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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第29章―――
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第161話 漆黒の杖

「ふふ、私と戦うのはあなただけなのね」

 左手を口元に持っていき、薄く目を細めるクリスタ。今、彼女と対峙しているのは、左腕を石化させられてしまっている伊集院ただ1人。他の者たちは、ジーグラスの作り出したドーム型の魔法障壁内に避難している。紅斑瘡こうはんそうという疫病に感染する恐れがあるからだ。


「1人で大丈夫か?」

 同じくドーム内にいる修馬が聞く。伊集院同様、病に侵されたとしても一晩寝れば回復するはずなので、共に戦いたいところだが、今はクリスタの石化魔法で拘束されているので身動きが取れない。


「こいつは俺の獲物、手出しはいらねぇ。悪いが傭兵さんよ、その防御魔法でこいつらのこと守っててくれ」

 背中を向けたまま伊集院は言う。それを受け、両手に持つ盾を前に掲げたジーグラスは、額に汗を垂らしながらゆっくりと頷いた。意外と魔力消費の激しい術のようだ。


 そんなジーグラスの姿を横目で小さく確認した伊集院は、堂々とした立ち姿でクリスタと向き合った。片腕しか使えない状態で本当に戦えるのだろうか。


「そういうわけだ。一騎討ちと行こうじゃねぇか!」

「ふふふ、ヴィンフリートの弟子がどれほどの力か……、せいぜい楽しませて貰うわ」


 クリスタの背中から蜉蝣かげろうのような薄い羽が現れると、背後に建つジーグラスの家の高さくらいまで浮上し、再び黄色い飛礫つぶてを浴びせてきた。


楔石くさびいしの飛礫!」

「上等だ! 我を守護せよ、『ゴーレムハンド』!!」


 伊集院がそう唱えると、その足元から土塊で出来た巨大な手が4本出現した。そして飛んでくる飛礫を防ぎつつ、キャッチしたものはクリスタに向かって投げ返した。あちこちに飛礫が飛んでいき、集落が穴だらけになる。


「あいつ、勝てるかな……?」

 ドーム状の障壁の中にいる修馬が呟く。その時、足を拘束していた蔓のような木の根はココが魔法の力で除去することに成功した。だが、拳銃ごと石化させられた両手は未だその時のままだ。


「どうだろうね? シューマたちは死んでも生き返るみたいだけど、もしかしたらこの石化は、あの天魔族のおねーさんを倒さない限り戻らないんじゃないかな。これは一種の呪いみたいなものだから」


 ココは石化した両手を見て言った。

 世界間を転移することで怪我や病気は回復することが出来るが、石化に関してはそれに該当しないらしい。散々逃げられた相手だが、ここはどうしても倒して貰わなくてはいけない。


 飛礫による攻撃を止めたクリスタは、今度は背中に抱えていた己の武器である槍を手に取り、前に構えた。あれは修馬も召喚出来る『天地の大槍』という武器だ。

 伊集院も漆黒に染まった杖を構えそれに対抗すると、宙を飛び交いながらの戦闘に発展した。


 近接戦闘は魔法使いにとって分が悪いかと思ったが、伊集院はクリスタの攻撃を片手に持った杖で弾きつつ、風属性の魔法で応戦している。今のところ勝負は拮抗しているように見えた。


「……ほう。あの高慢ちきな小僧も中々やるようじゃな」


 急に声がしたので驚いて振り返ると、真横に人型のタケミナカタが出現していた。今まで異世界では通常黒い球体の姿だったが、大蛇神楽のおかげで彼も人型の姿が保てるようになったようだ。


「なあ、タケミナカタ。伊集院の奴、勝てそうかな?」

「そうじゃな。八意思兼神やごころおもいのかねのかみも調子が良さそうだから、問題ないじゃろう」


 タケミナカタに言われて改めて空中で戦い伊集院に目を向けると、彼の戦う背後に平安貴族のような装束を着た細身の男の姿がぼんやり浮かんできた。あれは伊集院の守護神、オモイノカネ。彼も白い球体ではなく、人型の姿を保っているようだ。


「テケテケテケテケッ! 土属性の妖魔には、風属性が有効ですよ。ちゃきちゃき行きましょう!」

「んなことはわかってるよ! さっきからやってんだろ!」


 オモイノカネの珍妙な笑い声と、伊集院の怒声が頭上から聞こえてくる。修馬とタケミナカタ同様、息の合ったコンビというわけではなさそうだ。


「あんなんで本当に問題ないのか?」

 空を見上げた修馬は心配そうにそう言うが、タケミナカタは落ち着いたように腕を組んで口を開いた。


「無論。それにあの高慢ちきな小僧は、極めて禍々しい武器を持っておる。あれを使いこなすことが出来るというのなら、相当な力を発揮するじゃろう」

「あの杖が?」


 伊集院が持つ漆黒に染まった杖。修馬も一度召喚したことがあったが、その時は使用時の不快感が凄まじく、嘔吐してしまったくらいだ。伊集院はあの杖を使いこなすことが出来るのか?


 空中で戦っていた伊集院は一度地面に下りてくると、宙に浮くクリスタを強い眼差しで睨みつけた。

「ただの風魔法が効かないんなら、こっちにも手がある。……『闇堕ちの杖』よ、今こそその力を発揮せよ!」


 伊集院の足元に紫色の魔法陣が出現し、同時に黒いオーラが漂い出す。そして口が横に広がると、「くへへへへ……」と不気味に笑った。これが人がダークサイドに堕ちる瞬間か!?


永久とこしえの底に眠る闇の精霊よ、我に力を与えたまえ。……『闇の竜巻ダークネストルネード』!!」


 強烈な風と共にどす黒い小型の竜巻が発生すると、宙に浮くクリスタの体を一気に飲み込んだ。これは効いているのか甲高い悲鳴を上げている。


 黒い竜巻は更に回転数を上げ天高くまで渦が伸びると、その先端からクリスタの体が飛び出し、そして投げ飛ばされるように地面に墜落した。人間なら即死しているレベル。


「説明しよう。あの黒い杖は、術者の魔法を暗黒化することが出来るのじゃ」

 親切に説明してくれるタケミナカタ。ただあまりの威力に修馬は言葉を失って、あまり聞いてはいなかった。


「とどめだ、『地獄の業火ブラックインフェルノ』っ!!」

 伊集院がちょっとださい魔法名を唱えると、そこから起き上がりかけたクリスタの周りに、紫がかった黒い炎が包み込んだ。


「……まさかその杖をそこまで使いこなしていると思わなかったわ。流石、天稟てんぴんの魔道士ね」

 黒い炎に埋もれるクリスタは、額に血を流しながらも気丈な態度を示した。


「勝負は着いたな。お前如きじゃ、俺には勝てねぇ。大人しくその小瓶を渡せば、命だけは助けてやる」

 交換条件を出す伊集院。だが対するクリスタは不敵な笑みを浮かべ炎の中で佇んでいた。


「私たち四枷よつかせが、力に屈するわけがないでしょ」

 そう言うとクリスタは、持っていた小瓶を地面に向かって投げ捨てた。パリンッと音を立てて割れる様を見て、ドーム内の一同に戦慄が走る。 


 慌てた伊集院が、石化されていない方の手で口元を押さえる。そしてそれを見たクリスタは、どこか悲し気に「ふふふっ」と笑った。


紅斑瘡こうはんそうは魔族にも感染する疫病。そんな危ないもの肌身離さず持っているはずがないでしょう。それは偽物。始めから細菌なんて入ってないわ」


 そう言われても少し信じがたい様子の伊集院は、口を手で塞ぎつつ、じりじりと割れた小瓶から遠ざかった。

「それは本当か……?」


「ええ。良かったわね。またどこかで会いましょう……」


 燃え盛る黒い炎に抱かれたクリスタは、身動きも取らぬままその身をジリジリと焼かれ、やがて真っ白な灰になり風によって散っていった。

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