第166話 異形
パンッ、パンッ、パンッ!
洗練されたデザインのオート拳銃『ベレッタ92』の上部から、3発の薬莢が排出される。だがグリップを握る修馬には、まるで手応えを感じなかった。闇に紛れて滑空する黒鳥を撃ち抜くのは至難の業なのである。
周りの様子を伺うと、ココと伊集院は魔法でいい勝負をしているようだが、白兵戦のマリアンナとアーシャは苦戦を強いられてるようだった。拳銃が効果的ではないので剣か刀でも召喚しようかと思ったが、それも良策とは言えないのかもしれない。
羽が付いたかのように軽いコッフェルの靴で大地を駆け、ベレッタ92のトリガーを引く修馬。黒鳥もこちらの殺傷力の高い攻撃に警戒し近づいてはこないので、中々仕留めることが出来ない。流石は精鋭部隊だ。
しかしそんな矢先、大きなハンマーで戦うベックが1人の黒鳥を見事討ち倒した。
「ガハハハハッ! 気を付けろ、黒鳥ども! この『荒法師の槌』は一撃でも喰らえば、即あの世行きだぞ!」
ヘッド部分の片方が尖り、アイスピッケルのようにな形状になっているベックの大きな鉄槌。動きの素早い黒鳥相手には不利かと思われたが、ベックはそれを軽々と片手で操り、黒鳥の腹部を貫いていた。
そしてココも、火術を放ち黒鳥の1人を火だるまにする。いい流れ。そんな士気の上がった状態で一気に制圧したかったのだが、ここで異変が起きてしまった。大きな体つきのベックが急にしゃがみ込み、ぶるぶると震え出してしまったのだ。それに気づいた複数の黒鳥が、当然のようにベックに向かって襲い掛かる。
「危ねぇっ!!」
慌てて出てきた修馬が銃弾で黒鳥の1人を討ち取り、他の黒鳥たちもアーシャとマリアンナがどうにか追い払った。
「くそっ、こんな時に蛙が出たか……」奥歯を噛みしめアーシャが言う。
「蛙?」
耳を澄ますと、どこからともなく「ぶおぉぉぉぉぉ、ぶおぉぉぉぉぉ」という不気味な音が小さく聞こえてきた。これは牛蛙の鳴き声。話には聞いていたが、まさかここまでベックが牛蛙のことを恐れているとは思わなかった。大きな誤算。
早々に決着を着けた方が良いだろうと思い至った修馬はベレッタ92を捨て、新たにイスラエル製のサブマシンガン『マイクロウージー』を召喚させた。これで黒鳥どもを一網打尽にする。
「ちょっと待てっ!! 暗闇の乱戦でマシンガンは危ねぇ。誰に当たるかわからねぇぞ!」
伊集院に言われ、銃を持つ手が緩む修馬。だが多くの敵が周りにいる以上、トリガーから指を外すことは出来ない。
銃口を向け、ベックの周囲を警戒する修馬。だが敵は全く襲ってこなかった。むしろ足がすくみ、震えているようにも見える。これは一体何故なのか? まさか、ベックと同じように牛蛙を恐れているとでも言うのか。
「この音……、『異形』だ! 異形が現れるぞっ!!」
黒鳥の1人がそう叫んだ。
「いぎょう……?」
言葉を繰り返した修馬が不審に思ったのも束の間、地面の下から硬い土をかきわけ人型の奇妙な生命体が地上に這い出てきた。これは魔物か!?
「くそっ!! 総員、異形に集中しろ!! 首都への侵入を防げ!!」
我々から離れ、突如として出現した謎の生命体と戦闘を繰り広げる黒鳥たち。これはどういう状況なのか。
「ど、どうする?」
修馬の問いかけに、アーシャは大きなベックの肩を担ぎ馬車を指差した。
「よくわからないが、これは好機かもしれない。黒鳥の意識が反れているこの隙に、首都に逃げ込もう!」
「いや。好機ではないですね……。別の精鋭部隊に嗅ぎつかれました」
空を見上げているアルカが言うので、修馬たちも合わせて視線を上げた。今度は暗い夜空に白い影が数体旋回しているのが確認出来る。
「あれは……?」
呆然と夜空を見上げる修馬。黒いのが黒鳥だというのなら、今度は白鳥でも出たか?
「しかし逃げた方が良いでしょう。シューマさんたちも早く馬車の中に!!」
アルカに急かされ走る修馬たち。だが、馬車の中に入ろうとしたその瞬間、上空から雷が落ち、馬車の荷台は粉々に砕け散ってしまった。ハーネスが切れた2頭の馬も、混乱したように跳ねながら走り去っていく。
「今のは奴らの仕業か!?」
空を見上げる修馬に対し、白い影は更に落雷を喰らわせてきた。避けることも出来ずにその目を見開く。
ドーンッという爆音が目前で鳴り響いた。
真上から雷を落とされた修馬だったが、間一髪一命を取り留めることは出来た。ジーグラスが上空に強力な魔法障壁を張っていてくれたからだ。
「お前ら、大丈夫か……?」
その場に集まっていた修馬たちは、全員魔法障壁で守られ無事だった。しかし術者のジーグラスはかなりの体力を消耗している。
「あ、あいつらは『雷鳥』と呼ばれる、もう1つの精鋭部隊。雷術を使ってくるから気を付けろ」
「雷鳥……。雷だか何だか知らねぇが、俺のマシンガンに勝てんのかよっ!」
マイクロウージーの銃口を空に向ける修馬。だがその時、すでに雷鳥たちの姿はそこになかった。
「……反乱軍のネズミ共が、首都の周りをうろついていることは知っていた。異形もネズミも全て排除する」
背後からくぐもった声が聞こえた瞬間、修馬は背中から胸にかけて焼かれたように熱い痛みを感じた。視線を落とすと、みぞおちの辺りから血で濡れた槍の穂先が突き出ていた。いつの間にか雷鳥に背後を取られていたようだ。
「お前ら……、許さねぇ」
背中から槍で突かれた修馬だったが、辛うじてある意識の中で声を絞り出した。
「許す必要など無い。せいぜい恨みながら死ぬがいい」
無慈悲な声を共に放たれた雷術は、槍を通し、修馬の体の内部から細胞を破壊した。そして体から槍が引き抜かれると、力を失くした修馬は顔面を打ち付けるように地面に卒倒した。
―――第30章に続く。