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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第30章―――
169/239

第168話 盛夏のアイスクリーム屋

「シューマさん。見てください、あれ」

 隣に立つアイルが空を指差す。その先、遥か上空には白く浮かぶジェット旅客機が真っすぐな雲を描きながら飛行していた。


「飛行機だね……」


 特に珍しくもない日常の光景。だが、異世界の人間にあれを説明するというのは非常に困難なことだ。修馬は以前、アーシャとベックに同じことを説明したことがあったが、あまり理解はして貰えなかった。


「飛行機……、もしかしてそれは、空を飛ぶ乗り物なんですか?」

「えっ?」

「えっ!?」 


 互いに驚き合う修馬とアイル。まさか飛行機と言っただけでそこまで受け入れてしまうと思わなかったので、軽く絶句してしまった。流石は大魔導師の弟子というところか。


「そ、そう。空を飛ぶ船みたいな乗り物だけど、よくそんなにすんなりと受け入れられるね」

 修馬が言うと、アイルはこちらを見たまま何度か瞬きをして、また空を見上げた。


「空を飛ぶ船……、確かに私たちの世界では信じられない技術です。最初は大きな鳥なのかとも思いましたが、科学水準の高いこちらの世界なら、そんな夢のような乗り物もあるかもしれないって思えることが出来たんです」


 真夏の透き通る空に伸びる一筋の白い雲。小さく見える飛行機は、高く浮かぶ昼間の月に向かって音も無く進んでいった。


 今、修馬はアイルの買い物の付き合いで、長野の市街地まで下りて来ていた。守屋家の人たちと友理那は、天之羽々斬あめのはばきりの鍛造で手が離せないらしい。何でも剣を仕上げるには、彼女たちの強力な霊力が必要だということだ。伊集院の奴も葵と茜の姉妹に捕まり、ついでに付き合わされているらしい。


 見上げていた首を下した修馬は、乾いた瞼を手で擦った。光の残像が目に残っているかのように、白い粒が宙を浮遊している。


「シューマさん、どうかしましたか?」

 アイルに言われ、修馬は手を下した。


「いや、今日も日差しが眩しいなぁと思って」

「確かにそうですねぇ。黄昏の世界の夏はとっても暑いです」


 異世界でも季節は夏だと言っていたが、湿度が高い日本の夏に比べて、向こうはどの国もからっとした暑さだった。いくら長野が避暑地とはいえ、異世界の人間に日本の夏はこたえるだろう。


「何か冷たいものでも食べて、少し休憩しようか?」

「まあ、それは良いですねぇ。冷たいものはなんでしょう? スイカですか、それとも水羊羹ですか?」


 軽い気持ちで提案したのに、引くほど目を輝かせて喜ぶアイル。今歩いているのは善光寺の表参道なので色々あるだろうが、ふと見ると、丁度石畳の道を進んだ先にアイスクリーム屋があることに気づいた。


「それじゃあ、アイスクリームなんてどうかな? まだ、食べたこと無いでしょ?」

「アイスク……、いただいたこと無いです。どのような食べ物ですか?」

「それはまあ、食べてからのお楽しみってことで……」


 小さな駅舎のような三角屋根の建物に入った、レトロな雰囲気のアイスクリーム屋。日差しを避けるように庇の下に潜り込んだ修馬とアイル。目の前には何種類かのアイスが並び、おばさんの店主がいるカウンターの奥には箱型のソフトクリームの機械が目立つ形で置かれていた。


「ここがアイスクリーム屋さん……。では、この布に書かれてある綺麗な文字が、アイスクリームと読むのですね」

 横にある山吹色ののぼり旗を指差すアイル。しかし残念ながらそこに書いてあるのは別の単語だった。


「それは、モンブランソフトって読むんだよ」

「モンブランソフト! 何ということでしょう。また未知の食べ物の名前が出てきてしまいました」


「栗を使ったソフトクリームだね。この辺りは栗菓子も有名だし、それにしてみようか。すみません、そのモンブランソフトを2つください!」


 のぼり旗が出ているくらいだから、恐らくこの店のおすすめ商品であろうモンブランソフトを購入する修馬。アイルは心が弾んでいるのが隠せないのか、店主の女性が作ってくれている最中、脇と両腕を小さく動かし続けていた。


 完成品を目の前に、料金を払い、品物を受け取る。薄いワッフルコーンのソフトクリームの上に、細く絞りだした栗のペーストが幾重にも螺旋を描いている。


「何て美しいんでしょうか。これ食べてもいいんですか?」

「勿論。早く食べないと溶けちゃうよ」

「口の中に入れずとも溶けてしまう!? それほど繊細なのですね。では、いただきます」


 横に刺さっている小さなプラスチックのスプーンを使い、ソフトクリームとマロンペーストを一緒にすくい口の中に入れるアイル。彼女は目を瞑ると、ゆっくり堪能するように口の中を動かした。


「比喩でなく、本当に口の中で溶けてしまいました。しかしながら味は濃厚で、甘みの中に微かな渋みも感じます。奥深い味わいです」


 喜ぶその顔を見たことで、修馬の顔も自然と笑顔になり、そしてモンブランソフトを食べた。彼女の言う通り濃厚な甘みの中に独特の渋みも感じる。多分マロンクリームの中に栗の渋皮も入っているのだろう。


 店頭に置いてあるベンチに腰掛け、2人は仲良くソフトクリームを食べた。今気が付いたのだが、これは夢にまで見たデートに違いないだろう。そう思うことで、勝手に心拍数が上がってきた。冷たいもので気持ちを抑えよう。


「これがモンブランソフト……。おいしいです。ついでに文字も覚えました」

 今一度、のぼり旗を眺めたアイルは、宙に描くように指で書かれている文字をなぞった。


「そっか、アイルさんは日本語が読めないんだ」

「そうですね。精霊の力を借りることで話し言葉は通じるのですが、文字を読むとなると、難しいみたいです。シューマさんもそうじゃないのですか?」


 アイルにそう言われて、修馬は自分も異世界では話す言葉は通じるのに、向こうの文字が理解出来ないことを思い出した。


「そういえば、向こうの言葉は理解出来るのに、文字は全く読めないな。もしかして俺も、その精霊だかの力で言葉が通じてるのかな?」


「詳しくはわかりませんが、シューマさんたちには神の守護があるので、精霊でなく、その神様が言葉を変換してくれているんだと思います。感謝してあげてください」


「神様? へー、そうだったんだぁ」

 よくはわからないが、修馬の守護神であるタケミナカタが同時通訳的なことを陰でしていることにより、異世界でも言葉によって通じ合うことが出来ているらしい。武器を召喚してくれるだけの神様かと思ったら、それ以外にも大事な役割を果たしていたようだ。


 修馬はタケミナカタに感謝するように、モンブランソフトを味わって食べた。甘党の彼もきっと喜ぶことだろう。

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