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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第28章―――
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第153話 たこ焼きとお面

 戸隠神社中社に向かうなだらかな上り坂を、修馬は1人とぼとぼと歩いている。


 今日は明治以降に廃止されてしまった古の神事、『大蛇神楽おろちかぐら』を復活させる大切な日。短い期間ではあったが地元の人たちや自治体の協力もあって、戸隠の集落一帯には紙垂しでのついた結界が張られ、各所に色とりどりの提灯が掲げられ祭の色を染め上げていた。


 修馬の背後から、浴衣を着たテンション高めの子供たちがはしゃぎ声を上げて駆け抜けていく。子供たちが喜んでくれているのは何よりだ。

 その姿を見つめる修馬は、己の少年時代と重ね合わせた。そういえば地元の夏祭りは、幼馴染である伊集院たちと一緒によく行ったものだった。かつてはあれだけ仲が良かったのに、行動を共にしなくなったのはいつからだろう? 高校生になった今では、お祭りにもすっかりときめかなくなってしまった。


 童心にかえりながら祭屋台の並ぶ道を歩いていると、突然横から白い狐の面を付けた浴衣の女が現れて、脅かすように立ちふさがってきた。

「わっ!! ……て、シューマさん驚きましたか?」


「……何してるんですか、アイルさん」

 現れる前から姿が見えていたので驚きもしない修馬は、冷ややかな態度で息をついた。狐の面を被っているが、その灰色の髪と水色の浴衣は、昨日異世界からやってきたアイル・ラッフルズに違いなかった。


「ああ、気づくのが早いですねぇ」

 狐の面を額の上に持ち上げ、顔を晒すアイル。面の下では何かを誤魔化すように舌を出していた。


「アイルさんはお祭りを満喫しているようですね」

「はい! 私も祭祀を執り行う者として、こちらの世界の神事には大変興味があるんです。……あぁ、シューマさん! あの丸くて可愛い食べ物は一体何でしょうか?」

 一瞬だけ真面目な顔をしたアイルだったが、目の前の屋台で焼かれている粉ものに気を引かれ、すぐに表情を崩した。


「あれは、たこ焼きっていう食べ物だよ」

「たこ!? たこを食べるんですか? あっ、けど先程食べた鯛焼きとやらには魚が入っていなかったから、そのパターンでしょうか?」

 深読みするアイル。もうすでに、幾つか買い食いを済ませているようだ。


「いや、普通にたこが入ってるよ。向こうの世界ではたこは食べないんだっけ?」

「漁師や海賊みたいな人の中には召し上がる方もいるようですが、たこは恐ろしい生き物だというイメージがあり、一般の人はあまり食べないと思います。美味しいんですか?」


「滅茶苦茶旨いよ。食べるなら買ってあげるけど?」

「そんな、大丈夫です。私が買うので一緒に食べましょう」

「アイルさん、こっちのお金持ってるの?」

「はい。向こうの世界から持ってきた金剛石の粒が、こちらの道具屋で高値で売れたので、滞在している間のお金の心配はないです」

 浴衣とお揃いの小さな巾着袋から、財布を取り出し中身を見せてくるアイル。そこにはお札がぎっしりと詰まっていた。マジで羨ましい。


 そしていかつい店主の焼くたこ焼きを購入すると、彼女は満面の笑みで戻ってきた。

「す、凄く食欲をそそる香りがしてます! これはどうやって食べるんですか?」


「爪楊枝がついてるから、それで刺して一口で食べるといいよ」

「この大きさを一口でですか!? 大胆ですね。それでは早速いただきます」

 言われるがまま大きく口を開け、たこ焼きを一口で頬張るアイル。最初は「うーん」と恍惚の表情を浮かべていたが、歯を入れた瞬間に目を見開き、「うーっ!!」と唸り手足をばたつかせた。


 中はとろとろ熱々のたこ焼きの洗礼。しかしこれを通過しなくては、たこ焼きの真髄を知ることは出来ないだろう。とはいえ、一口で食べさせるのはまだ早かったのかもしれない。


「どうでした、たこ焼きの味は?」

 そう聞いてはみたが、アイルは未だに口の中でたこ焼きをはふはふと転がし続けている。そしてどうにか飲み込むと、涙目で「はぁー」と息をついた。

「やはりたこは恐ろしいものでした。小さな溶岩石です」


 すっかり肩を落としたアイルだったが、しばらくするとまた懲りずに2つ目のたこ焼きを頬張った。目を瞑り、懸命に頬張っている。味は受け入れてくれたようだ。


 修馬もそのたこ焼きを分けて貰いつつ食べながら一緒に歩いていくと、やがて中社の入口へと辿り着いた。2人は大きな鳥居を潜り、石の階段を上っていく。


「そういえばこの動物の仮面なのですが……」

 アイルは額の辺りでに斜めにつけた狐のお面を指差す。


「どうかしたの?」

「はい。昨日、占い師のような方とお会いした話をしたと思うのですが、覚えていますか?」

 そう言うと、アイルは狐の面を再び顔に被せた。浴衣の女性と狐の面の相性は、正直悪くない。


「ごめん。向こうの世界に長いこといたから少し忘れてるかも。お面をつけた占い師だったっけ?」

「そうです。昨日動物のお面をつけた人に占って貰い、戸隠に行くように示して頂いたのですが、その方が正にこれと同じような仮面をつけていらっしゃいました」


「へぇー、狐のお面をねぇ……」

 狐の面はお面としては珍しくもないが、こんなお祭りの時でなく普段から身に着けている人はかなりの変人。一体何者だろうか?


「非常に変わった魔力をお持ちの女性でした。始めはこちらの世界特有の魔力なのかと思いましたが、この2日間人とお会いする中で、こちらの世界の人はほとんどの人が魔力を持たないということを知りました。あの方はもしかすると……」


 木漏れ日の落ちる石段を、丁寧に踏みしめる黒塗りの下駄。白い狐の面で顔を隠したアイルは凛とした姿で石段を上り、そして小さくあごを上げた。

 石段の上に何者かがいる。目を細め、石段を上る修馬。


「待ってましたよ、修馬くん」

 そこに立っていたのは守屋家当主の守屋伊織だった。その横には伊集院もいる。何となく不機嫌な様子。


「おせーよ! 『お上り神事』に遅れるだろ!」

「お上り? 何それ? 神事は友理那たちがやるんじゃないの?」


 本気でよくわからない修馬。だがそれは伊織が教えてくれた。

「友理那さんと珠緒さんは、奥社から中社の間を練り歩く『お下り神事』に行って貰っています。そして修馬くんと伊集院くんには宝光社から中社に向かう『お上り神事』を行って貰います。何と言っても、大蛇神楽は君たちのためにやる祭祀ですからね」


「俺たちのため?」

「ああ。オミノス……じゃなくて、禍蛇まがへびを倒すために、オモイノカネとタケミナカタの力を最大限に引き上げるんだとさ。それが祭りを復活させる理由」

 事情を知る伊集院が教えてくれる。確かにタケミナカタは、肝心な時に黒い球体で出てきて役に立たない印象がある。神様自体の強化が出来るのならそれが得策だろう。


「成程、そういうことか。ところでそのお上り神事っていうのは、どういうことをするんですか?」

 厳しい荒行を想像し、大きく息を呑み込む。しかし伊織から出た言葉は、『神道かんみち』と呼ばれる古道を歩くだけとのことだった。拍子抜けする修馬。


「それだけですか?」

「はい。古の時代、巡礼のために歩いた先人たちの足跡を辿っていただき、戸隠の歴史や風物を体感して貰います。よろしいでしょうか?」

 神妙な面持ちで、伊織は言う。よくはわからないが、ただ歩けばよいというわけではなさそうだ。修行のつもりで気を引き締めて臨まなければならない。それもタケミナカタの力を引き上げるため。


「わかりました。じゃあ、早速行きましょうか……。ところで、アイルさんはどうする?」

 修馬の横には、少し冷めたたこ焼きを食べるアイルの姿がある。彼女は丁寧に咀嚼すると静かに飲み下し、そして深く頭を下げた。


「私は折角なので、この後もお祭りの様子を見学させていただきます。夜になれば巫女の踊りが見れるということなので楽しみです。やはり、祭りの本番は夜ですからねぇ、うふふふふふふ……。おっと、失礼致しました。それでは皆さま、また宵の内にっ!」


 終始ご機嫌な様子で去っていくアイル。それを見送った修馬たちは、伊織の車に乗りこみ宝光社がある山の麓へと向かっていった。

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