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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第27章―――
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第148話 凶報

 雨に濡れた石畳の上に、切断されたゼノンの頭部がごろりと転がる。

 シャンディが長剣の血振りをして鞘に納めると、護国の広場の周りから叫びにも似た大きな歓声が沸き起こった。重装兵によって囲まれてしまっている広場だが、その向こうにはしっかり西軍の騎兵旅団がいたようだ。何本もの青い下弦の月の旗が高々と掲げられている。


 どうにかこの戦いを終わらすことが出来て、ほっと顔を上げる修馬。長い時間降っていた雨も、今はようやく小降りになってきていた。流れる雲の様子を見るに、もうすぐ晴れ間が見えてくるだろう。


「さて。この戦、我々が勝ったようだが、如何にする帝国重装兵共よ。将を敗してなお、全滅するまで我らに抗うか? それとも約束通り、我が弟ラッザムの居場所を教えるか?」

 レディアンが周りを囲む重装兵たちにそう問いかけると、彼らは逡巡しゅんじゅんした後に東軍の旗を地面に置き、次々に重そうな兜を脱いでいった。


「ゼノン少将が破れた以上、この戦は我々の負けだ。エクセイル城はそのまま明け渡そう。しかしそちらの望む、ラッザム・ロレーヌ王の居場所については正直我々もわかりかねる……」


 頬の肉付きの良い重装兵は、伏目がちにそう言った。レディアンは一歩前に出ると、開いた扇で口元を押さえた。

「そうであるか。ならば、軍師アスコー・ガーランドと、鋼鉄の武人、マウル・ギルドルースは今どこにいる?」


「そ、それは……」

 明らかに目が泳ぐ重装兵。これは何か、口にしにくい情報のようだ。


「本陣のある東ストリーク国の首都にいるわけではないようだな」

 かまをかけるように言うレディアンの扇から、小さな稲妻がほとばしる。それを見た肉付きの良い重装兵は、観念したように深くうな垂れその口を割った。

「軍師アスコー様とマウル殿はここより北にある『モゼの森』を行軍している」


 重装兵の言うモゼの森とは、一体どこのことだろう?

 疑問を抱いた修馬がレディアンの顔を伺うと、彼女は深く目を閉じ、苦い食べ物でも我慢するかのように口を結んだ。


「まんまとアスコーの策略にはめられたわけか……。東軍の兵の数が幾分少ない気はしていたが、そういうことだったか」

 腹立たしそうに強く扇を閉じるレディアン。


「このエクセイル城はただのおとり。鋼鉄の武人を有する東軍の本隊は北から西に回り込み、西ストリーク国の首都マドリックを落とすつもり……、ということですか?」

 シャンディの問いに、レディアンはゆっくりと頷く。


 その様子を見た修馬は、吐き気を催すほどに全身に寒気を感じた。マドリックの町に攻める? あそこにはまだ病み上がりのホッフェルだっているのに……。


 すぐにでもマドリックの町に戻らなくては。

 誰もがそう思ったであろうその時、西の方角から馬が駆けてくる音が聞こえてきた。


「シャンディ様っ! シャンディ様は居られるか!?」

 馬に乗った兵士が声を上げる。その声はカイルのものによく似ていた。


「お前はロイド兵長か!?」

 シャンディが言葉を返すと、馬に乗った兵士はその傍らに駆け寄ってきた。カイルと瓜二つのその顔、彼は援軍を呼びに行っていたカイルの双子の兄、ロイド・アリアットのようだ。ただ連れてくるはずの援軍の姿はどこにもいない。


「シャンディ様、ご報告があります!」

「吉報ではなさそうだな……」

 ロイドの声色から何かを察するシャンディ。これ以上の悪い知らせは、もう沢山だ。


「申し上げます。共和国はサリオール・ビスタプッチ国家元首の命により、この内戦に『悪魔のいかづち』を投入する模様です!」


 ロイドの痛切な声が、小雨のぱらつく護国の広場に響いた。西軍の共和国騎兵旅団、東軍の帝国重装兵団、その場にいる全てのものたちが何か得体のしれないものでも見てしまったかように静かに押し黙った。彼らが知っているのかどうかはわからないが、悪魔の雷とは共和国の研究機関が造り出した闇魔法を凝縮したという謎の兵器。それを使用すれば、大地は穢れ、生き物が住めない土地になるのだということだったはず。


「……全く持って話が見えぬな。おい兵士よ、悪魔の雷とは如何なるものだ?」

 レディアンがそう問いただすと、ロイドは緊張した様子でシャンディの顔色を窺い、そしておずおずと自らの口で語りだした。


「恐れながら申し上げます。悪魔の雷とは共和国が誇る最新の魔法兵器です。まだ開発途中であったようですが、東軍にあの鋼鉄の武人が参戦しているということで、緊急に実戦配備することになったようであります」

「対マウル・ギルドルース用兵器か……。その魔法兵器であれば、中隊一つ分に匹敵すると言われるあの『覇者の物の具』を装備した鋼鉄の武人に勝てると申すか?」


 そう聞かれ、ロイドは更に深く頭を垂れる。

「開発中であったゆえ詳しいことはわかりませぬが、覇者の物の具など一瞬で溶かしてしまう程の熱量があるとのことです」


「一瞬でだと……? 共和国にはそのように強力な兵器があったのか。……しかしシャンディ准将よ、これで戦に勝てるかもしれないというのに、どうしてそなたはそのような顔をしているのだ?」


 レディアンに扇の先端を向けられ、シャンディははっと我に返ったように顔を上げた。頬からは明らかに血の気が失われている。


「レディアン様、確かに悪魔の雷があれば鋼鉄の武人を討つことは出来るかもしれません。しかしあの兵器が放つのは凝縮された非常に濃厚な闇。単純に敵を倒すというだけでは留まらず、我々の想像も及ばないような悲劇が起こるかもしれません」


 尋常でないシャンディの狼狽うろたえ方に、レディアンの顔からも表情が消え去る。シャンディは悪魔の雷の恐ろしさの本質までは言わなかったが、レディアンも何か感じることがあったようだ。


「さようか……。サリオールめ、共和国は我が国をどうするつもりなのか」


 レディアンがそう呟くと、西の空から夕陽が差し込んできた。雨雲は東に流れ、雨は完全に止んだようだ。


「まあ、ここで考えていても仕方あるまい。帝国重装兵よ、我が弟ラッザムは軍師アスコーらと行動を共にしているのだな?」


 突然話を振られ、慌てたように目を開く肉付きの良い重装兵。

「そ、それは本当にわからぬ。共に進軍している可能性もあるが、そもそもあの方は戦場に足を運ぶようなお人ではない」


「……ふむ。確かにそれも一理あるが、まあ今はもうラッザムのことなどどうでも良い。いち早く西に戻り、鋼鉄の武人と悪魔の雷とやらを運ぶ援軍の接触を阻止しようぞ」


 レディアンがそう言うと、シャンディは左手を胸に当て「はっ!!」と声を張った。周りにいる騎兵旅団の兵士は姿勢を正し、動き出す準備を整える。


「ロイド兵長、援軍は今、どの辺りまで来ているのだ?」

 馬に乗ったシャンディは問う。


「援軍は現在、マドリックの町に到着しており、雨が止み次第町を発つとのことでした」


「ならば丁度町を出発した頃か。マドリックの町からエクセイル城まで兵団が移動するのに約1日、互いに進んで行けば半日ほどで『黒鉄くろがねの古戦場』にて出くわすことになるな」

 シャンディが言うと、自らの馬に跨ったレディアンがそれに続けた。


「だがモゼの森を行軍するアスコーたちも、マドリックの町に向かうならばやはり黒鉄の古戦場を通過するはず。我々は真っ先に、そこに辿り着く必要があるだろう」


 軍師アスコー率いる東軍よりも先に援軍との接触を図らなければ、取り返しのつかないことになりかねない。深刻な重圧が兵士たちの集う護国の広場に重く沈んでいく。


「しかし案ずるな。軍師アスコーには一杯食わされたが、私は運が良い方だ。疲弊している中申し訳ないが最後にもう一戦付き合ってもらうぞ、勇猛なる西軍の兵士たち。決戦の地は黒鉄の古戦場! 全員、全力で進めっ!!」


 馬上のレディアンは、持っている扇を采配のように勇ましく前に振り抜いた。

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