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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第28章―――
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第156話 大蛇神楽

 頬をペチペチと打つ冷たい感触に、思わず肩がびくりと揺れる。


「そろそろ起きてください。神事が始まりますよ」

 甘いトーンの声が耳に触れ、目を覚ます修馬。開いた視界の先には、にこやかに微笑むアイルの姿があった。


「あ……、あれ? ここは異世界? それとも現実世界?」

 一瞬、どちらの世界にいるのかわからなくなったが、周りの景色を見てすぐに理解した。眠っていたのは戸隠神社中社本殿の中。今回は睡眠によって転移することなく、現実世界に留まっていたようだ。アイルの隣には仏頂面の伊集院もいる。彼の存在は、自分が俗世界にいるということを痛切に実感させてくれる。何故かはわからないが。


「けど良かった。大蛇神楽おろちかぐらはまだ始まってないんだね」

 未だに残る酔いを振り切るように体を起こし、開かれた外陣から外を眺める修馬。いつの間にか日は沈み、本殿と社務所の前に造られた舞台の四隅には大きな篝火かがりびが焚かれ、赤々と燃えていた。そして薄明かりに照らされる舞台の周りには、多くの見物客が集まっているのが確認出来る。


「もう間もなく始まります……。ほら」

 アイルがそう言うと、舞台の手前にいる神事服を着た人たちが楽器を奏で始めた。神楽笛としょうと呼ばれるパイプオルガンのような音色の管楽器が、音を合わせる。


 自然と居住まいを正す見物客たち。そしてゆっくりとした太鼓の音が境内に響くと、神楽鈴をシャンシャンと鳴らしながら、珠緒と友理那の2人が能のような足運びで舞台に上がってきた。相当の練習はしてきたのだろう。黒髪に白い肌、そしてしとやかな佇まいの友理那は、異世界の住人であるにも関わらず、本物の神道の巫女にしか見えなかった。


 白無地の薄い上衣を羽織った2人は、揺らめく小さな明かりの中、鳴り物の音に合わせ幻想的な舞を演じている。その姿は美しくもあり、優雅でもあり、どこか儚くも感じた。


「何とも不思議な音色です。遠い過去の記憶を思い起こされるような……」

 小さな声で独り語ちるアイル。確かに雅楽の独特の音色を聞くと、まるで千年前の日本にタイムスリップしてしまったかのような気分になってくる。DNAに刻み込まれているかのような古の旋律。


 ふと気になりアイルの顔に目を向けると、彼女の瞳から一筋の涙がほろりと零れ落ちた。


 太鼓の音に合わせ、心音が高鳴る修馬。横にいる相手が女性というだけでも緊張してくるのに、女性の涙を見せられたのではひとたまりもない。


「ど、どうしました……?」

 小声で尋ねると、アイルは華奢な指で涙を拭き、にこりといつも通りに微笑んだ。


「すみません。素敵なものを見させていただいて、私、本当に感動しているんです。黄昏の世界には、こんなにも神々しい踊りがあるのですねぇ……」

 余韻を含めるようにそう言うと、アイルの瞳から再び涙が零れた。彼女は本当にこの世界のことを愛しているようだ。


「神楽っていうのは、舞いを神に奉納する神事ですからね。向こうの世界の祭りでは、巫女が舞ったりはしないんですか?」

「舞うことですか? どうですかねぇ。……ああ、ですが乱舞はご覧になることが出来ますよ」

「乱舞?」


 それは読んで字の如く、乱れ踊るという意味の言葉。舞うことはないけど乱舞は見れるというのはどういうことだろうか? 何かの比喩なのか?


「ええ、それはとても素敵な光景です。シューマさんたちも『星降りの大祭』が行われる時は、是非ともウィルセントにお越しくださいね」


 アイルはそう言うと涙を抑え、また背後から見る二人神楽の様子に目を向けた。合わせて修馬も視線を変える。


 真っすぐに伸ばした腕で持つ神楽鈴を、手首を返しながらシャンシャンと鳴らせる。くるりくるりと優雅に舞う友理那と珠緒は、まるで姉妹のように息が合っていた。息を飲み、ただ静かにそれを見守る観客たち。


 高い神楽笛の音にしょうの切ない音が交わった。精神が研ぎ澄まされ、新たな境地に辿り着くような不思議な感覚に包まれていく。巫女の2人はゆっくりとした太鼓の音に合わせ、シャンシャン、シャンシャンと鈴を鳴らす。


 やがて友理那と珠緒は、お互い向き合うようにして膝をつくと、神楽笛の音が途切れるように消えた。


 そして何処からともなく巻き起こる拍手。隣にいるアイルも手を叩き、修馬も自然と手を打っていた。神楽とは初めて見たが、人の潜在意識を揺さぶる何かがあるように思えた。現代のエンターテイメントにはない、何かが。


 しばらくして友理那と珠緒が立ち上がると、先程まではなかった鐘の音が、リーンと鳴った。

 まだ終わりではないのかと首を捻ると同時に、それまで静かにしていた伊集院がおもむろに立ち上がった。


「そ、そろそろだな、修馬」

「……は? どうしたんだ、お前」


 修馬が呆然としていると、隣のアイルがこっそりと教えてくれた。友理那と珠緒の二人神楽が終わったら、修馬と伊集院も含めた四人神楽が始まるのだということを。


「四人神楽!? 嘘でしょ?」

「嘘じゃない。行くぞ!」

 がちがちのがに股歩きで舞台に向かう伊集院。こいつ一言も喋らないと思ったら、1人で緊張してたみたいだ。


 ドンドンドンドンッと、太鼓の音が激しく響く。友理那と珠緒は、いつの間にか小面の面を付けて舞を演じていた。先程が静の舞いなら、これはそれよりも激しい動の舞い。

 そして舞台に上がった伊集院も、何やら青白い顔の面をつけてやけくそ気味に踊り出した。あれは絶対、不正解の踊りだと思う。


 太鼓と鐘の音に合わせ、神楽笛が軽快な音色を奏でる。神楽というよりも、祭囃子のような旋律。友理那と珠緒も、舞いながら神楽鈴を鳴り乱す。


 ドンドンドンドン、シャンシャンシャンシャン、ドンドンドンドン、シャンシャンシャン。


 どうしたものかと考え込んでいると、アイルが横からあるものを差し出してきた。

「これ、シューマさんの仮面だそうです」


 それは青い顔をした厳つい男の面だった。

 仕方なく受け取った修馬は、ため息と共に仮面をつけた。けどこれをつければ表情もばれないし、恥ずかしさも幾らかは和らぐかもしれない。


 修馬はアイルに対して小さく頷くと、残っていた酔いの勢いに任せて舞台上に躍り出た。その場ではすでに3人とついでに伊集院の守護神であるオモイノカネが人型の姿で演舞している。


 ドンドンドンドン、シャンシャンシャンシャン、ドンドンドンドン、シャンシャンシャン。


 前にも語ったが、修馬はマイム・マイムくらいしか踊やしない。雑に合わせてステップを踏んでいる、人型のタケミナカタが背後から現れ、一緒に適当な踊りをし始めた。本当にこんな感じで良いのだろうかと不安になるが、踊っている内にそんなことはどうでもよくなってきた。何だか少し楽しいかもしれない。


 ドンドンドンドン、シャンシャンシャンシャン、ドンドンドンドン、シャンシャンシャン。


 激しく舞う友理那と珠緒に、不器用に踊るその他の男たち。乱れ踊るのはアイルの言う異世界での星降りの大祭とやらにとっておきたかったが、まさかこんなにすぐに体験することになるとは思いもしなかった。人間と神様が織りなす、どこかいびつで神聖なる乱舞。


 神職と我々以外の一般人にはタケミナカタとオモイノカネの姿は見えないはずだが、この乱舞がどのように見えているのだろうか。ただ仮面を被ったおかげもあり、修馬に恥ずかしさは微塵もなかった。今は、この大蛇神楽を行っていた当時の人々になりきり舞台の上を勇ましく飛び跳ねた。


 ドンドン、シャンシャン、ドンドンドン。


 無言の踊りの中で、俺たちは色んな会話をしたような気がする。自分たちのこと、神話のこと、そしてこれからの未来のことも……。


 戸隠の短い夏の夜。篝火の温かい光が見守る中、修馬、伊集院、友理那、珠緒の4人と、タケミナカタとオモイノカネの2柱は、雅楽の音色が鳴り終わるまで皆、一心不乱に演舞を興じ続けた。


  ―――第29章に続く。

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