第152話 近代兵器
マウル・ギルドルースの攻撃により、上空150メートルから叩き落される修馬。
着地に備えどうにか身を動かそうとしているのだが、自分の体がどうしても言うことを聞いてくれない。下方から吹き上げる風の音が、やけにゆっくりと聞こえてくる。これはもう駄目だろうか……?
近づいてくる地面を眼球が捕らえる。そして次の瞬間、胃の中のものを全て吐き出しそうになりそうな衝撃を受けたが、どういうわけなのか激突による痛みはそれほど感じられなかった。
そっと瞼を開け、辺りを確認してみる。地面にぶつかったと思っていた修馬だったが、何とその体は駆けつけてきたライゼンによって、しっかりと抱えられていた。
「……おいおい何だよ、全然勝てなそうじゃないか」
至極がっかりと言うライゼン。いや、そんな言い方あるかよ!
続けて「おーい!」呼びかける声が聞こえてくる。ライゼンの腕から降りて目を向けると、こちらに向かってバタバタと走ってくるココの姿が目に映った。
「うわー、桁違いの強さだったね。勝てそう? シューマ」
「無理無理無理無理、絶対無理!! 勝てるわけないからっ!」
必死に手を横に振り、勝てないことをアピールする修馬。するといつの間にか現れた球体のタケミナカタが「情けない……」とぼやき、ため息をついた。それに合わせて大きく息をつくライゼン。
「だったら僕の魔力も少しは回復したから、力を貸してあげるよ」
そう言ってココは、振鼓の杖を掲げた。その先端からは光の粒が溢れ、きらきらと零れ落ちている。
「いやいや、あの戦力の差だよ!? 少し力を貸してくれたくらいじゃ倒せないでしょ」
修馬が感じる鋼鉄の武人との圧倒的戦力差。現状では鎧に傷一つつけることも出来ていない。
「まあまあ。けど他に方法もないし、とりあえずやってみようよ。行っくよー……、『魔導解放』!」
杖全体に渦巻いていた光の粒が、やがて大きな塊となり修馬の体を包み込んでいった。
それによって体力が回復するというようなわかりやすい感覚はなかったが、胸の奥が少しだけ熱くなるような微かな刺激を感じることが出来た。
「ほう、力がみなぎってくるようだな……」
そう呟いたのは修馬ではなく、ヒッピーバンドを頭に巻いた人型のタケミナカタだった。ココの力により本来の姿に戻ったようだ。
「儂がこの姿に戻った今なら、現実世界の武具も召喚することが出来るであろう。さあ小僧よ、思う存分戦うがいい!」
「思う存分って言われてもなぁ……」
自分勝手に戦闘を煽るタケミナカタに、少しだけ憤りを覚える修馬。鋼鉄の武人との戦力差はそういうレベルではないのだ。
「しかし戦わなければ、あの者たちを見殺しにすることになるのではないか?」
タケミナカタは首を横に向け、遠くを見るように目を細める。その方向、黒鉄の古戦場の中心部では、修馬の代わりにマリアンナやシャンディ准将率いる騎兵旅団の団員が鋼鉄の武人と戦闘を繰り広げていた。しかしながら、敗れるのは時間の問題だろう。
「……修馬」
その時、認識操作でやられていた伊集院がゾンビのように地面から這い上がった。
そして身動きを取ることも出来ない修馬の元にゆっくり近づいてきたが、やはり苦しいのか嗚咽と共に口から胃液を吐きまき散らした。
「……ハリー軍曹の力を今こそ解き放て」
地面に膝をついた伊集院は言う。ハリー軍曹……。それは動画投稿サイトで、銃器の紹介動画をアップしている退役軍人の名だ。
「そうか……。現実世界の武器が召喚出来るってことは、銃器の召喚も出来るんだったな」
リボルバー、オート拳銃、ショットガンにサブマシンガン。動画で学んだこれらの銃器を使えば、圧倒的戦力を誇るマウル・ギルドルースにも勝てるかもしれない。
一筋の光明を見出した修馬は、己を鼓舞しつつ戦場へ駆け出した。胸には燃えるような熱を微かに宿している。
目の前で行われている、蹂躙するような一方的な戦闘。けど大丈夫。自分の持つ武器召喚能力で、この戦争に蹴りをつける。
正面からマウルに立ち向かっていたマリアンナが、攻撃を受けこちらに吹き飛ばされてくる。今度は自分が助ける番だとばかりに、修馬は彼女をがっしりと受け止めた。
「シュ、シューマか……。ありがとう」
「後は俺に任せろ。マリアンナたちはここから下がっていてくれ!」
修馬はそう促すと、前線に向けて全力で駆けた。涼風の双剣を使っていたわけではないが、普段の脚力では考えられない程の速さで地面を蹴る。
「どいてくれっ!! マウル・ギルドルースは俺が相手をする!!」
修馬の右手の中に武骨な黒い塊が出現した。それはイスラエル製のサブマシンガン、マイクロウージーだ。
騎兵旅団の仲間が退くのを確認し、引き金に指を掛ける。いくら世界最強の鎧でも、鉛玉の味に覚えはないだろう。
激しい音と共に高速で連射される9㎜パラベラム弾。慣れない攻撃に一瞬だけ動きが止まったが、それでも鎧を貫通することは出来ないようで、マウルは弾丸を受け続けながらも体を震わせこちらに近づいてきた。
「機関銃が効かねえのなら、これはどうだ! 出でよ、『レミントンM870』!!」
マイクロウージーを捨てて現れたのは、アメリカ製のポンプアクション式ショットガン、レミントンM870だ。
接近するマウルを威嚇するように早速引き金を引いた。ショットガンは散弾銃とも言うように、一度の発射で無数の小さな弾を発射させ比較的広い範囲で標的を仕留めることの出来る銃器。
だが撃ち慣れていない修馬は、強いリコイルで銃身がぶれ標的から銃弾を大きく反らせてしまった。
蒸気を噴出し迫りくるマウル。腕を高く上げ手刀を繰り出すと、修馬の目の前に血しぶきが舞った。
玩具のように簡単に飛んでいく左腕。修馬は信じられない気持ちで自分の腕を見ると、左腕の肘から先が完全に無くなってしまっていた。
「うっ…………、くそがっ!!!」
銃床を地面につけ片手でハンドグリップを前後に往復させた修馬は、再び右手を引き金に掛け、銃口をマウルの腹に向けた。
ダンッ!! 銃口から煙が上がる。
至近距離で放たれた散弾が覇者の物の具の腹部に命中すると、マウルの体は重力に反発するように見事に吹き飛んだ。体を反らせながら宙を舞い、そしてそのまま派手に卒倒する。
しかし修馬の攻撃の手はまだ止まらない。同じ要領を使い片腕だけでリロードすると、倒れているマウルに対し、執拗に散弾を浴びせ続けた。その度に乾いた銃声が、夜の古戦場に鳴り響く。
「最後にこれでも喰らいやがれっ!」
レミントンM870を投げ捨てた修馬は、手榴弾を召喚し歯で安全ピンを引き抜き遠くに投げ捨てた。
放物線を描く手榴弾は、空中で何かの光を反射しきらりと輝く。
そして落下していく途中、突然夜の闇を裂く閃光を放ち、大きな砂煙を上げる爆発が起こった。
左腕を失った修馬は、投げると同時にうつぶせに倒れこんでしまった。内なる魔力であるオドも大量に消費し、今すぐにでも眠ってしまいたかったが、マウルの生死がわからない以上、意識を失うわけにはいかない。
ぼんやりとする目で砂埃が舞う爆心地を見つめる。するとその中から、大きな兜を被った人物のシルエットが浮かんできた。
始めは鎧が破壊され兜だけになったマウルが立ち上がったのかと思い警戒したが、そうではなかった。それはマドリックの町の女性甲冑師、ホッフェル・ガーランドだった。
「大丈夫でやんすか? 兄さん」
「ホッフェル……、何でこんなところに?」
虚ろな目でそう聞くと、ホッフェルは職人らしい不器用な笑みを浮かべてみせた。
「共和国の軍人たちが大砲でもって鋼鉄の武人を倒すって言うもんですから、気になって来たんでやんすよ」
彼女の言う大砲とは共和国が造った闇の兵器『悪魔の雷』。修馬たちの力でマウルに勝つことが出来れば、悪魔の雷の使用は避けられるのだが、果たして勝負の行方は如何に?
「マウル・ギルドルースは?」
掠れる声で尋ねると、ホッフェルは自分の右腕を前に掲げた。その手には半分に砕けた兜が握られている。間違いなく覇者の物の具の一部だ。
「確認したところ、もう息をしていなかったでやんす。……勝負は兄さんの勝ち。お見事でやんした」
それを聞いた修馬は、脱力するように地面に頬をつけた。正攻法と言えるかどうかはわからないが、この世界の最強の鎧を装備した武人に勝つことが出来たようだ。
だが喜びも束の間、気になることが一つ。あの覇者の物の具の製作者は……。
「ごめん、ホッフェル。君のお父さんの鎧を、俺は壊してしまったよ」
倒れたまま謝罪する修馬。しかしホッフェルはゆっくりと首を横に振った。
「これで良いんでやんす。大き過ぎる力があったとして、それを持つものが常に正義であるとは限りやせんですから。……それよりもあっしは、兄さんの腕が犠牲になってしまったのがとても無念でやんす」
そう言われると、修馬は思い出したかのようにようやく焼けるような痛みを左腕に感じはじめた。
「うっ……、だ、大丈夫。寝て起きたら、治ってる、はずだから……」
例え異世界で命を落としたとしても、現実世界を一度経由すれば生き返ることが出来るという謎のメカニズムが修馬たちにはある。腕がもげたところで、明日になれば完治しているだろう。……恐らく。
「そんな……、兄さんはトカゲではねぇでやんすよ」
どこか呆れ感じで心配するホッフェル。まあ、すぐに怪我が治るといっても、痛みは普通にあるから楽観することは出来ない。修馬の額に大量の脂汗が滲んでくる。
「本当に大丈夫……。だけど駄目だ、意識が持たない。あ、後、よろしく……」
そして修馬は、魂が抜けるかのようにがくりと意識を失った。
―――第28章に続く。




