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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第29章―――
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第158話 二枚盾の傭兵

 旅の途中、突如として修馬たちを襲ってきた賊。拳銃のおかげであっという間に殲滅することは出来たが、それによる被害は幌馬車の荷台と馬1頭と甚大だ。


 御者のカイル・アリアットは残った1頭の馬と共に共和国に帰っていったので、残った修馬たち一行は徒歩でベルクルス公国の国境の村に向かっていた。

 小雨は今も降り続いており、まだ日の入り前だというのに何だかとても肌寒かった。先頭を歩く修馬は時々震えながら、北に向かって歩を進める。


「ところでベルクルス公国ってのは、どんな国なんだ?」

 軍事産業で栄えている国だということは先ほど聞いたが、それ以上の話は聞けていない。やはり、帝国のように危険な国なのだろうか。


「ベルクルス公国は、ガーランド家が治める国だよ」

 そう教えてくれるココの顔を見ながら、修馬は「ああ、またか……」と思った。ここまでガーランド家とは色々と因縁めいたものがあったが、とうとうその総本山的なところに辿り着いてしまったらしい。


「貴族が治める国としては、世界最大の国家。君主であるドゴール・ガーランド大公は戦争屋と呼ばれ恐れられる一方で、経済に関してはとても豊かなお金持ちの国……、ということになっているわ」

 若干歯切れの悪い調子でマリアンナは語る。


 彼女はベルクルス公国に行ったことがあると言っていたので、その辺りを詳しく聞いてみると、国の中央にある首都ベルディスクは非常に美しく町並みも整っているが、その周りにある地域までは政治が行き届いておらず、まだまだ貧しい生活を強いられているとのことだった。


 まあ、ありがちな話ではあるなあと思いつつ遠くに目を向けてみると、棚田のように段々になっている無数の水田が見えてきた。恐らくあれが、国境の村だろう。貧しい地域なのかもしれないが、沈みかけた太陽に照らされるその景色は、何ものにも代え難い美しさだった。


「この丘を越えた先が、カイルの言ってた国境の村だな」

 修馬が言うと、伊集院はうんざりした様子でため息をついた。

「ようやくか。馬車と徒歩でもうへとへとだ。足が棒になるとこだ」


「足が棒? 何それ!?」

 その言葉に過剰反応したココが、突如として伊集院の足をバシバシと叩き始めた。「いてっ、いてっ!」と飛び回る伊集院。


 何がそんなに楽しいのかいつまでも追いかけっこは続き、更におふざけがエスカレートすると修馬の足にまで攻撃が及んできた。


「うわっ!」

 一瞬身構えたのだが、ココは突然、電池が切れたかのようにぴたりと動きを止めてみせた。そしてそのまま身を低くして修馬の足元を覗き込んでいる。


「そういえばシューマ、その靴の調子はどう?」

「靴? ……ああ」


 修馬はその時、新しい靴を履いていた。すね当てが付いた丈夫な革靴で、あの鋼鉄の武人を倒した翌日に甲冑師のコッフェルから譲り受けたものだ。ごつい金属のすね当てが付いている分重量があるはずなのだが、土属性の魔法が備わっているおかげで重力が軽減されているらしい。理屈はいまいちよくわからないが、確かに軽い履き心地だ。


「流石、覇者の物の具を造ったゴッフェルの娘さんの作品だよ。歩いていても疲れにくいし、涼風の双剣ほどじゃないけど、本気を出せばかなり速く走れそう」

「へー、やったね!」


 ココとそんなやり取りをしている横で、伊集院は「足が棒になるっていうのは俺たちの世界にある慣用句で、歩き疲れて足の筋肉が強張っていることを棒に例えて言っているだけだ」と苛々しながら説明していた。最早誰も聞いてはいないのだが。


「じゃあ、イジュが何だがうるさいから国境の村まで、どっちが早く着けるか勝負しよう。行くよー……よーい、ドンッ!!」

 勝手に提案し、1人で走り出すココ。魔法の力を使っているのかはわからないが、異様に速い。


 しかしちびっ子に負けてはいられないと、修馬は地面に一度片膝をつき、クラウチングスタートで荒れた道を駆けだした。負けられない戦いは目の前にある。


「むっ、獣のような速さ。じゃあ、本気出すぞ!」

 小さく振り返り、更に加速度を上げるココ。修馬も負けじとそれに喰らいついた。


 一歩一歩が足取りが、まるで羽が生えたかのように軽い。整っているとは言い難いアップダウンの激しい道を、出鱈目なスピードで走り回る2人。その差は良い具合に接近していたが、途中からある程度の距離を保ち、どうしても近づくことが出来なくなってしまった。


 息を切らしながら、気合を入れて地面を蹴る修馬。だがしばらく走っていると、あることに気づいてしまった。ココの足が若干宙に浮いていたのだ。


 あ、魔法使ったズルじゃん。そう思った瞬間、目の前を走るココが「危ないっ!!」と声を上げた。


 ココはそれと同時に身を屈めたのだが、逆に修馬は声に反応し顔を上げてしまった。ガコンっという派手な音が鳴り、目の前にキラキラした星が飛び散る。何かが顔面に激突したようだ。


「うべっ!! あーっ!!」

 仰向けに倒れた修馬は、顔を押さえ地面の上で悶絶する。衝撃で鼻がやばいことになっているかもしれない。


「……おめーら、何者だ? 盗賊団って感じじゃなさそうだな」

 何者かが言うが、修馬の耳には届いていない。ただ、自分の鼻が大丈夫か手で触り確認していた。


「僕たちは旅人だよ。帝国を目指しているんだ」

「帝国だぁ? 止めとけよ、時期がわりい」


 ココと何者かがそんな会話をしている中、修馬は何度かの触診を終え鼻の骨に異常は無いという結論に至った。しかし痛いことに変わりはないのだが。


「痛たたた……。ちょっと待て、お前こそ何者なんだよ!?」

 そこで修馬は、ようやくその人物の顔を確認した。まだ若いようだが、鼻の下には昔の文豪のような立派な口ひげが蓄えられている。何となく偉そうでむかつく顔だ。


「俺はこの辺りの土地の傭兵さ。『二枚盾のジーグラス』と言えば、あんたらも聞いたことがあるだろ?」

「二枚舌?」

「盾だ、盾っ! よく見ろ、盾を2枚持っているだろ!」


 ジーグラスと名乗る傭兵は、両手に持つ2枚の盾をこちらに見せつけた。大きな五角形の盾で、中央には鏡のように反射する丸い何かが取り付けられていた。ココが言うには、木の上に潜んでいたこの傭兵が、下を通過するときに飛び降りてきて、そのまま激突したのだそうだ。とりあえず意味がわからない。


「まあ、旅人だっていうなら悪かったな。こういうご時世だから、ごろつき共が溢れてやがるんだ。鬱陶しい程にな」

 ジーグラスはそう言うと、近くに転がっている小さい岩の上に腰かけた。そんな風に腰を据えて会話するつもりはないのだが、ココも地面の上に腰を下ろしてしまったので、ここで少し休憩を取ることにしよう。


「ごろつきって言っても、ここいらの悪党は国が援助してるんだろ? それなのに国民を襲うようなこともあるのか?」

「ほう、他所の人間のくせに詳しいじゃねぇか。けど、国が援助ってのは少し違うな。むしろ国が運営している悪党とでも言った方が正解だろう」


 それなら尚のこと国民を襲うことはないのではないかと思ったが、まあこの国にはこの国の事情があるのかもしれないと無理やり納得したところで、伊集院とマリアンナの2人が遅れてその場にやってきた。


「急に走るんじゃねぇよ、うっとうしい……、ってあれ? お前は誰だ?」

 驚いたように伊集院が聞くと、ジーグラスは得意気に顔を上げた。


「ああ、俺は傭兵だ。二枚盾のジーグラスと言えば聞いたことくらいあるだろ?」

「いや、知らん」

「何故、知らないっ!?」


 両手に盾を持ったまま頭を抱えるジーグラス。聞く相手を完全に間違えているような気がするが、そうは言ってもココやマリアンナからも知っている雰囲気は出てない。つまりこの男が、自分の知名度を勝手に過大評価しているだけのようだ。


「なあ、あんたはあの村に雇われた傭兵なのか?」

 そう聞くと、ジーグラスは気を取り直すように咳をして口髭を手で整えた。


「……いや、雇われてるわけじゃねえさ。この国境の村、ラズールは俺の故郷だ。旅人だっていうんなら、折角だから案内してやる。何もないとこだが、ゆっくりしていってくれ」

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