第165話 夜に飛ぶ鳥
母なる聖戦と呼ばれる組織を打ち倒したいと望むアーシャ。勿論修馬としても、虹の反乱軍には以前助けて貰った恩があるので、協力は惜しまないが、仲間たちのこともあるので個人の一存では決定することが出来ない。
「アーシャたちが帝国と戦っていることは知ってるけど、何故、今は母なる聖戦と戦っているんだ?」
そう聞くと、アーシャは思案するように俯き、そして理由を語った。
「客船セントルルージュ号を沈めた真犯人が、母なる聖戦だったからだ」
それを聞いた修馬は、口の中の唾を喉の奥にごくりと流し込んだ。
「あの時セントルルージュ号を攻撃してきたのが、母なる聖戦……?」
そういえば以前、奇人ローゼンドール・ツァラがこんなことを言っていた。セントルルージュ号の沈没は世間的には虹の反乱軍の仕業になっているけど、実際はガーランド国の海賊がやったことだと。
「濡れ衣を着せられた俺たちとして、奴らを許すわけにはいかねぇ。そうだろぉ?」
ベックが顔を近づけ同意を求める。気持ちはわかるが、酒臭いからあまり近づかないで欲しい。
「それは大変だったねぇ。けど船に乗せて貰えるんだったら、ちゃちゃっと倒しちゃおっか?」
極めて楽観的に言ってくるココ。そんなネコまんまでも作るみたいに簡単に言われても困ってしまう。
「確かに母なる聖戦の軍師アスコーには俺たちも因縁があるし、ついでにガーランド家も潰しておけば、帝国への武器の供給も滞って一石二鳥かもしれないな」
続けて伊集院も前向きに発言する。母なる聖戦だけじゃなく、ガーランド家も潰すのか? ガーランド家って、ベルクルス公国を造った貴族だよな。悪党を倒すのはやぶさかではないが、国を潰すとなると話が大きく変わってくる。
「あっ!!」
御者のアルカが突然声を上げた。それと同時にザンッという音を立てて、荷台を覆う幌の上部が大きく裂かれる。これは、何事か?
「敵かっ!?」
片膝をついたアーシャが身を低くして警戒する。
「まずい! 『黒鳥』が現れた!!」
アルカが言うと、アーシャは裂けた幌から夜空を見上げた。合わせて修馬も幌に目を向けるが、裂けた幌からは真っ暗な夜の空が細く見えるだけだった。
「黒鳥ってのは何だ? 魔物か?」
「いや。黒鳥は母なる聖戦の精鋭部隊の名称さ。真っ向から戦いたくはない連中だ」
そしてアーシャは馬車が停止すると同時に、後方から外に飛び出した。修馬たちも続けて荷台から降りる。やはり、母なる聖戦とは戦う運命にあるのかもしれない。
「アルカッ! 黒鳥はどこに消えた!?」
腰に付けた短剣を抜き、辺りを睨むアーシャ。
「確認出来ただけで10人程居たが、今は闇に紛れて空を滑空している」
馬から降りたアルカが言うので、皆は一斉に空を見上げた。星も見えない夜空を真っ黒い影が複数体旋回しているのが微かに見えた。あれが黒鳥と呼ばれる精鋭部隊のようだ。飛行能力を持っているらしい。
「まさかこんなところで黒鳥たちとやりあうことになるとは……。『跳ね馬』を持ってこなかったのは失敗だったな」
アーシャは左手で抜いた短剣を、右手に持ち直した。そう。本来の彼女の武器は、身の丈ほどもある大剣なのだ。こんな小さな刃物ではない。
「ガハハ。俺はいつでも戦えるように、相棒とは片時も離れないぜぇ」
そう言うとベックは、幌馬車の中から大きな金槌のような武器を引きずり出した。彼に似て、武骨でけったいな武器。
修馬も戦うために、自分の武器を召喚させた。それはアメリカ製のポンプアクション式ショットガン『レミントンM870』だ。空に銃口を向け、適当に狙いを定める。
「くたばれっ!!」
そしてハンドグリップを前後に往復させると、夜空に向かって真っすぐに引き金を引いた。
ダンッ!!
大きな銃声が暗闇を斬り裂く。
相手が見えないので当てずっぽうに撃った銃弾だったが、数秒の後、夜空から黒装束を着た怪しい兵士が1人、地面に落下してきた。偶然命中していたようだ。驚きの表情を見せる、アーシャとベック。だが、本当に驚いているは当てずっぽうに撃った修馬の方だった。
「こ、こいつが黒鳥……?」
落ちてきた兵士に目を向ける。黒い羽毛のような装束と、黒い兜。両手には鋭い鉤爪を装備しているが、もう腕が動く様子はない。即死だったようだ。
「黒鳥の連中は、この風属性の鉤爪を使って空を滑空しているのさ。こちらに飛び道具があるとわかれば、すぐに接近戦を仕掛けてくるぞ!」
緊張感に包まれる修馬たち。そしてアーシャの言葉通り、真っ暗な空から無数の黒鳥たちが矢のように落ちてきた。
ショットガンでは間に合わないと判断した修馬は白獅子の盾を構え、黒鳥の鉤爪による攻撃を防いだ。重い攻撃に腕の力が持っていかれる。
地面に着地した黒鳥たちは、修馬たちを取り囲むように円状に並んだ。アルカは10人程と言っていたが、実際はその倍の20人くらいいるようだ。
「まあ、いいさ。かかってくるっていうなら相手になってやるよ!」
修馬は新たに召喚したイタリア製のオート拳銃『ベレッタ92』を構え、大きく啖呵を切った。