馴染だから」


 嘘は言っていない。まさか彼らも、自分たち2人が世界を滅ぼす化け物と戦おうとしているとは思っていないだろう。


「俺たちもあいつと仲が良いからさ、今度は広瀬も一緒に遊ぼうぜ!」


 悪意のない笑顔で伝えてくる同級生。

 そんな言葉が返ってくると思っていなかった修馬は、大げさに体ごと振り返ってしまった。


「えっ、いいの? 俺が行っても」

「はははっ。当たり前じゃん。遊び仲間はいっぱいいた方が楽しいからさ」


 じゃあ、また今度。

 そう約束して、修馬は公園を出た。何故なのか、どのくらいの歩幅で歩けば良いのかわからなくなるくらいに浮足立っている。


「……うふふふふ、良い友達じゃないですかぁ」

 すると植え込みの陰から、アイルがひょっこりと姿を現した。彼女は空気を読んだのか気を使ったのか、いつの間にか身を隠していたみたいだ。


「うん。そうだね……」

 生返事をし、浮つく足取りで長野駅に続く道を進む修馬。その頃には雲は全てどこかにいってしまっていた。暑い日差しが戻り、蝉の鳴き声がせわしなく響いている。


「そういえば、前に学校で聞いた、とある哲学者の言葉を思い出したよ」

「何ですか?」


「垣根は相手ではなく、己が作っているんだって」

 それは校長先生がよく口にする、アリストテレスの言葉だ。確か全校集会で何度か言っていたはず。


 アイルは初めて聞くこちらの世界の格言に対し、噛みしめるように深く頷いた。

「心の垣根……ってことですね。成程、わかる気がします」


  ―――第31章に続く。

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