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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第30章―――
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第169話 蜻蛉玉

 ドーナツ型のガラス製品を手に取った修馬は、とりあえず顔の前に持っていき、その穴の中を覗き込んでみた。直径1センチ程の穴から、商品が細々こまごまと並んだ棚が見えるのだが、穴の周りにあるガラスの曲線が照明を反射して、煌びやかな光の粒があちこちに拡散して見えた。まあ、綺麗なものだが、恐らくこうやって使う物ではないだろう。


 異世界に持って帰るお土産が欲しいということなので立ち寄った雑貨店だったが、アイルはこの店にとても興味を示したようで、生活用品から文房具、お洒落雑貨まで、あれこれと物色している。


 白い壁と木目調の棚が並ぶ店内には、輸入、国産問わず様々な雑貨品が揃えてある。しかし特に雑貨には興味がない修馬は、ただただ洒落た店だなぁと思いつつ、今一度、ドーナツ型ガラス製品の穴を覗き込んだ。一体この商品はどういう用途で使う物なのか。


「あ、シューマさん。それは何ですか?」

 いつの間にか近くに来ていたアイルが、謎のドーナツ型ガラス製品に対してそう聞いてくる。ただこっちもよくわかっていないので、聞かれても困ってしまう。


「さあ、置き物……かな」


 そう答えると、アイルも同じ商品の色違いを手に取り、穴を覗き込んだ。

「そうですかぁ。綺麗な置き物ですね」


 片目を瞑り、探るように穴の中を見通すアイル。少しだけ前屈みになって、何かを見出そうとするその姿は、とてもチャーミングに感じたので、修馬はその姿を暫しの間見惚れてしまった。


「ん。どうかしましたか?」

「え? あ、うん、何でもないけど、アイルさんはどんなお土産を探しているの?」


 咄嗟に思いついた質問を慌ててする修馬。アイルはドーナツ型ガラス製品を目から離し、こちらに振り返った。


「そうですねぇ。伝統的な品物でも、最先端の品物でもどちらでも良いのですが、懐に入れておけるくらいの小さい物でなければいけません。大きい物は『星巡り』した時に、一緒に転移出来ないようなので……」


 アイルに詳しく話を聞くと、星巡りの際に向こうの世界で大きな旅行鞄を準備していたそうだが、一緒に転移できたのは身に着けていた衣類と、服の中に忍ばせていた金剛石の粒を入れた袋だけだったそうだ。

 しかし修馬の場合は、素っ裸の状態で異世界に放り出されたのだから、服があっただけまだましだと思われる。


 裸で森の中をぶらぶら歩いていた時のことを思い出しながら、手元のガラス細工を眺めていると、突然横にいるアイルが「あっ」と声を上げた。


「どうかしたの?」

「シューマさん。これってもしかして、『蜻蛉玉とんぼだま』ですか?」

「とんぼだま?」


 アイルの目の前にある籠の中には、内側に綺麗な細工が施されたガラス玉が沢山入っていた。ちょっとお洒落なビー玉かと思ったが、籠に付けられたプライスカードには、しっかりトンボ玉と記されていた。しかし、トンボ玉とは何だろう?


「アイルさん、ポップに書いてある文字読めないはずだよね?」

「はい。先程も言った通りこちらの世界の文字は読めませんが、これと同じ物は昨日守屋家の人たちに見せて貰いました。光の力を閉じ込めた蜻蛉玉を剣の柄頭に埋め込むことで、天之羽々斬あめのはばきりを完全に再現させると言っていました。今、ユリナ様たちがやってくれていることです」


 修馬は水色の蜻蛉玉を1つ手に取り、照明の光を透かした。内側に施された白い花を模した細工がしっとりと煌めいている。


「これを使って天之羽々斬あめのはばきりを再現……、成程そういうことか」


 確かに修馬は以前、お上り神事の時に伊織に伝えていたことがあった。異世界での天之羽々斬あめのはばきりの複製品である黄昏の十字剣は、光の力を宿した魔玉石を共に持つことで真の力を発揮したということ。


 そして修馬は今になって思い出したことがあった。その時の魔玉石は、宝石というよりもガラス玉のような見た目であったことを。丁度手に取っている、この蜻蛉玉のように。


 結局アイルは、その蜻蛉玉を幾つか購入したようだ。見た目も綺麗だし、よくわからないけど多分伝統的なもののようなので丁度良かったのかもしれない。


 小さなビニールの手提げ袋に入れられた蜻蛉玉を、大事そうに抱えるアイル。

 そして店の外に出ようとしたのだが、修馬はその時、第六感的なセンサーを感じ取り、咄嗟に扉の内側に身を隠した。


「外に何か居ましたか?」

「……ちょっと嫌な予感がするから、少しの間隠れてて」


 雑貨店の建物内から、外景色を覗き込む。すると左の方角から3人の若い男たちが、談笑しながら前の道を歩いてきた。それは全員、修馬と同じ学校の同級生だった。クラスの中でも俗に言う、イケてるグループのメンバーだ。不登校気味であった修馬はほとんど絡んだことはなかったのだが、今見つかると何となく面倒なことになりそうな気がする。しばらく店内でやり過ごそう。


「お知合いですか?」

 扉から顔を半分だけ出したアイルが聞いてくる。


「まあ、知り合いというか、学校のクラスメイトなんだけど……」

「じゃあ、挨拶しなくちゃですね」

「いやいや、そういうのは大丈夫。何というか、女の人と一緒にいるのを歩いてるのを見られたら、からかわれたりするから、ちょっとだけ隠れててください」


「あらぁ、おばあちゃんと一緒に歩いてるのが恥ずかしいんですね」

 抗老化魔法のおかげで若さを保っているが、実年齢は確か87歳だと言っていたアイルが頬を膨らませて怒っている。あざとい、お年寄りだ。


「そうじゃないですよ。アイルさんみたいな、綺麗な女性と一緒に歩いてるから、からかわれてしまうんです」

 小声でそう弁解するも、アイルは頬を大きくしたまま疑わしいように目を細めた。


「ふーん。でしたら、いいですよ」

 アイルはそう言うと、両足で小さくジャンプするようにして店の外に出た。修馬も警戒しながら店を後にする。前の通りにはすでにクラスメイトの姿は無かった。


「それじゃあ、次の店にでも行きましょうか」

 夏の日差しを避けるように木陰に入り、アイルは並木道を歩いていく。


 今一度だけ左右を確認した修馬は、小走りでその後を追いかけていった。

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