第151話 鋼鉄の武人
「まあ、ざっとこんなもんだ。……どんな戦闘狂でもこれだけの惨劇を見せられれば、流石にもう戦う気にはならないだろう」
一仕事終えた感じのライゼンは、辺りを見渡すように目を細めた。広い古戦場には千人単位の兵士が居るが、ライゼンの認識を操作する能力によって死屍累々の地獄絵図を見せられたので、皆死んでいるように横たわっている。
「しかし、術に掛からなかった者もいるようだな」
そう呟いたシャンディ自身も、術に掛からなかった者の1人だ。
こちら側にいる騎兵旅団は、ライゼンの忠告により半数ほどの者が認識操作から逃れること出来たが、それ以外にもこの戦場で倒れずに立っている者が1人だけ居た。鋼鉄の武人、マウル・ギルドルースだ。
だがそれも束の間、彼は首をもたげると巨大な鎧の背後から白い煙を噴き上げ、そして地面に片膝をついた。
「くっ……、この覇者の物の具は、一切の魔法を通さない造り。貴様、我に何をした?」
「だから言ってるだろ。魔法や術の類じゃねぇんだ。これは俺たち一族だけが持つ、認識の概念を操る特殊能力。最高に痺れただろ?」
冗談でも言うように薄笑いを浮かべるライゼン。対するマウルは、腰の辺りから大量の蒸気を噴出させ憤怒するように力強く立ち上がった。ただ重厚な兜を被っているため、実際の表情は認知出来ない。
「これはくだらぬ余興だったな。どれだけの軍勢がやられようとも、我1人残っていれば勝機は充分。今すぐにでもまとめて蹴散らしてくれよう……」
プシューッと音を立てると、覇者の物の具の肩当てについた小窓のようなものが開き、黄色く光る宝玉が出現した。本当に鎧と言うよりも、ロボットのような形状だ。
そしてマウルは、膝も曲げずに天高く飛び上がった。超重量級の鎧を着ているにも関わらず、ありえない程の跳躍力。これが魔法の力で起動しているという、覇者の物の具の真骨頂か。
「まだ戦意があるってことは、効きが悪かったみたいだな。全く大した鎧だ……。お前ら、あいつと戦うのか?」
呆れた感じで手のひらを上に向けながら、他人事のように聞いてくるライゼン。彼はマウルとは戦うつもりがないようだ。
「マウル・ギルドルースとは、シューマが戦うよ!」
そこで後ろから出てきたココが、元気一杯にそう宣言した。今倒れていない者たち、全員の視線が修馬に注がれる。
「大魔導師様、彼なら……、シューマなら鋼鉄の武人を倒せると?」
シャンディが問いかける。ただそれは修馬自身も知りたいところだ。今の自分の実力で、あの高機動重戦士に勝ち目があるのだろうか?
「うーん、そうだねぇ。結局魔法が通用しない相手だから、僕にはどうしようもないんだなぁ。けどシューマなら、倒せるんじゃない。ねぇ、イジュ」
ココに話を振られると、伊集院は腕組みをしながら難しい表情を浮かべこちらにやってきた。
「ああ……」
いつになく、言葉少な気に相槌を打つ伊集院。目が虚ろで覇気がなく、何だか適当に話を合わせている感が凄い。
「どうした? お前、大丈夫か?」
修馬が聞くと、伊集院は青褪めた顔をこちらに向けた。
「大丈夫って……、ぅおえっ!!」
返事の途中、突然派手に嘔吐する伊集院。こいつもライゼンの認識操作の餌食になっていたようだ。最早使い物にならない。
「……どちらにせよ、私はもうゼノンとの一騎討ちでもう力を使い果たしている。後はそなたの力を信じるほかあるまい」
顔をしかめたシャンディは、そう言ってマウルがいる空を見上げた。奴の身に着ける覇者の物の具の肩から、眩い光が溢れだしている。どうやらあの宝玉は魔玉石のようだ。
「丸腰の男が1人で戦うというのか? 我が誰なのか理解していないようだな」
マウルは若干苛ついた様子で、こちらを見下ろしている。
そして肩からの光で真っ暗な古戦場が怪しく照らされると、修馬に向かって空から数本の怪光線が矢のように飛んできた。
それは一瞬の出来事だった。
あまりの速さに避けることも出来ない修馬だったが、背負っていた白獅子の盾が瞬間的に前に移動し、飛んできた光速の熱線を見事に防いでくれたのだ。
「あっ、あっつっ!! 何だこのビーム!?」
防ぎはしたが、肌の露出している顔と手が防ぎ切ったにも関わらず火傷でもしたようにひりひりとする。喰らっていたら大火傷を負っていたかもしれない。
「鉄をも溶かす、我が熱光線を防いだか……。成程、良い盾を持っている」
空中で戦闘態勢をとったマウル。すると今度は背中から白煙を上げ、修馬に向かって弾丸の如く突っ込んできた。
あの覇者の物の具を装備したマウルの重量を、1枚の盾だけで防ぐことは間違いなく不可能。すぐさま修馬は涼風の双剣を召喚して飛び上がり、真上に向かって退避した。拳を大きく振ったマウルが、間一髪でその下を通り過ぎていく。
「……出でよ、『爆砕の鉾槍』っ!!」
両腕を上げた修馬はここで重装兵団ゼノン少将が使っていた爆発属性武器を召喚し、そして重力に身を任せながらおもむろにその武器を振り下ろした。
激しくぶつかる鉾槍の刃と覇者の物の具。するとその瞬間、接触部を中心に大きな爆発が起こった。膨れ上がる爆風によって、簡単に吹き飛ばされる修馬。
地面を転がりながらどうにか体勢を整えると、立ち膝状態でマウルの位置を見定めた。今一度攻撃を仕掛けるため、爆砕の鉾槍を高く掲げる。これで一気に決着だ。
「待てっ!!!」
夜の闇に包まれた古戦場に、突然シャンディの鬼気迫る声が鳴り響いた。
思わず動きを止める修馬。だが、シャンディのその言葉は修馬に向けられたものではなかった。
皆の視線が彼女に集中する。シャンディは騎兵旅団の援軍の前に立ちはだかっていた。そしてその一団の中央には、巨大な台車に乗った大砲のような金属の物体が鎮座している。
「『悪魔の雷』を発射することは私が許さん!!」
再び声を上げるシャンディ。どうやらあの大砲のようなものが、共和国が作り上げた闇の兵器、悪魔の雷のようだ。
「シャンディ准将。悪魔の雷の使用は、元帥の命令であります! マウル・ギルドルースを倒すためには仕方ありません」
砲撃手と思われる兵士が使用の正当性を訴える。
「そんなことはわかっている。しかし早まるな。マウル・ギルドルースを倒すことが出来れば良いのであろう。ならばシューマの戦いを待て。もしも万が一が負けるようなことがあるのなら、その時は私の手で悪魔の雷の引き金を引いてくれる」
「か、彼の戦いですか!? 無茶です。相手はあの鋼鉄の武人ですよ……」
絶望の表情でこちらを見る砲撃手。そこで我に返った修馬は、今一度鉾槍を掲げた。ぼうっとしている暇などないのだ。そしてそのままマウルに向かって刃を向ける。
先程の爆発で砂煙が舞い散る中、覇者の物の具の肩部分がぼんやりと光を放った。
そして飛んでくる熱光線。白獅子の盾がまたもそれを防いでくれたが、それでも修馬は大きな衝撃を受け、卒倒するように背中から倒れた。
「何の兵器かは知らぬが、使える戦力は全て出し切った方が良いと思うぞ。この覇者の物の具は兵士1000人分に匹敵するのだからな」
堂々とした立ち姿で威圧してくるマウル。あれだけの爆発の直撃を受けつつも、鎧には目立った損傷が見受けられなかった。世界最強の名は伊達じゃないらしい。
そしてまた、覇者の物の具の肩が不気味に光った。身構える修馬。そこから4本の熱光線が放たれると、同時にマウルが勢いよく地面を蹴った。
自律防御の魔法で熱光線を防ぎきってくれる白獅子の盾。だが、突っ込んでくるマウルのことまでは防ぎきれるはずもなく、修馬は同じく自律防御の魔法が施された王宮騎士団の剣を召喚し前に掲げた。
「愚かな!!」声を上げるマウル。
王宮騎士団の剣に備わる自律防御は、通常己の実力以上の力を引き出し相手の攻撃を防ぐことが出来たのだが、マウルの手甲付きの拳を剣の腹で受け止めると、修馬は何の抵抗も出来ずに空高く吹き飛ばされてしまった。
「……まだいくぞ」
足元から白い蒸気を大量に吐き出し、マウルは追撃のために宙を舞う修馬の後を追った。
50メートル、100メートル、そして上空150メートル付近で追いついたマウルは、上方から組んだ両拳を修馬の体に叩きつける。
ガンッと耳障りな音が響いた。
マウルの拳は白獅子の盾と王宮騎士団の剣の両方で辛うじて防いだのだが、それでも力の勢いは抑えられず、修馬はそこから地面に向かって一気に叩き落された。
このまま地面に直撃したら、多分死ぬ。そんな速度と高度だった。
どうにかして涼風の双剣を召喚したいのだが、今は痛みのせいか体がぴくりとも動かない。これはもう駄目か……。
それでもしばらくは必死に腕を動かそうと体をねじらせる修馬だったが、結局どうすることも出来ずに、落下しながら最後は諦めるようにそっと瞼を閉じた。