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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第29章―――
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第160話 麗しの天魔族

 予想もしていなかったところで遭遇した、褐色の肌の天魔族、クリスタ・コルベ・フィッシャーマン。彼女は椅子から立ち上がろうともせずに小首を傾げ、微笑を湛えていた。


「クリスタ……。てめぇ、どの面下げて俺の前に現れやがった!!」

 天魔族に恨みのある伊集院が、有無を言わさず攻撃を仕掛けた。一歩前に出て左腕を前に伸ばすと、刃を思わせる鋭利な突風がクリスタに向けて吹き抜ける。


 その魔法により、彼女の座っていた木製の椅子はずたずたに斬り裂かれたが、クリスタ自身は腕に浅い切り傷を負っただけで済んでいた。何らかの防御魔法で凌いだようだ。


「随分手荒い挨拶なのね。まあ、そういうのも嫌いじゃないけど」

 クリスタは両腕の切り傷を一瞥すると、何か呪文のようなものを唱えだした。彼女の体の周りに、黄色く美しい宝石の原石のような物体が出現しだす。


「喰らいなさい、『楔石くさびいし飛礫つぶて』!」


 逆風が吹くと、無数に浮かぶ黄色い石は、修馬たちに向かって噴石のように飛んできた。


 急いで魔法障壁を展開させる伊集院とココ。修馬も白獅子の盾を駆使して飛礫から身を守るが、クリスタの攻撃は終わることがなくいつまでも降り続いた。


 盾の限界を感じた修馬は、屈みながら伊集院の張る魔法障壁の後ろに移動し、その身を隠した。しかしこの障壁にも、限界はあるだろう。どこかで反撃に出なければならない。


 障壁の裏でタイミングを計っていた修馬の横で、同じく伊集院の障壁に身をひそめていたジーグラスが意味有り気に「くくくっ」とほくそ笑んでいる。


「仕方ない、今こそ傭兵である俺の出番だな……。行くぞ、『陰陽いんようの障壁』!!」

 2枚の盾を前に突き出し、ジーグラスは叫ぶ。するとそれぞれの盾から白と黒の魔法障壁が出現し円状に広がっていった。


 それは通常の大きさを遥かに超える魔法障壁だった。

 やがてドーム状のバリアと化した障壁は、修馬たち全員を包み込み、鋭利な飛礫から完全に修馬たちを守った。


 その攻撃が通用しないと悟った様子のクリスタは、眉をひそめながら腕を下したのだが、それと同時に障壁の中から飛び出したマリアンナが王宮騎士団の剣を勢いよく前に振り抜き、クリスタの体を逆袈裟に斬り上げた。


 赤い鮮血が派手に飛び散る。

 不意をつかれたクリスタは腹部に斬撃を受け、2歩3歩と後退った。


「やってくれたな、人間の女……」

 裂傷を負ったものの致命傷には至らなかったクリスタ。彼女は自分の胸元に手を入れると、何やらガラス製の小さな瓶を取り出しこちらに見せてきた。あれは一体、何か?


「……お、お前、それはもしかして例の細菌か?」

 何かを察した伊集院が、忌々し気な表情で身を退かせる。


「ふふふ。そう、これは私が作り出した、可愛い可愛い『紅斑瘡こうはんそう』の細菌。これをここで開封したら、どうなるかしら……」

 クリスタは小瓶の蓋の辺りを摘まみ、怪しげに揺らしてみせる。


 一度その病に罹患したことがあるマリアンナが幾らか及び腰になっていることに気づいた修馬は、彼女を守るために初代守屋光宗『贋作』を召喚した。


 そしてそこから斬りかかろうとしたのだが、何故かそこから動くことが出来ない。

 足元に目を向けると、木の根っこのようなものが修馬の足首に蔓のように巻き付いてしまっており、いくら踏ん張っても外れることはなかった。


「くそっ! だったら、こうする」

 足が動かないとしても、通用する武器は幾つかある。

 刀を捨てた修馬が今一度集中すると、今度はイタリア製のオート拳銃、『ベレッタ92』が左手の中に召喚された。これなら動くことが出来なくても当然攻撃は届く。


 両手でグリップを握り、引き金を引く修馬。

 乾いた銃声と共に銃弾が飛び出すが、その時、目の前にいたクリスタはすでにどこかに姿を消してしまっていた。焦りで頭の中が真っ白になる。どこに行った?


「危険な香りのする武器ね。そんなものを淑女に向けるなんて、物騒な殿方……」


 何処からか声が聞こえ慌てて振り返ると、斜め後ろに移動していたクリスタが修馬の持つベレッタ92に顔を近づけて何やら匂いを嗅いでいた。


「くそっ!!」

 肩をびくつかせながらも、すぐに方向を変え、クリスタの頭部に銃口を突きつける。

 だが今度は何故か、その引き金を引くことが出来なくなってしまった。こんな時に排莢が詰まってしまったのかと思ったが、よく見てみると、修馬の両手は銃を握ったまま灰色の石と化してしまっていた。


「危険な武器も、こうしておけば安全でしょ」

 それはクリスタの石化魔法だった。そして更に息を吸い込むクリスタ。嫌な予感がした修馬はそこから逃げたかったが、両手、両足の自由を奪われどうしても身動きが取れない。


 そしてクリスタが吸った息を吐きだそうとしたその瞬間、横から来た伊集院が突然体当たりをかまし、彼女を遠くへと吹き飛ばしてくれた。


「ふぅ……、ふぅ……」

 呼吸を荒げる伊集院。見ると彼の左腕は灰色に変色してしまっていた。体当たりをした時に石化させられてしまったようだ。


「おい、クリスタ! 龍神オミノスの復活は失敗したんだ。もうお前たちは、俺らに用は無いはずじゃないのか!?」


 天魔族は龍神オミノスの幼体である無垢なる嬰児みどりごの封印を解くために、黄昏の住人である伊集院を生贄にしようとしていた。しかしそれは、ココ、ララとアイルの働きにより阻止したのだ。


「復活は失敗していません。オミノスは未だ時空の狭間を漂っている状態。むしろそんな時のために、時空を移動しているあなたたち黄昏の住人の力が必要なのですよ」

 そう言って、「ふふふ」と笑うクリスタ。彼女の周りには再び、黄色い鋭利な石が多数浮かび上がっていた。


「時空の扉は開けさせないよ、天魔族のおねーさん。もしもシューマとイジュを連れていくって言うんなら、僕もついつい本気出しちゃうかもだよ」

 振鼓ふりつづみの杖を構えて、向かい合うココ。


「あら、可愛らしい大魔導師。オミノスが消えれば己の生命も絶たれるというのに、皮肉なものね」

 よくわからないことを語るクリスタ。だがそれに対し、ココは沈黙を守った。


 そこからしばし睨み合いになったが、ローブをひるがえした伊集院が颯爽と前に出て、ココの構える杖を無理やり下させた。

「いや、こいつは紅斑瘡こうはんそうっていうやばい感染症の細菌を持っているから、お前らは出来るだけ後ろに下がってろ。患ったら面倒なことになるぞ」


「けど、それはイジュも一緒でしょ?」ココは聞く。

「一緒じゃねぇ。俺らは一晩寝れば病気や怪我は回復する。だからここは、俺に任せればいいんだ」


 伊集院は自身の持つ漆黒に染まった杖を右手に持って掲げると、何かを吐き出すように大きく息をついた。

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